第2章
第10話 1年後
一年後。
天気のいい真っ昼間。
アトラス王国の隣国であるボレアリスにある港町は、年に1度あるかないかの穏やかな日和だった。
気温が最適で心地よい海風が建物の間を通り、街中に干された洗濯物が気持ちよさそうに踊っている。
そんな中。
「待てやゴルァ!!」
「逃げんじゃねぇ!」
荒くれの賞金稼ぎ共がそんなことを叫びながら街中を走り回っていた。
どこからそんなに湧いて出てきたのか。
通りの角から続々と出てきて雪崩や津波の如く押し寄せ、全員が血眼になっていた。
剣や弓、それに最近民にも流通し出した銃を掲げ、時には威嚇射撃をしつつ獲物を追いかける。
「だーかーらー! 今回は私、何もしていないってば!」
「嘘つけ! だったら何でこんなに賞金稼ぎに追いかけられるんだよ」
「知らないよ。ただちょおっと酒場で話しかけただけなんだもん」
「絶対それじゃないか!」
そんな賞金稼ぎが追っているのは、俺とステラの2人。
漆黒の外套を身に纏う俺とは対照的に、ステラは純白の外套を身に着けフードを被っていた。
「そもそも行くとこ行くとこで誰彼構わず話しかけるな、って前から言ってるだろ!?」
「何言ってんの? 情報は大事でしょ!?
私達、この街に今日初めて来たばっかなんだよ。
街の様子とか変わったこととかシェンウィーのこととかその街での私たちの評判とか。
色々知っとくべきじゃない?」
「それはそうだけど、わざわざステラがすることじゃないだろ!?」
そんな言い合いをしながらも、俺達は全速力で賞金稼ぎから逃げていた。
「お前ら絶対逃がすんじゃねぇぞ!!」
賞金稼ぎの集団を率いるリーダーらしき男が剣を振り回しながらそう叫んだ。
「相手はガキ2人!
だが捕まえれば一生遊んで暮らせるほどの額が手に入る賞金首!
国滅ぼしの竜姫――ステラ・アルケオ・アトラスだ!
全員死ぬ気で追いかけろ!」
「「おぉぉおお!!」」
賞金首のリーダーの鼓舞に空気が震えるほどの雄叫びが鳴った。
後ろを振り返ると、俺達を見る全員の瞳が金貨になっているようだった。
「あ~あ。そもそも何でバレちゃうんだろ」
「話しかけるからだろ」
「そうじゃなくて。話しかけるだけで普通わかるわけないじゃん。
だってこっちはこうやって顔隠しているわけだし」
俺の隣で走るステラがフードの先端を摘まみ、更に深く頭を覆った。
「それは――」
「やっぱ隠れてても隠し切れないのかなぁ?
…………私のオーラってやつ?」
思わずずっこけそうになった。
ステラはいつも危険な時ほどこういうことを宣うから困る。
「生まれついての高貴さっていうのかなぁ?
歩いたら誰もが振り向くような、私の歩いた道には花々が咲き誇り動物達が集まってくるような。
そんな見過ごせない何かが私の身体から滲み出ていたりするのかなぁって――」
「はいはい。そんなこと言ってると弾に当たるぞ」
俺はステラの腕を引っ張り、俺の方に寄せる。
その直後に銃弾がステラの顔真横を掠めた。
「うわぁ。あぶな」
ステラの大きく碧い瞳が一際デカくなる。
「まさか本当に撃ってくるなんて……殺す気?」
「そうじゃなかったら撃ってないだろ。
俺達は『
「だから殺す気できてもおかしくないって?
いや、まぁ、そうなんだけどさぁ~。それでも普通殺さなくない?
殺した方が手続きが面倒臭いし、最悪自分も捕まるかもなんだしさ」
ステラは口を尖らせて腑に落ちないという表情を見せる。
「だから――ってあ゛!?」
だが、すぐにステラは前方の状況を見て、怒声を上げる。
俺もその方向を確認して、「あ……」とため息を吐いた。
前方の通りは繁華街のようで、出店が多く立ち並んでいた。
道行く人は逃げる俺達を避けるように脇に避けていて俺達と賞金稼ぎのラン・チェイスを見守っている。
出店の前で立つ主人達も商品に被害が受けないように慌てて品物を裏に隠していた。
おまけに前方からも賞金稼ぎが走ってくるのが見えた。
その中で、ステラが注目していたのはひとつ。
前方すぐ近くにある古書の出店だ。
店主と思われるおっさんが耳を塞ぎ身を屈めていた。
怪我はしてなさそうだ。
たが、そのおっさんのすぐ近くに立て掛けられた本に小さな穴が開いていた。
どうやらステラが避けた流れ弾が当たったようで、その穴からは煙が立ち上っていた。
それを発見したステラの顔はみるみるうちに真っ赤に染め上がり、その大きな瞳が外に出そうなくらい大きく見開いていた。
さぁ面倒臭いことになってきた。
「あそこの古本屋……本に穴が開いてる!
あれが貴重な学術書、それも絶版本だったら……ッ!
もう~~~~我慢できない! 許せん!!」
「おい、ステラ!」
ステラは急ブレーキをかけて振り返る。
その反動でステラのフードが脱げて、長い黄金色の髪が風に靡いた。
「ダン! こいつら一掃するよ」
厳しい表情で心臓に手を置くステラ。
俺は慌ててステラのその腕を握り、下に降ろす。
「ここでか!? 街中だぞ!?」
「じゃあどうすればいい!?
だいたいこのまま逃げててもジリ貧でしょ。キリがないよ!
これ以上、本に被害が出たら私、本当に国ひとつ滅ぼしそう!
ならいっそここでひれ伏させた方が……!」
これは相当お怒りのようだ。
けれど、確かにステラの言う通り。
これ以上逃げ回ってもキリがないし、この街にも迷惑が掛かる。
ならどこかで賞金首たちを一掃した方が楽なんだが、こんな街のど真ん中で戦っても後々面倒臭くなる。
じゃあどうすればいいか、とキョロキョロと周りを見渡すと――。
「がうがう!!」
――獣の咆哮を聞き、発見した。
「ステラ! あの路地裏に行くぞ!」
俺はステラの手を引いて、人気がいなさそうな暗い路地裏に向かった。
光があまり入らず風通しも悪そうな路地裏だ。
ここなら誰にも迷惑をかけないから好都合だ。
「へへ……残念だったな。ここは行き止まり……万事休すだ」
行き止まりに差し掛かると、賞金首共が息を切らしながらやって来た。
俺はまるで護るようにステラを壁際に追いやり、賞金首と対峙する。
「こんな路地裏に逃げちまうなんて、バカだなおめぇさんよ!」
リーダーが剣先を向けながらそう叫んだ。
「ステラは絶対に手を出さないでくれ」
「ハンッ! 今更命乞いか? 殊勝な護衛なこった。
だが残念。ふたり同時に捕縛してやる」
舌なめずりをしながら勝ち誇ったように俺達を見下す賞金稼ぎ達。
もう彼らの頭の中では、俺達を捕まえた後の宴のことしか考えていないだろう。
だがひとつ間違えていることがある。
俺が話しかけたのは賞金稼ぎのリーダーではない。
「――うん。わかった」
「は? ――――あぁ!?」
直後、断末魔がいくつも鳴り響き、路地裏から蜘蛛の子を散らすように恐怖に怯えた賞金稼ぎが逃げ帰った。
――その日街中である噂が持ち切りとなった。
曰く、呪いの狂竜が現れた、と。
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