26話 オフェンスフォルム


 ※


「攻撃力が足りないんです!」


 二週間前のことだ。誠は警視庁内にある科学霊具開発室で、室長である鳳蔵院アキラに開口一番そう言った。


「急にどうしたんだ?」

「いやー、色んな妖魔と闘って分かったんですけど、盾じゃ攻撃力が足りないなって」

「うん。それ、最初に言ったぞ」

「そうなんですけど、まさか妖魔に堅いのが多いとは思ってなくて」


 最初に闘った鎌鼬をベースに考えてしまったのがいけなかった、と誠は反省する。いや、仮にその後闘った焱獄鳥と幻蟲の硬度が妖魔の中で上澄みだったとしても、攻撃が全く通じない相手がいるのが問題だ。


「武器を変えるかい?」

「ん〜、でも、盾も気に入ってるんですよねー。これがなかったら何回も死んでるし」

「ふむ。では、どうする? 言っておくが二つ持ちは許可しないぞ」

「え〜」

「え〜、じゃない」


 子供のように駄々こねる誠を、アキラが半眼で見やる。


「でも、新宿署の竪山さんは双剣使ってましたよ」

「あれは全く同じタイプの剣を使っているからいいんだ。君の言っていることと意味が……ん? 新宿、双剣、待てよ。――誠君、君は新宿の伊高屋で竪山君の双剣を使って勝利したんだったな?」

「はい、それこそ盾の攻撃じゃ効かなかったんで」

「その時、盾は起動していたかい?」

「いえ、邪魔だったんで投げ捨てました」

「そうか……。できれば捨てるのは勘弁してほしいが成程。その手があったか」


 染み入るようにアキラが呟く。


「何か思いついたんですか?」

「ああ、切り替えだよ切り替え。同時に使えないなら切り替えてしまえばいいんだ」

「? どういう意味ですか?」

「そのままさ。具体的には、盾にモードスイッチの機能を取り付ける。盾を別の攻撃特化の武器に変化させてしまえば、君の問題は解決だ」

「ほうほう。でも、そんなことできるんですか?」

「もちろん。と言っても、あまり大袈裟な形態変化は難しいけどね。あくまで元となるバングルで可能な範囲になる」


 つまり、剣や槍にはならないというわけだ。そりゃそうか、と誠は納得する。


「ただ、私も初めての試みだ。改造には多少の時間を要する。他の業務の兼ね合いもあるしね」

「どれぐらい掛かりそうですか?」

「何、心配はいらない。今日から徹夜でやり続ければ、『百鬼連盟』との抗争までには間に合うさ。というか、間に合わなくても間に合わせる」


 と言ったアキラの台詞には確かな意志と覚悟を感じた。ここに彼女の従姉妹がいたら、憤死する未来が見えるぐらいにはカッコよかった。


「気合い入ってるっスね」

「まぁね。……私にはこれしか能がないから、せめて全力でやるさ」


 微かに眼を伏せて、懺悔でもするかのように言葉を零す。


「口惜しいよ。私には闘う力がない。親友を殺した敵と闘うというのに何もできはしない。当日もここで結果を祈っているだけだろう」


 吐露されたのは、以前にも聞いた彼女のコンプレックスだった。

 そんな自嘲する彼女に、


「ん〜、でも、アキラさんが作った科学霊具でみんな闘うんだから、それでぬらりひょんを倒せば間接的にアキラさんが倒したことになりません?」


 誠がケロリと言ってのける。稀代の天才にしてもその発想はなかったのだろう。アキラは大きく瞠目して、


「ふふ、ははは!」


 腹を抱えて爆笑した。初めて見る彼女の破顔した姿に、誠は何かおかしなことを言っただろうかとキョトンとする。


「いや、すまない。でも、そうか。私が倒すのか……。うん、だったらより一層気合を入れて取り掛からないとね」


 目尻の涙を拭いながら、アキラは言った。

 何故、急に元気になったのかはさっぱりだが、暗いよりはきっといいはずなのでまぁいいか、と誠は受け入れた。


 ※


 そして、アキラは本当に間に合わせてくれた。


 オフェンスフォルム。そう名づけられた科学霊具は、ガントレットの形をしていた。誠の右拳を霊力の手袋が包んでいて、前腕部には五本の帯のようなものが螺旋状に絡みついている。


「……なんだいそれは?」


 急激な武具の変化に、ぬらりひょんが訝しむ。


「オフェンスフォルムです! 名前の通り、攻撃に特化した形態ですね!」


 イキイキと誠が答える。


「と言っても、完成したのはつい二日前なんで、俺もちゃんと使ったことがないんですけどね!」

「随分と正直に教えてくれるね」

「別に隠すことじゃないですからね。――あ、でも、具体的な機能は秘密ですよ!」


 人差し指を口に当てて、シーッと喋らないぞっと意思表示する。


「……どこまで本気なんだい? 君は?」

「常に本気ですよ俺は。――というわけで行きますね!」


 話を強引に終わらせて、誠が疾走した。


「チャージいち


 右腕に霊力を込める。すると、腕に巻き付いた帯の一本の色が、金色から血を吸ったように赤色に変化する。それもただの変化したのでなく、右腕全体の霊力が大きく跳ね上がった。


 その状態のまま、思いっきり振りかぶって、


「オーバーインパクト!」


 全力で殴りかかった。


「甘いな」


 誠の拳がぬらりひょんより前に何か見えない壁にぶつかった。同時に、帯の色も赤から金に戻り、倍増した誠の霊力も元に戻った。


「成程。霊力を倍増するのか。面白い性能だが、その程度の力じゃこの防御壁は破壊できないよ」 


 余裕綽々に告げるぬらりひょん。しかし、


「そうっスか。――じゃあ、もう一段階上げますね」


「何っ」


 誠がもう一度、霊力を右腕に集めた。すると、今度は一気に二本、帯が赤く染まった。


「チャージ二。――スーパーインパクト」


 拳が放たれる。


「無駄だと言って――」


 ぬらりひょんの口が止まった。見たからだ。綾音の『雷光閃』すら止めた空気の壁に、大きな亀裂が入ったのを。


 そして、誠の拳はついに空気の壁を打ち破り、その奥にいるぬらりひょんの顔面を捉えた。


 ぬらりひょんの肉体が地面に数回バウンドしながらぶっ飛んでいった。

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