幕間 最大多数の――

 ダン・ストーク達がブロードの屋敷から脱出した直後。


「――おい……きろ……起きろ!!」


「――ハッ!」


 身体を激しく揺らされ耳元で大声が聞こえてきて、ブロード・ボレアリスはようやく目を覚ました。


 身体を縛られた状態で身動きが取れない。

 目の前にはボレアリス騎士団のような甲冑を着た男が厳しい顔でブロードを睨んでいた。


「ブロード・ボレアリスで間違いないな?」


 男がそう詰問する声を放心しながら聞く。

 いったい何があったと言うのか。とまわりを見渡すとどうやら自分の屋敷の実験室のようだった。

 目の前にいる男のような騎士が何人もブロードの周りを囲んで待機していた。


「あなたた〜ちは……――ッ!?」


 口を開くと頭の横らへんで鈍い痛みが響いた。


「ボレアリス騎士団だ。通報があってここに来た」


 痛みを堪えながら聞こえてきた騎士の男の言葉。


 ――あぁ。だんだんと思い出してきた。


 確か自分は最強の人間兵器を産み出すはずだった。

 旧アトラス王国の姫を使い倒して、狂人をコントロールし、世界初の竜の呪いを使った兵器を。

 そして自分の力を示し、ボレアリス王を見返すはずだったのに。

 あいつらが……あの生意気な竜姫とその護衛がいなければ――。

 絶対に許さない。


「――あぁ〜なるほど……そういうことで〜すか〜」


 とそこまで考えて、ブロードはようやく理解した。


 この騎士はきっと竜姫を追ってきたのだろう。

 相手は世界一の大犯罪者だ。

 おそらく誰かが通報して竜姫を捕まえようとここまで来たのだ。


「ご苦労様で〜す……確かに竜姫はここに来ました〜よ――」


 ならば情報を渡して、竜姫を捕まえてもらうことにしよう。

 とブロードは竜姫との間で起こったことを話す。

 もちろん自分の悪事についてはだいぶ隠し、全て竜姫のせいにした。


「――ということなので〜す」


 だが最後まで話しても騎士は怪訝な顔をしている。

 ブロードは首を傾げ、


「いったいどうしま〜した〜?」


 と聞くと、騎士の男は厳格な口調でこう言った。


「なんのことだがわからないが、俺達の目的はお前だ――ブロード・ボレアリス。

 お前を国家反逆罪の容疑で捕縛する」


「!? 捕縛?」


 騎士の男の言葉にブロードは目を丸くした。


「国家反逆罪? いったい何が……ど〜してでしょ〜!?」


 訳がわからなかった。

 ボレアリス王に見返すつもりではあった。

 だが、それがイコール反逆には繋がらないはずだ。


「お前が兵器開発をしていることはわかっていた。

 ボレアリスを陥れる兵器だ」


 むしろこの兵器はボレアリスのためを思って開発していた。


 ボレアリスはアトラス王国とエルコレ帝国という二大大国に挟まれている国だ。

 そのためそのふたつの大国にいつ侵略されてもおかしくない立ち位置にいた。


 アトラス王国が崩壊する前までは両者の力は拮抗していた。

 仮にどちらかがボレアリスを取ればお互い疲弊するだけで何も得にならない大戦争に発展する恐れがあった。

 そのことから、ふたつの大国にとってボレアリスは暗黙の不可侵になっていた。


 しかしアトラス王国が崩壊した。

 そのためいつエルコレ帝国がボレアリスを侵略するかわかったもんじゃない。

 今はエルコレ帝国も友好的な立場を取ってはいるが、それがいつひっくり返されるか。


 ボレアリスには軍事力の強化が急務だ。

 だから竜の呪いによる兵器開発をしていたのに。


 ――それが国家反逆だと? ふざけるんじゃない。


「わたしはボレアリス王家の人間で〜す!!」


「あぁ。そうだな。

 だから決定的な証拠もなく捜査もできなかった。

 だが、ようやく尻尾を出したな。

 通報と屋敷での竜のような咆哮、それに激しい戦闘音。

 突入するのに充分な理由になったよ」


 男は合図を送ると、周りで待機していたボレアリス騎士団が動き出す。

 縛られていたブロードの衛兵を順々に外に連れ出していく。


 ブロードはただ下を向き、怒りのままに唇を噛み締めた。

 何もすることもできない。逃げ出すこともできない。

 おそらくもう聞く耳も持ってくれないだろう。


 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。


 誰よりもこの国を思っていた。

 誰よりもこの国の未来を考えていた。

 そんな自分を捕まえるなんて。


 王の周りの奴らは平和ボケしていて、エルコレ帝国とまだ友好的な関係になれると思っている。

 エルコレ帝国はそんなにお人好しではない。

 自分達がエルコレよりも遥かに下だということを自覚していない。

 エルコレはもうとっくにそれを知っている。

 だからボレアリスは強くならなくてはならないというのに!


「こいつはどうする?」


 オーガの近くにいた騎士が周りの騎士にそう聞く。

 オーガはまだ目覚めていない。

 岩のように動かず、座っていた。


「こいつは重そうだな……起きそうにもないし、全員で運ぼう」


「そうだな」


 事務的な話し合いが終わると、オーガの周りの騎士を集め、全員でオーガを持ち上げようとする。

 だが、その時。


「――あ、動いたぞ?」


(……な〜に〜?)


 騎士の持ち上げに反応したのかオーガが微かに動いた。


「おい。お前! 大丈夫か? 立てるか?」


 オーガの肩を叩き、騎士のひとりが呼びかける。

 だが、オーガは反応がない。

 微かに動いたのは嘘だったのか?

 いや、オーガの目はしっかりと開いている。


「おい! 起きたなら自分で歩け!!」


 反応がないことにイラついた騎士がそう言って軽く小突こうとする。

 ――だが。


「ッ!! うわッ! なんだ!」


 小突こうとした騎士の手が大きな手で掴まれた。

 オーガの手だった。

 縄は解けてはいないが、力づくで腕を動かしたためか、若干上の方に寄っていた。


「お前……縛られてたはずじゃ……?

 いや、そんなことよりも離せ! 離せって」


 痛みを感じオーガの手を振り解こうとしたのが束の間。


「――ギャァァァァア!!」


 騎士の腕は小枝のように握りつぶされた。

 断末魔が聞こえ、騎士達が目を丸くしてオーガを見る。

 周りにいた騎士達は慌てて、オーガの手から掴まれた男を救出する。


「俺の……俺の腕が……ぁぁぁああ!」


 男の利き腕は曲がってはいけない方向に複数曲がっていた。


 ゆっくりと立ち上がるオーガ。

 オーガの脅威を感じた騎士達は剣を抜くが、オーガは茫然と前を見つめ、やがて、


「ヴゥォォォォオオオオ!!!!」


 激しい咆哮を出すと共に――覚醒した。


 オーガは咆哮を終えると、剣を向けた者達をギョロリと睨む。

 目標を捕捉すると、オーガは縄を力づくで破り去り、剣を一気に掴み粉々にする。


「……な……!」


 と騎士が唖然とするも瞬く間にオーガはその巨大な拳で騎士達を殴りつける。

 絶叫を上げ騎士達は実験室の壁まで吹っ飛ばされる。


 周りに誰もいなくなるとオーガはまた咆哮を上げた。

 するとボコボコとオーガの肩甲骨が唸り、赤黒い翼が一気に生えた。

 手もいつのまにか鋭く頑強な爪が生え人間の手ではなくなった。

 そればかりか口にも牙があり、目を赤く光る。

 まさにそれは人間と竜のハーフのような化け物だった。


「ハハハハハハハハ〜!!」


 その脅威にひとりだけ歓喜する者がいた。

 ――ブロード・ボレアリスだ。

 ブロードはひとしきり大笑いをすると、嬉しそうな眼差しでオーガを見る。


「オォォ〜ガァァ〜!! 信じていました〜よ〜!!

 さぁ! このバカなボレアリス王の犬共を殺してしまいなさ〜い!!」


 オーガに対する命令を聞き、騎士達は一斉に剣をオーガに向ける。

 だが、さっきの力を目の当たりにした騎士達には勝つイメージが全く湧かないだろう。

 予想通り騎士達は唾を飲み込みジリジリとあとずさる。


「う……動くな!」


 この部隊の隊長らしき男が気丈に振る舞おうとするが、声が震えてしまっている。

 ブロードは勝ち誇った顔で口角を上げた。


(も〜こうなったら私も竜姫と同じように逃亡で〜す!

 いずれ機を見て必ずボレアリス王に復讐を!! 今度こそ宰相の座を掴みま〜す!!)


「さぁ! やりなさ〜い!! オーガ!!」


「………………」


 ――だが、オーガは全く動かなかった。


「どうしま〜した〜? オーガ?」


 薬が効いたのだろうか。いや、もう薬は切れているはず。

 エルコレ帝国にいるある男から密輸した超強力な薬だが、もう薬の効果時間はもうとっくに過ぎている。

 それにオーガは茫然としているわけではなく、警戒しているかのような表情だ。


 いったいどうした? と考えていると、


「――――……なんだ?」


 空気が一段と重くなったことにブロード自身も気がついた。


 ――カツ……カツ……カツ……。


 ゆっくりとした足取りでここに近付く奴がいる。

 一歩一歩近づく度に威圧感が増し、どんどんと自分の身体までも重くなる。


 ――そして、一人の男がこの実験室に入ってきた。


「お……お前は!!」


 ブロードは目を見開きその男を見た。


「竜姫がここにいると聞いたが、違ったか」


 耳まで伸びた白銀の髪を靡かせ、鋭い目つきをしていた。

 動きやすそうな軽い革鎧の上から真っ白なコートを着て、両手首には蛇と女神の顔が装飾された金色の腕輪、腰には異様な存在感を放つ片手剣を携えていた。


「それとももう逃げた後か……?」


 殺気にも似た鋭い眼光でブロードやオーガ、騎士達を睨む。


「ガァァァアアア!!」


「ま、待ちなさ〜い!!」


 その殺気に負け、オーガが雄叫びを上げて男に襲いかかる。

 殺らなければ殺られるほどの殺気だった。

 オーガが動いてしまう理由はわかる。


 だが、分が悪すぎる。

 なぜなら――。


「あいつはエルコレの〝勇者〟パーシアスで〜す!!

 オーガ! 止まりなさ〜い!!」


 だが、ブロードの制止も聞かずオーガはもう既にパーシアス・クラウン・フォン・アーレントの目の前にいた。

 パーシアスは軽くオーガを見つめると、


「……邪魔だ」


 と呟き、腰にある剣を掴む。


「ガ――――ッ!?」


 その瞬間、オーガは何故かパーシアスの目の前で躓いた。

 重石が乗っかったようにオーガは起き上がることができず、パーシアスはそのオーガを虫ケラを見るような目で見下した。


「ふん……見たところ狂竜病末期か……通りで竜臭いわけだ」


 そう言うと、パーシアスは徐に剣を抜く動作を見せる。

 その瞬間、岩のように動けないオーガは霧散した。

 抜き身すら見えないほどの高速の斬撃だった。

 苦労して作り上げた最強の大男オーガは雄叫びを出す暇もなく一瞬にして塵となった。


「……それとお前もか?」


 だが考える暇もなく、パーシアスは横にいた騎士に連れられている男を無感情に見る。

 竜姫の血を飲んだ男だ。


「え……? ゴフッ!?」


 その男がパーシアスを見た途端、瞬く間にその男の胸から腹が切られ、絶命した。


「な……な……!?」


 それはパーシアスが来てものの数秒の出来事だった。

 ブロードの頭は追いつかなかった。

 あのオーガが一瞬で殺された。

 それに竜姫の血を飲んだ男も死んだ。


 作業的に、機械的に、何の感情もなくパーシアスに処理されたのだ。


「どうやらここにはもう竜姫はいないようだな」


 そう呟くと、くるっとブロードの方に向き直った。


「――あの大男を作ったのはお前か?」


「――――ッ!!」


 床に押しつぶされそうなほどの重圧にブロードは震え上がる。

 その瞬間、パーシアスはブロードの目の前に現れ、顔を近づけた。


「どうなんだ?」


 感情がない鋭い目つきで睨むパーシアスに、ブロードはゴクリと唾を呑み込んだ。


「まぁいい。調べれば自ずとわかることだ」


 だが、パーシアスはブロードの顔から離れくるっと振り返った。


「こいつを連れていけ」


 周りにいた騎士にそう命じると、騎士のひとりが怪訝そうな顔をしてパーシアスに向かって口を開く。


「い、いいのですか?」


「……あぁ。こいつにはもはや脅威を感じない。

 切っても切らなくても人類の数は変わらない。

 効率の悪いことはしない主義だ」


「では……何故あの男を? 見たところ理性があるように見えましたが……」


 と騎士は壁際で倒れている男を見つめた。

 ステラの血を飲んだ男だ。

 確かに素人目から見れば、竜の呪いに罹っていないように見える。


 だが、パーシアスの目は誤魔化されない。


「狂竜病は別だ。

 理性があるように見えてもあいつは狂竜病に侵されていた。

 大多数が不幸になる可能性がある。

 最大多数の原則に乗っ取り処分した」


「そうですか」


「わかったなら早くこいつを連れていけ。

 それと……この屋敷は焼き払え」


「!!?? なんで~すと~!?」


 その発言はブロードにとって聞き捨てならなかった。

 ボレアリス貴族にとって屋敷というのは権力の証だ。

 屋敷を壊されるということは、それすなわち領主としての立場もはく奪されるということ。

 ボレアリス貴族にとってそれほど屋敷は重要な拠点なのだ。


 だが、パーシアスは意に介さず淡々と騎士に話す。


「ここは狂竜病患者――狂人がいた場所だ。もはやこの屋敷は汚染されている。

 拡大しないように焼き払うのが手っ取り早い。

 また俺がいたことは『秘密警団』の規則に則り内密だ。

 ……わかったな?」


「わかりました!」


 パーシアスの圧のある眼光で見られた騎士は背筋を伸ばし返事をした後、ブロードを立たせて連行した。

 部屋から出る寸前、ブロードが叫ぶ。


「パーシアス!! 貴様!! 私の屋敷を燃やすなど!! 覚えておきなさ~い!!

 この恨みは必ず返しま~す!!」


 その叫びにパーシアスは興味なさげに一瞥し、実験室の扉を閉める。


「必要な犠牲だ。最大多数の人類のために。悪く思うな」


 そしてすぐに屋敷全体に火が放たれた。

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