11話 ライバル

 

 ※


 七月一六日。埼玉県某所のとある山。


 暑さが鬱陶しくなる時節。誠と綾音はその山の麓まで来ていた。

 命溢れた森林と草原がかもしだす緑一色の素晴らしい景色。いるだけでデトックス効果がありそうな場所だが、二人が訪れた理由は残念ながら観光でもましてはデートでもなく、仕事である。


「ここが神隠しの山ですか」

「ええ、この山で現在分かっている限りで十二名の行方不明者が出ています。それも二週間の間に」


 山は高低に関わらず、遭難のリスクは付き物だが、二週間で十二人というのは些か多すぎる。


「今まで遭難者は出てなかったんですよね?」

「ゼロ……ではありませんが、捜索して見つからなかったことはありません。そもそも観光スポットではないですからね。……登ったところで、あるのは精々が頂上付近にある潰れた神社ぐらいです。そこにこんなにも短期間で人が立ち寄っているのもおかしな話です」

「ん〜、じゃあ、ますます妖魔の仕業の可能性が高いってわけですか」


 大きく伸びをしながら誠が結論づける。


「油断しないで下さい……。行方不明者の内二名は、県警の対魔課なんですから。わざわざ県を超えて私たちに応援を要請するぐらいなんですよ」

「はーい」


 とても理解しているようには思えない間延びた返事をする誠。


「……まぁいいです。早く行きますよ」


 後輩の良くも悪くも変わらない調子に慣れたのか、綾音はこれ以上注意はせずに、山奥の神社に続いてるであろう石階段に向かって歩き出した。


 その時だった。


「オーホッホッホッホッホ!」


 憚ることを知らない高笑いが草原に駆け巡った。


「相も変わらず辛気臭い顔をしていますわね水蓮寺綾音!」


 声の主は、森林の一番高い木の頂上にいた。

 バックの太陽によく映える金髪をドリルツインテールで結い、大胆に胸元が開いた西洋風のドレスを身に纏った女性だった。見た目もかなり整っていて、綾音が和風美人なら、彼女は洋風美人と言った具合だ。


「とう!」


 金髪ドリルツインテール淑女が木のてっぺんから飛び降りた。

 

 ダン! ←地面に着地する音。

「ッ〜〜〜〜〜!!」←着地の衝撃で足にダメージを受け、痛みに耐える声にならない声。


「飛び降りなきゃよかったのに」


 というか何故登っていたのだろう、と誠は一連の動きの意味がわからず疑問符を浮かべた。

 女性はしばらく動けないでいたが、回復したのか立ち上がると、まるで何事なかったかのように勢いよく綾音を指差した。


「久しぶりですわね水蓮寺綾音! ここで会ったが百年目。わたくしと勝負なさい!」


 声高に叫ぶドリルツインテール。反対に綾音は、誠が知り合って過去一のゲンナリ顔をしていた。


「……仕事中だから無理です」


 滅茶苦茶、ローテションで断る綾音。されど、相手はめげなかった。


「またそうやって言い訳して。貴女は昔からそうね! よっぽど私に負けるのが怖いとみましたわ!」


 フフン、と理由は謎だが、金髪美女は頭から生えたドリルを揺らして胸を張った。


「えーと、すいません。この個性を盛りすぎて逆に個性が無くなってしまっている方は、水蓮寺さんの知り合いですか?」

「……不服ながら」


 誠が尋ねると、本当に心の底から面倒くさそうに綾音が答えた。


「なんですか貴方は!? いきなり割り込んで来て失礼でなくて! 名乗りなさい!」

「えー、いきなり割り込んで来たのそっちだし、失礼なのはお互い様のような気がしますけど。――ま、いいか! 警視庁対魔課妖魔鎮圧係の黒瀬誠です!」


 言いたいことはあったし、口にも出ていたが、多分話が通じない系だろう、と結論づけて誠は切り替えて元気よく自己紹介する。


 すると、


「おや、中々持って元気のよろしいご挨拶。これはちゃんと返さねば失礼に当たりますわね。よろしい。いいでしょう! ――私は鳳蔵院キララ! そこにいる水蓮寺綾音の永遠のライバルですわ!!」


 オーホッホッホッホ、と手の甲を表にして口に当て、悪役令嬢笑いを見せつけてくる鳳蔵院キララ女史。まさかの永遠のライバル属性も追加されて、贅沢丼かな? と誠は率直に思った。


「ライバルなんですか?」

「違います。昔からウザ絡みしてくるだけです」


 綾音が頭を押さえながら否定する。どうやら、ライバルかは置いておくとしても、それなりに付き合いは長いらしい。


「アレ? ていうか、聞き逃しそうになりましたけど、鳳蔵院って確か……」

「ええ、この子はアキラさんの従姉妹です」

 誠の疑問に、綾音がすかさず答えた。

「へー、確かに言われてみればちょっと似てるかも」

「ん? 貴方、アキラお姉様をご存知で?」

「まぁ、一緒の職場ですからね」


 と、正直に言うと、


「ああ、お姉様!!」


 突然、キララがトリップした。


「黒く澄んだ瞳。滑らかな髪。豊潤な香り。艶やかなな肢体。聡明な頭脳。全てが完璧な愛しのアキラお姉様。マイナス課なんていう野蛮な連中に脅され、無理やり働かされているだなんてなんたる悲劇。今は難しいですが、いつか必ずキララが救いに行きますからね!」


 ミュージカル俳優顔負けの発声で、唄うようにキララが言う。


「急にどうしたんですかね?」

「気にしないで下さい。発作みたいなものです」

「成程」


 よく分からないが、きっと詳しく聞いてもよく分からない可能性が高いのでとりあえず納得しておく。


「この極悪非道のマイナス課め! 私のお姉様を返しなさい!」

「いや、アキラさんは自分の意思でマイナス課に入って来ましたし、自分で連絡を取ってください」

「朝昼晩毎日欠かさず連絡してるのに全然返事してくれないのですの―!!」

「それは、アキラさんも忙しい人ですし、毎回連絡が返ってくることはないでしょ」

「もしくは単純に嫌われているかですね」

「なっ!?」


 誠の痛烈な一言に、ガーン! とキララはショックを受ける。どうやら、その発想は無かったらしい。


「い、いいえ! お姉様が私を嫌うはずありません!! 貴方たちがお姉様を監禁監視してるに決まってますわ!」

「おお! 俺、ポジティブからくる誹謗中傷って初めてッス!」


 SNSで稀に見かける陰謀論者並みの暴論に、誠はある種の感動を覚えた。


「ハッ! そんな場合じゃありませんでしたわ! 水蓮寺綾音、勝負しますわよ!」

「しませんて……。――というか、なんでいるんですか?」

「当然、仕事ですわ! 最近、この山で起きる連続失踪事件の調査依頼を請け負いましたの!」


 綾音が尋ねると、キララは威風堂々と答えた。


「……仕事って、聞いてる感じマイナス課じゃないですよね?」

「ええ、彼女は民間の退魔士です」

「民間ですか?」

「ええ、私たちのように通報があってから動くのではなく、個人や団体から依頼を受けて動く人たちのことです。恐らく、遭難者の関係者の誰かが待ちきれなくて依頼をかけたんでしょう」

「成程……。――ん? じゃあ、今って公安と民間で仕事がバッティングしてるってことですか?」


 綾音の説明を聞いて、誠が気づかなくて良いことに気づいてしまう。


「その通りですわ! つまり期せずして勝負というわけですわね! ホホホ、負けませんことよ!」


 案の定、勝手にキララに火が付いた。


「えー、協力しましょうよー」

「お断りですわ! 公僕と手を組んだと知られたら、お祖父様に怒られてしまいますわ!」


 誠の提案をプイ、と顔を背けて却下するキララ。


「……もしかして、対魔課ウチと民間って仲悪い感じですか?」

「もしかしなくてもそうです。――元々、ニ・三十年前まで警察は、妖魔事件に関しては全て退魔士を保有する外部組織に膨大な料金を払って依頼していました。でも、対魔課が設立をきっかけに外部に対する依頼は縮小しました。警察的には予算削減できて万々歳でしたが、反対に民間組織は収入が減少。加えて、当時の各組織の主戦力を金と権力に物を言わせてかなりの数ヘッドハンティングしたそうで、相当揉めたそうですよ」

「――で、その遺恨が今でも残っていると」


 誠が言うと、「その通りです」と綾音は肯定した。


「全くもって嘆かわしいですわ。無理やり従わされているお姉様はともかく、――水蓮寺綾音! まさか貴女までもが国家の犬に成り下がるとは、見損ないましたわ!」


 ビシッと人差し指を突きつけて、キララはライバルを非難した。しかし、当のライバルこと綾音はどこ吹く風だった。


「知ったことじゃありません。……ていうか、貴女も対魔課に来たらいいじゃないですか。そうすればアキラさんとも一緒に働けますよ」

「なっ! (お姉様と一緒に四六時中……! そ、そんな夢みたいな生活、何に変えても欲しに決まって――ゲフンゲフン、惑わされてはいけませんことよ鳳蔵院キララ。私が家を空けてしまったら、千年続く我が家の伝統を一体誰が護るというのです)――生憎ですが、警察の犬に成り下がる気はなくてよ!」


 綾音の勧誘を迷うことなく(※彼女の尊厳の為に事実とは異なる表現をしております)キララは蹴った。

 しかし、これでキララのスタンスは見えてきた。

 自分の所属する組織の稼ぎを奪った対魔課が憎い。だが、そんなところによりにもよって敬愛するお姉様が所属してしまっている矛盾。その事実を認めたくなくて、アキラは脅されて無理やり働かされているというストーリーをでっち上げたいうわけだ。であれば、必要以上に綾音と勝負したがるのもその辺りが理由だろうか。


(ん〜、みんな仲良くしたらいいのに)


という誠の考えはきっと牧歌的なのだろう。少なくとも、今日この場での協力は難しそうだ。


「で、結局どうするんですか? 今のところ無意味なお喋りをしてるだけなんですけど」


 今日の本題は山で起きている連続神隠しの捜査だ。なのに、まだ山の中にすら入っていない。


「……そうですね。早く捜査に――」


 そこまで言って、綾音の口が止まった。代わりに瞼を見開いて、山の階段の方を凝視したと思ったら、――勢いよく駆けた。


「ッツ! 抜け駆けとは卑怯ですわよ水蓮寺綾音!」


 先を越されたと判断したのか、キララが後を追う。少し出遅れて、さらにその後を誠が追った。

 綾音はそのまま山の中に入っていくのかと思ったが、入り口のところで急ブレーキをかけた。他二人もつられて彼女の背後でストップする。


「貴女、一体何をして――」


 言い掛けて、キララもまた気づいた。綾音の足元に子供が倒れていることに。どうやら、綾音が走ったのはこの子を発見したかららしい。

 子供は男の子だった。見た目は小学校高学年ぐらい。少年は身体の至るとこに泥汚れをつけながら横たわっている。


「息は……、ありますね」


 しゃがみ込んで、綾音が脈を測った。

 隣でキララがホッと胸を撫で下ろしていた。態度はデカいが、性根は優しい人らしい。そんな誠の視線を感じ取ったのか、キララはフンとそっぽ向いてしまう。


「うーん、それにしてもいつの間に現れたんだろ?」


 誠が首を捻る。これは誠に限らず、三人の疑問だった。

 最初からいたなら流石に気づかない訳がない。となれば、突然現れたとしか考えられない。


「順当に考えるなら妖魔の仕業……、と見るべきでしょうね」


 どこか釈然としない様子で綾音は言う。

 神隠しをするなら、逆のことも可能だろう。しかし、そうなると今度は少年をこのタイミングでここに出現させた動機が分からなくなる。

 三人が妖魔の意図を考え込んでいると、


「うぅ……」


 少年が薄らと目を開けた。


「大丈夫!?」


 すかさず綾音が声を掛ける。意図せず大声を出してしまったのか、自分の声に自分で驚いていた。しかし、お陰で虚ろいでいた少年の意識が戻った。


「……お姉さんたち、誰?」

「警察よ。……君は?」

「僕は……、家族とここに来て、それで……ウッ!」


 少年が苦悶の表情で頭を押さえつけた。


「大丈夫、大丈夫だからゆっくり深呼吸して」


 綾音は、誠には決して見せてくれない聖母のような穏やかな声で少年に声を掛ける。


「何があったか教えてくれる?」

「分かんない……。急に父さんと母さんが消えて、……僕も気を失っちゃって」

「それはどこ?」

「山の上の神社のところ。……お願い、父さんと母さんを助けて!」


 少年の瞳から一雫の透明な涙が流れた。


 それが綾音の覚悟を完了させた。


「この子、お願いします」


 そっと、宝石でも扱うか如く優しい手付きで少年を誠に託し、上を睨みつけながら立ち上がった。


「私は上に行って、妖魔を討ちます。貴方はこの子を見ていて下さい」

「良いですけど、一人で大丈夫ですか?」

「問題ありません。……それともなんですか? 私の腕を疑っているんですか?」

「そういうわけじゃないんですけどね〜。あ、でも、最近の水蓮寺さんはちょっと危なっかしいと思っています」


 と、バカ正直に吐露すると、何故だかさっき以上に鋭い目線で睨まれてしまった。


「余計なお世話です。いいから黙ってここで待っていて下さい」


 命令です、と警察官が決して逆らえない言葉を言われてしまう。これには勝手にヤクザの事務所に乗り込んだという命令違反の前科がある誠は「はーい」と了承するしかなかった。


「ちょっとお待ちなさいな。何を勝手に二人で話を進めていますの!」


 話が纏まりかけたタイミングで、キララが切り込んできた。


「私も行きますわ。そもそも、これは私が受けた依頼ですから」


 豪壮な態度で言うキララの手には、霊力で形作られた槍が握られていた。どうやら、それが彼女の科学霊具らしい。


「……どうせ言っても無駄でしょうから止めるつもりはありませんが、邪魔だけはしないでくださいね」

「貴女こそ、途中で泣きべそかいても助けてあげませんことよ」


 バチバチと二人の視線がぶつかり合う。そして、特に合図はなかったが、二人は力強く地面を蹴って、階段を駆け上がって行った。


「なんだかんだ仲良いんだなぁ」


 あれがライバルというものなのか、誠はそんな感想を抱いた。

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