第32話 勇者の脅威

 建都祭当日。

 へプティオタ・シュタットは祭りの準備で朝から騒がしかった。

 もう祭りは目前。

 曇りというあいにくの天気ではあるが、それを物ともしない程の熱気と興奮が街中を満たしていた。


「や〜〜〜だ〜〜〜!! 行くの〜〜〜!!!!」


 そしてここにもまたその熱気に当てられたい少女がいた。

 というかステラだ。


「いい加減、諦めてよ! 姉ちゃん」


「そうだぞ。ステラ。

 皆が建都祭に浮かれている今がチャンスなんだ。

 始まった直後にエルコレの関所が開き大量の人が雪崩れ込んでくるから、その混乱に乗じてエルコレに行こう、って言ったのはステラじゃないか」


「そう〜〜〜なん〜〜〜だけど〜〜〜!!

 ちょっとくらい良いじゃ〜〜〜ん!!」


「ダメだよ!」

「ダメだ!」


「あぁ〜〜〜建都祭ぃぃい〜〜〜」


 駄々を捏ねるステラを俺とレンで引き摺りながら、関所へ向かう。

 当初の予想通り、関所はかなり混んでいそうだった。

 へプティオタに入ろうとする人が文字通り雪崩のように押し寄せ、関所を出るとダッシュを始める商人も見えた。

 俗に言う『関所ダッシュ』だ。


「すげぇ混んでるな……」


「そうだね。この調子だったら検問も上手いことすり抜けられそうだよ」


 確かに、この人の量を完全に捌き切ることは難しそうだからな。

 レンの言う通り、どさくさに紛れてエルコレに行けそうだ。




「――――待て」




 だが――現実はそううまくはいかない。

 あんなにも騒がしかったはずなのにその声だけははっきりと聞こえ、聞こえた瞬間、辺りの喧騒が遠のいたような気さえした。


「……パーシアス」


 振り向くと、そこには白銀の勇者の末裔が堂々とした出立ちで俺達を見据えていた。


「お前達を待っていた」


 パーシアスは鋭く冷徹な口調でそう言うと、真っ直ぐステラのことを指差した。


「お前……竜姫だな?」


「「「――――ッ!!??」」」


 全員が息を呑んだ。

 いずれバレることだとは思っていた。

 だけど、酒場の時に見逃していたからしばらくは大丈夫だと踏んでいた。

 まさか二度目の遭遇で単刀直入に指摘されるとは。


「な、なんのことかな? 勇者様?」


 最初に開口したのはレンだった。


「竜姫? 竜姫の名前はステラっていうんだろ?

 この姉ちゃんの名前はステファン。似てるけれど少し違うでしょ?

 何かの勘違いじゃないかな?」


「勘違い?」


「――――!」


 鋭い眼光で睨みつけるパーシアスにレンは思わず閉口する。


「そんなわかりやすい偽名を使っておきながら勘違いとは、世間知らずも甚だしい。

 ステファンという名前は男にしか使わない」


「え……?」


 予想外の指摘にレンは唖然とした顔をした。――してしまった。

 その表情を見たパーシアスは納得したように鼻で笑った。


「ふん。その顔を見るに偽名というのは本当のようだな」


「!? だ、騙したな!!」


 顔を真っ赤にして叫ぶレンに対して、パーシアスは冷静に首を振った。


「騙してなどいないさ。男性名だというのは本当だ。

 それはアトラスもエルコレもボレアリスも変わらない。

 ただ極まれに女でも使っている場合もあるからな。

 お前のその顔を見て確信した」


(チッ……そういうことか……)


 俺は心の中で舌打ちをする。

 思い出してみれば、ミノスもステラの名前を聞いた瞬間、神妙な顔をしていた。

 あれはステラのことを疑っていたわけではなくて、ただ本当に名前の珍しさに首を傾げていただけだったのか。


「だけどそれだけで俺達を極悪人と決めつけるのは失礼じゃないか?」


「当然だ。何も偽名だけではない。その他にも三つある。

 ひとつ。目撃情報によると、竜姫は男と子竜、そして最近になって幼女を連れ出していること」


「……!! 幼女だと!?」


「ふたつ。酒場ではアリア・パラディスがいて気が付かなかったが、そこの男。

 お前は明らかに竜臭すぎる」


「臭いだって!?」


「がう!?」


「そして最後。新しくなったこの手配書の絵がお前にそっくりだということだ――竜姫」


「…………は?」


 どうやら全員の地雷を踏み抜くつもりらしい。

 幼女と言われ、レンが怒り。

 臭いと言われて、俺は自分の身体の臭いを確かめる。

 ウィーですら、竜臭いと言われてショックを受けている。


 何より怒りに満ちているのはステラのようだ。

 そういえば新しくなった手配書を見るのは初めてだったな。


 パーシアスが広げた手配書を眺めて、ふるふると身体を震わせている。


「あれが私……? え……? あんな顔が? 髪型だって違くない?

 切った後にレンに整えてもらったこの髪型があんなだって……?

 あれが可憐で高貴で優美かつ知的なオーラを放つ私にそっくりだって!?」


「竜姫と認める気になったか?」


「どうやらとことん私達に喧嘩を売りたいようだね……!」


「抵抗するというなら容赦はしない」


「それはこっちのセリフじゃぁああ!!」


 ステラの叫びに合わせて、ウィーは唸りを上げ、レンはスリングショットを構え、俺は竜鱗の壁を発動する。


「……ならば仕方がないか」


(――! ……なんだ? この違和感)


 パーシアスはそんな俺達を見ると、何故か一瞬だけ落胆したような表情を浮かべた。

 だがすぐに冷徹な鋭い目つきをすると、腰に携える剣を握る。


「――――ッ!!」


 空気が一瞬で重くなる。

 パーシアスの圧に俺達全員が気圧され、息も吸い辛くなる。


「――覚悟はいいな」


「ッ!!!! お前達、下がっ――」


 言い終える前に一瞬でパーシアスが目の前に。

 反射でなんとか竜鱗による盾を何重にも形成し、パーシアスの剣を弾く。


「ほう……さすが護衛一族ストークの生き残り。

 一度食らった攻撃は対処するか」


 バカ言え。全然対処できていない。

 その証拠にほとんどの盾が切り刻まれ、もはや薄っぺらな鱗しか残されていない。

 しかも斬られた竜鱗はコントロールを失い、剣の周りで真っ直ぐ落ちていく。


 それにあくまで反射で対応できただけ。具体的に何が起きたのか全くわからなかった。


 それよりも――。


「ストークって……俺のことを知っているのか?」


「当然だ。アトラス王家の護衛一族は有名だ。俺も過去に一度だけ一緒になったことがある。

 何年か前に行われた北方山脈の調査でな」


 北方山脈というのはアトラス王国とエルコレ帝国を繋ぐ北の山脈のことだ。

 確か俺やステラが子供の時に、アトラスとエルコレの交易路として開発が検討され、両国で調査隊が出されたはずだ。

 尤も調査を重ねていくに従って災害級の天候に加えて猛獣が多く、あまりにも危険すぎるということで断念された。


 その時にアトラス側の調査隊の責任者はステラの父親――王弟殿下だ。

 つまりそこでパーシアスが会ったというストークの人間というのは――。


「確か名前は……ボルツと言ったかな?」


「――!!」


 やはり叔父さんだ。


「尤もお前はそのボルツ・ストークよりも遥かに劣るな」


 当然だ。叔父さんはストークの中でも歴代最強と言われるほどの護衛だ。

 そんな人と比べられたら、誰だって劣るに決まってる。


「……お前ら、先に行け」


 俺はパーシアスを注視しながら後ろにいるステラ達にそう言った。

 ステラとレンが息を呑む音が聞こえた気がした。

 だが、言い争っている暇はない。


「今の俺じゃお前達を護りながらこいつと闘う余裕はない。

 俺が隙を作るから、お前達は先に関所に向かってくれ」


「え……? でもそれじゃ兄ちゃんは?」


「大丈夫だ。すぐに追いつく」


 何もパーシアスを倒す必要はない。

 ただ少し足止めして、頃合いを見て逃げるだけだ。


「随分と舐められたものだな。

 ――逃すと思うか?」


「――――ッ!!」


 殺気をバリバリに放つパーシアスに俺は咄嗟に竜鱗を巻きつけ拘束する。


「お前ら! 早く行け!!」


 だが、拘束はあまり保たない。

 抵抗していなさそうなのに、竜鱗の鎖はガチガチと震え、すぐにでも壊れてしまいそうだった。


(……壊れる前に……!)


「どっか行きやがれー!!」


 と俺はその鎖を思いっきり引き、パーシアスを宙に投げつける。

 だが――。


「甘い……ッ!!」


「……マジかよッ……!」


 投げられたパーシアスは空中で拘束から強引に逃れ、竜鱗ごと鎖を一瞬にして粉々にする。

 と同時に空中を蹴り、俺の目の前に現れ、


「――ガッ……!」


 見えない速度で俺の腹を蹴る。

 蹴りの威力は凄まじく、横にぶっ飛ばされ地面を勢いよく転がってしまう。


 しばらくして転がる勢いが弱まり、倒れたままパーシアスの方を見ると、既に竜姫を見据えていた。

 腰に携えた剣を握ると、ステラに狙いを定めて――。


(クソ――ッ! させるか!)


 俺はパーシアスに向かって竜鱗を何枚か飛ばす。

 竜鱗は一瞬にして、パーシアスの持つ剣の鍔と鞘を巻き込み固める。


「……ん?」


 案の定、パーシアスは剣を抜くことができなくなった。

 異変に気付いたパーシアスはガチガチに固まった剣を一瞥すると、俺を睨みつけた。


「……! 姉ちゃん、何してんのさ! 逃げるよ!」


 レン、ナイスだ。

 呆然と佇むステラの手を引いて、パーシアスから距離を置いてくれた。


「――グッ……」


 できるだけ時間を稼がなければ、と俺は震える身体に鞭打ち、ゆっくりと立ち上がる。


 パーシアスの蹴りの威力は思った以上だった。

 一度しか喰らっていないはずなのに、吐き気を催し足がガクガクだ。


 だが、ここで退くわけにはいかない。


 俺は溜まった血をペッと吐き出すと、パーシアスを睨んだ。


「お前の相手はまだ俺だろうが?」


「…………そういえば。お前は狂竜病だったな」


「――ッ!!」


 殺気が一気に膨れ上がる。

 今までも脅威的な圧力を感じていたが、その比じゃない。

 その脅威に空気が震え、地面が所々ひび割れ、虫も含め動物達が一斉に退散する。


 パーシアスは身体ごと俺の方に向き、素振り如く右腕を横に軽く振る。

 剣を抜いていないというのに、その無刀の腕が大業物の一振りのように思えた。


「狂竜病は須らく抹殺対象だ」


 その一言を言った瞬間、パーシアスの殺気は最高潮に膨れ上がった。

 思わず竜鱗の壁を何層にも重ねて備えるが、勝ち目が見えない。


「――覚悟しろ」


 そう言うとパーシアスは竜鱗の壁を破壊するべく右腕を振り上げ――。


「――――ッ!!」


 ――その瞬間、へプティオタの方から狂竜の咆哮が鳴り響いた。

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