第18話 狂竜病の副作用

 シェンウィーの狂竜病には副作用がある。


 副作用と言っても、魂を犯されたり理性を狂わされたり、といった有害な作用のことではない。

 そういうメインの作用とは逆。

 むしろ〝恩恵〟と言った方が正しい気がするが――シェンウィーの狂竜病はアトラス王家の血が混ざると、異能が発現する場合があるらしい。

 ステラ曰く、アトラス王家の『天球スフィア』のようなものだ。

 狂竜病によってシェンウィーの力が暴走した結果、暴走した力と王家の血が混ざり合い反応することで、本来発現できないはずの人にも異能が授かってしまう、というのがステラの見解だ。


 過去の文献にも、そういう――異能を仄めかす文言があったらしい。

 実際に発現したかは定かではないということだが、俺の状態と文献から推測する限りそうでないとあり得ない、とステラは言っていた。

 尤も人それぞれ、もしくは血筋それぞれで発現する異能が違うらしい。

 少なくとも俺が発現した異能――『竜鱗の壁』はひとりしかいなかった。


「――返してもらうで~すって……?」


 気を取り直したブロードが俺を睨みつけていた。


「あなた〜のその姿には驚きま~したが、この状況で? いったいど~やって?」


 銃を持った衛兵は俺の方を向いて構えていた。


 左前腕が崩れ、その代わり赤黒い鱗が宙を飛び交っている異形な姿。

 そんな俺の姿を見て驚いているに違いないが、すぐに臨戦態勢をとっているのはさすが領主直属の衛兵と言わざるを得ない。


 だが、この鱗は分裂・増殖を繰り返し俺の周りで盾や壁を形成する。

 更に感覚としては無限の指があるのと同じで、鱗は指を動かすように自由自在に動かせた。


 つまり――。


「撃~て~~~!!!!」


 ブロードの掛け声で衛兵達が銃のトリガーを引く。

 何重にも重なった銃声が部屋に響き渡った。

 密閉された部屋に白煙が立ち込め、火薬の臭いが鼻をつく。


 やがて白煙が晴れると、衛兵達が騒めく声が聞こえてきた。


「な……っ!?」


 ブロードが驚愕の表情で叫ぶ。


 それもそのはず。

 俺の目の前には竜鱗が重なった壁が出来上がり、銃弾を全て跳ね返していたのだ。

 結果、俺はもちろんのこと後ろにいるハリソンやウィーにも傷ひとつなかった。


護衛一族ストークの名に相応しい能力だね』

 とはこれを目にした時のステラの言葉。


 正直不本意だが、便利なことには変わりない。


「ブロード……終わりだ」


 俺は冷静にブロードを見つめる。

 ブロードは唇を噛み締め、わなわなと震えていたが、


「な、な〜にが終わりで〜すか……?」


 と気丈に振る舞っていた。


「自分の立場がわかってい〜るのですか?

 こっちにはまだあな〜たのご主人様が……そうです! 竜姫がいるんですよ!!

 あな〜たの行動には少々驚きま〜したが……薄情で〜すね〜」


 ブロードは思い出したかのようにステラに銃を向けた。

 ニヤニヤと煽るようにブロードは俺を見る。


「自分の主がど〜なってもいいということで〜すか?」


「……ダン君」


 ブロードの脅しを見て、後ろからハリソンの心配そうな声が聞こえた。

 確かにブロードは、俺が抵抗したらステラを傷つけると言っていた。

 その言葉は本気なのだろう。

 これ以上、俺が動いたらブロードのその銃はステラに向かって火を吹くことになるだろう。


 だが、俺はその茶番を見て、呆れて思わずため息を吐いてしまった。


「おい……ステラ……いつまで捕まっているフリをしてるんだよ……」


「は? フリ?」


 その言葉にブロードが驚いてステラを見る。

 ステラは何かしている様子はなく、抵抗なく衛兵ふたりに捕まっている様子。

 だが、その表情には余裕があった。


「嫌だなぁ~ダン。フリだなんて……姫が捕まってるんだよ?

 もうちょっと切羽詰まってくれてもいいんじゃない?」


「大方ブロードの〝実験〟というのに興味があってわざと捕まったんだろ?

 狂竜病を使った実験なんて興味惹かれないわけないもんな」


「…………」


「いや、内容だけじゃなく施設もか?

 どんな器具があるのか、どんな本があるのかも気になってるよな?」


「…………」


「……何か言えよ」


「ソ……ソンナコトナイヨ……」


 声高くなってるし早口になっているじゃねぇか。

 目をぐるぐる回して、口を尖らせて……図星なのが丸わかりだ。

 ステラの隣にいるレンだって案の定、「ね……姉ちゃん……?」って小声で引いている。


「だ、だってだって。狂竜病を使った実験だなんて興味湧かないわけないじゃん!

 まだ未知の病なんだし、どんな効果があって、どういう治し方があって、どんな反応があるとかとか。

 気になること山ほどあるんだからさぁ……!

 どんな施設があるのか、どんな学術書や論文があるのか、どんな成果があったのか。

 見て聞いておくのは損じゃないじゃん……!?」


 ついに開き直りやがった。


「ス……ステラさん……」


 あーぁ。後ろにいるハリソンも戸惑っちゃった。

 そりゃあそうだ。

 ハリソンの奥さんが利用されているかもしれない実験を悪気もなく「気になる」って言われたら戸惑うのも無理はない。


「ハハハハハ~!!」


 その時、突然、ブロードが手で顔を隠し、嬉しそうに爆笑した。


「そうで~すかぁそうで~すかぁ……ステラ様もこっち側で~したかぁ……。

 そうで~すよねぇ。そもそもあなた~は狂竜を産み出した大・犯・罪・者!

 倫理観はおろか正義感すらも初めから持っていなかったってことで~すか~!!」


 ブロードは楽しそうにステラをジロリと見つめた。


「ならば! 私の実験……もちろん協力してくれま~すよね~?」


「あ、それはお断りします」


「は?」


 ステラの即答にブロードの表情が固まる。


「実験施設も見させてもらいましたし、検体の様子もわかりましたから。

 何よりあなたの話、一通り聞きましたけど、興味が湧かないというか……論文も本も調べてなさそうだし……何よりララさんの扱い。

 貴重な狂竜病の提供者で――強制的にとはいえ――協力してくれている方を雑に扱ってるのがもうダメですね」


 ズバズバと物怖じせずに指摘するステラを唖然と見つめるブロード。

 口を開けたまま動かないが、ステラは気にせずにこう言った。


「正直、理由も内容も含めて――子供の自由研究以下だなって……」


「~~~~!!」


 ブロードの顔がみるみる赤くなり、憤怒の形相になる。


「き~さ~ま~!!」


 ブロードが勢いよくステラに向かって銃を向け、引き金に指を掛けた。


「――天球スフィア!!」


 銃が火を吹くその瞬間、ステラは天球を発動すると、一枚の赤黒い竜鱗を出した。

 竜鱗はステラの目の前で分裂・増殖を始め一瞬にして巨大な盾のように形作り――。


 バキン! という音が奏でたと思うと、銃弾が弾かれた。


「――なっ!?」


 ブロードが驚いた表情で動きを止めた。


「! あれはダン君の……!?」

 とハリソンが叫ぶ。


 そう。ステラは天球の中に俺の竜鱗を何枚か隠し持っていたのだ。

 これくらい遠距離だと操作することもできないし、勝手に分裂・増殖をしてすぐに崩れてしまうが、銃弾の一発くらいは防ぐことは可能だろう。


 盾は瞬く間に崩れ去るが、ステラはブロードが驚いている隙をついて更に天球からもう一枚竜鱗を出した。

 増殖を始める前に膝で蹴り上げ、後ろにいる衛兵ふたりの顔近くまで飛ばす。


「……うわっ!」


 顔近くにある竜鱗は一気に巨大な盾を形作り、その側面が衛兵達に思いっきりぶつかった。

 案の定、衛兵達は怯み手が緩む。

 その隙にステラは器用に抜け出すと、急いで俺のところに向かった。


「にが〜すなぁ!!」


 ステラが逃げたことで気を取り戻したブロードが切羽詰まった様子で叫ぶ。

 だが、そうなることは織り込み済み。


「――させるかよ」


「――ッ!!??」


 衛兵が動き出す前に、一気に俺は衛兵達の中心に飛び込んだ。

 ハッと息を呑む衛兵達。

 まさか自ら囲まれに行くとは思わなかったのだろう。

 だけれど、俺にとったらこっちの方が都合がいい。


 群れ飛ぶ竜鱗を二つに分け、ひとつは右腕に這わせ籠手を形作り、もうひとつは義手を作り左腕に嵌め込む。

 手の形は爪が三又に分かれた竜の手だ。


 俺は腕をめいいっぱい広げ、爪を周りの衛兵に向けると――。


「くらえ」


「うわぁぁあああ!!」


 形を保ったまま竜鱗を増殖させ、竜の手を大きくし、衛兵達に向かって襲わせる。

 最大限大きくなった竜鱗の腕はまさに竜の腕そのもの。

 複数の衛兵を蹂躙し、力任せに両の壁に叩きつけた。


「おぉーさすがだね〜」


 余裕の笑みを見せながら、衛兵がいなくなった中心を歩くステラ。


「もうちょっと早く助けにきてくれたっていいんじゃない?」


「はいはい。少し手こずったんだよ」


 ってか俺がいなくてもステラひとりで逃げれたような気がするけどな。


「まぁお疲れ様」


「……ん」


 ステラと拳をぶつけ合う。


「ハリソンさんも無事でよかったです」


 とステラは扉の向こうで立ち尽くしているハリソンに向かって手を振る。


「え、えぇ? 私は……そうですね……なんとか……」

 とハリソンは戸惑い気味だ。


 それもそうか。


「? ハリソンさん。どうしちゃったんだろ?」


「ステラの突拍子もない行動に肝を冷やしたんだろ」


 銃を撃たせるようにブロードを煽ったり、捕まえている衛兵ふたりから逃げたり。

 ステラの命知らずのように見える行動は、誰しも驚くからな。


「……それってダンのせいじゃない?」


「そうだったか?」


 ステラがジト目で俺の方を見るが、俺はそっぽを向くことにした。


「がう!」


 そう話していると、いつの間にかウィーが俺達に近づき見上げていた。

 そんな姿にステラは笑みを溢すと、


「はいはい。ウィーもね。探してくれてありがとう」


 と言ってウィーの頭を撫でる。


 だが。


 ――カチャ……。


 銃のハンマーを下ろす音が聞こえ、俺は瞬時にステラとウィーを後ろに隠し、壁を展開する。

 見ると、怒りの形相のブロードが銃を向けていた。


「形勢逆転だ。ブロード」


「……よ~くも……私の計画を……」


 わなわなと震え殺意に満ちた目で俺達を睨みつけていた。


「まだやる気か?」


 もう使える衛兵はいない。全員壁際で倒れている。

 ブロードひとりでいったいどうするつもりなのか。


「もう終わりだよ。さっさとララさんを解放して」


 ステラも同じ気持ちのようで、冷めた目でブロードを見ていた。


「まだです……まだ終わっていませ~ん……」


 だが、ブロードはぶつぶつと小声で呟き、徐に懐から犬笛を取り出すと、


「私の『実験』は終わらないので~す……!!!!」


 いきなり絶叫して犬笛を吹いた。


「…………な、なんだ?」


 周囲を警戒するが、しばらくしても何も音沙汰がない。

 失敗に終わったか? と考えていると、


「うぉぉぉおおおおおお――――ッ!!」


 下の方からくぐもった雄叫びが聞こえてきた。

 そして何かを打ち付けるような地響き。

 それは地面を揺らし、次第に大きくなってくる。


「ハハハハハ~~~~!!」


 狂ったような表情でブロードは投げやりに笑う。


「竜姫~! 生意気な小娘などもう必要あ~りませ~ん。

 貴女な~しでも私は必~ず最強の人間兵器を造り出してみ~せま~す!

 で~す~か~ら~」


 そして――ピシッという音を奏でて、地面がひび割れたかと思うと、


「グアァァァア!!」


 咆哮と共に牢屋で寝ていたはずの大男――オーガが下から現れた。


「――ここで死になさ~い」

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