27話 諸刃の剣
※
「うーん、あのよく分からん壁のせいで威力が落ちちゃったなー」
ぬらりひょんに一撃浴びせるというのは、これまで『天剣』・水蓮寺楓にしか成し得ていない偉業なのだが、誠は特に喜んだ様子はなかった。
「でも、流石はアキラさん! スゲェ性能だ!」
どちらかと言うと、時間のない中、ガントレットを完成させてくれたアキラの手腕に感動していた。
「……全く、してやられたな」
むくり、とぬらりひょんが上半身を起こした。その端正な左頬は若干紅くなっていた。
「その霊具、帯が赤く染まるたびに霊力が倍々ゲームになっていくのか。帯が五本あるから、最大で
言って、服についた埃を払いながらぬらりひょんが立ち上がった。
「あ、もうバレちゃいましたか」
あっさりと誠も認める。
そう、アキラの作り出したガントレットには、霊力を倍増させる機能が五本の帯という形で付いていた。彼女曰く、
『思いの外早くオフェンスフォルムが完成したから、ついでに試作段階の機能を付けてみた』
とのことで、流石の仕事人ぶりだった。
「厄介な性能だな。けど、対策は簡単だ」
ぬらりひょんが軽くジャンプした。三十センチにも満たない跳躍。本来なら重力という理によって地面に戻らないといけなかったのだが、一向に足は地に付かず、むしろ上昇していき、そのまま風船みたいに上空へ昇っていく。
「どれだけ破壊力に優れていようとも、当たらない位置に居れば大した問題じゃない」
「うわっ、ずるい!」
制空権を確保したぬらりひょんが高み(※物理)から身も蓋もないことを言ってくる。
実際、ぬらりひょんは、誠が全力ジャンプしても届かない高度にいた。
「宣言しよう。僕はここから一方的に君を攻撃する」
「それ、言ってて恥ずかしくないですか?」
返答はなかった。代わりに、光線が降ってくる。
「わぁ! これやっば!」
降り注ぐ光線から走って逃げる。
オフェンスフォルムの弱点の一つは、盾の時とは逆に防御力が皆無なことだ。
幸いだったのは、疲弊しているからか、妖術を並行使用している影響からなのかは不明だが、弾速は最初よりも速くないことだ。ギリギリではあるが躱しきれる。
そして、しばらくすると、光線が止んだ。先程と同じように、妖術の連続使用の限界が来たのだ。
「待ってました!」
誠は何を思ったのか綺麗な逆立ちをした。それも右手のみで。
「チャージ三」
グイッと腕立てをするように右肘を曲げ、
「ハイパーインパクト!」
思いっきり地面を押した。
ロケットが打ち上がった時みたいに土埃が舞い上がり、誠が空に掃射され、勢いそのままに、ぬらりひょんの頭上を大きく越えた。
「なっ!?」
足で届かないなら腕で飛ぶ。そんな突飛な発想に、ぬらりひょんが眼を見張りながら顔を上げる。
「チャージ四」
すると、そこには帯を四本赤く染め、拳を大きく振りかぶる誠がいた。
「しまっ!?」
すぐにぬらりひょんは空中で回避行動を取ろうとするも、
「マスターインパクト!」
間に合わず、誠の十六倍までに膨れ上がったパンチがボディに炸裂した。
「ゴハッ!」
血反吐を吐いて、ぬらりひょんが地面に衝突する。ちょうど、ヘリポートのHのマークを掻き消すように、展望デッキに巨大なクレーターができた。
「お、今のは決まったなー」
会心の手応えに、ご満悦な表情で誠は着地して、ぬらりひょんの様子を見に行く。
「あれ? いない」
クレーターの中心に、妖魔の姿はなかった。まるで煙のように消えている。
「今のは効いたよ」
声は背後からあった。同時に、顔を掴まれ、ボールみたいに誠は思いっきりぶん投げられた。
「おっとと!」
数メートルほど転がったところで、なんとかバランスを立て直して顔を上げた。
「おりょ?」
だけど、視界には誰もいなかった。
「こっちだよ」
またもや背後から声が降ってきて、今度は胴体に衝撃が走った。それが蹴りであるのはすぐに分かった。
誠の肉体が蹴り飛ばされ、安全柵のガラスに激突する。バリンとガラスが割れて、誠の上半身の一部が外にはみ出た。
「夜景が綺麗だなぁ」
あと少し肉体が飛び出せば墜落死なのだが、そんなの気にするわけもなく、渋谷の絶景を堪能する。
「って、やってる場合じゃないか」
セルフツッコミをして、飛び起きる。
「やっぱり、いないなぁ」
起き上がったのはいいものの、肝心のぬらりひょんの姿がどこにもない。と思ったら、背後からザッと足音がした。
「流石に芸がないっスよ!」
即座に右足を軸にして、裏拳を放つ。実際にぬらりひょんは背後にいて、誠の拳は届いた。――にも関わらず、当たった感触はなく、まるで水面に映った月に触れた時のようにすり抜ける。
「残念、惜しかったね」
とだけ言い残すと、ぬらりひょんの姿がまた消えた。今回は、しっかり目の前で。蝋燭の火を消した時のように一瞬で。
「こっちだよ」
声は右側面からあった。意識をやった時には、ぬらりひょんの掌底が誠の脇腹に向かって飛んできていた。
(これは手遅れだな)
回避は間に合わないことを悟り、ならばせめてカウンターを決めようと、左手でパンチを放つ。――が、それすら叶わず、ぬらりひょんの掌底が打ち込まれ、誠を吹っ飛ばした。
ズザザ、となんとか転ぶのは耐え、誠さ腹を確認する。多少痛むがそれだけだ。戦闘続行には問題なかった。
「カウンターを狙いながらも、ちゃっかり腹にも霊力を集めてダメージを抑えたか……。君は意外と抜け目がないね」
称賛の言葉が聞こえて前を向くと、ぬらりひょんが神妙な顔で誠を見ていた。
「あれ? ちゃんといる。……ってことは、あのテレポートみたいな妖術の連続使用は、四回までってことですね!」
誠の背後を三回、側面を一回。この計四回が限界だと誠はズバリ言う。
「……本当にやりづらいな君は」
はぁ、とぬらりひょんはため息を漏らした。それは暗に誠の推察が当たっていると言っているようなものだった。
「一つ、訂正をしておくと、テレポートなんて便利な技、僕は持っていないよ。さっきのは肉体を気体に変質させる妖術だよ」
「気体……って、空気ってことですか?」
「空気以外にもなれるが、まぁそういう認識で問題ないよ。この妖術を使えば、実体よりも疾く動けるし、あらゆる場所に入れる。警視庁に侵入もこの術があったからこそだ。便利で重宝しているよ」
「ふむふむ、だからさっき殴ってもすり抜けたんですね」
誠が得心いったように頷く。
空気、いや、形があったからあの時は水蒸気になっていたのだろう。どちらにしても、気体を殴ったところでまともにダメージが入るはずもない。
「気が付いたかい? つまり、君の自慢のパンチはもう僕に通じないというわけだ」
得意げに笑って、ぬらりひょんは言い放つ。
「それは困りますけど、でもそんな万能な術じゃなですよね。だったら最初から使っとけって話ですし。――そうだなぁ、多分ですけど、攻撃する時はその術、解除しないといけないですよね?」
気体に物理攻撃が通らないのなら、その逆も然り。だから、さっきの誠のカウンターという選択肢はきっと間違いじゃなかった。
「あと、他の妖術は同時には使えないって感じッスかね」
計三回、攻撃を受けたが、その全てシンプルな物理攻撃だった。あそこで光線なり真空刃なりを使われていれば終わりだったにも関わらずだ。それはつまり、使わなかったのではなく使えなかったと考えるのが自然だろう。
加えて、あの破壊力抜群の光線が何十発も連続で撃てたのに対し、気体化は四回が限度。車ならクレームの嵐になるぐらいには燃費の悪い。だからきっと、元々は戦闘に用いる妖術じゃない。それを使わざるを得ず、しかもわざわざ誠が意識するように気体化の妖術の解説までしてきた。ここから導き出せる結論は、
「なんだ。思いの外、追い詰められてるじゃないですか」
澄まし顔で誤魔化してはいるが、しっかり誠の攻撃は効いていたのだろう。だから、なりふり構わず奥の手を披露してきた。
「……ああ、認めよう。その通りだ。正直なところ、ここまで苦戦するとは思ってもみなかったよ。だが、それは君とて同じだろう?」
「はい? なんの話ですか?」
「とぼけなくていい。僕が気づいていないと思ったかい? ――その腕、もう殆ど動かないだろう?」
と言って、ぬらりひょんは誠の右腕を指差した。
「……あー、やっぱりバレてましたか?」
ポリポリと頬を左手で掻きながら、誠が認める。
「裏拳もカウンターもわざわざ左を使っていたからね。カウンターに至っては、右で合わせれば決まっていた状況にも関わらず、だ。――どうやら、そのガントレット、諸刃の剣らしい」
ぬらりひょんは苦笑する。
そして、残念ながら大当たりだった。これは事前にアキラにも言われていたことだ。
『いいかい、作っておいてなんだし、君にはあまり意味のない忠告かもしれないが、チャージはできる限り三までに留めておくように。反動を抑える機能もつけているが、恐らく四と五は君の肉体に悪影響を及ぼす可能性が高い』
で、忠告を守らずチャージ四を使った結果、右腕がイカれてしまった。恐らく、骨がバキバキに折れてしまっている。
(できれば、チャージ五を当てたいんだけどなぁ)
ぬらりひょんを倒し切るにはそれしかない。だから、誠としては確実にチャージ五をぶちかましたいところなのだが、四でこのザマな以上、そのさらに倍である五ならさらに強い反動が来る。少なくとも、右腕は使えなくなるのは確定だ。それ自体は全く問題ないし、なんなら左手に持ち替えるか、とも思案したが、その隙をぬらりひょんが許すはずもないので断念する。
そして、さらにこのガントレットには、それ以外にも三つ弱点があった。
一つ、チャージを一段階上げるのに、それ相応の霊力を込めないといけないこと。
二つ、仮に溜まったとしても、一度解放すれば、クリティカルでもスカでもチャージは一から溜め直しなこと。
三つ、その際、元となった霊力は失ってしまうこと。
つまり、格ゲーの必殺技ゲージみたいなもので、頑張って霊力をマックスまでチャージしても、その一撃を回避されれば、また一から練り直しの上、五段階分の霊力を失うというリスクがついてくる。
今の誠の残存霊力だと、チャージ五は一回が限度だろう。
まとめると、肉体的にも霊力的にも一発が限界ということだ。
(うーん、どうようかなぁ)
ほぼ確実に、これらの弱点はぬらりひょんにバレている。その状態でチャージ五を当てるのは至難だろう。
ここはしっかり作戦を組み立てた方がいいのだろうが、
(ダメだ。ちっとも思い浮かばない)
何一つとして妙案が浮かばない。思考回路を無駄遣いしているだけだ。なので、
「ま、なるようになるか」
思考を放棄する。
そもそも、うだうだ考えるのは彼の性分ではなかった。バカはバカらしく、愚直に闘おうと気持ちを切り替える。
今のはただの独り言だったのだが、どうやらぬらりひょんの耳にも届いていたようで、クスリと笑った。
「なるように……か。そうだね、その通りだ。ここまできたらなるようにしかならないだろう」
腰に両手を当てて、心の底から楽しそうにクツクツと笑う。
「さて、お互い休めただろう。夜明けも間近だ。その前には終わらせよう」
「ですね。朝日は気持ちよく見たいですし」
軽口を言い合いながら、二人は構えた。
闘いは終幕に向けて動き出していた。
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