創作論9:ギャンブルは地獄の入口と心得よ
翌日。
3ページ目のラフが描き上がったので、クリオリにチェックを頼むことにした。
今回は休日の佐倉井美園の過ごし方や、街で会社の同僚に出会うシーンなどが中心だ。ここから、会社の業績が悪化する布石が描き始められる。
「今回こそ問題ないはず。」
いい加減、規制に引っかからないページを作りたい。
そんな思いを胸に、ゆり子はクリオリを起動させた。
『こんにちは、田中ゆり子さん。』
「こんにちは。3ページ目のラフが出来上がったんだけど、チェックしてもらえる?」
『はい、お任せ下さい。』
ゆり子は3ページ目の画像データを、クリオリのアプリに放り込んだ。
待つこと、3秒。
『残念ながら、このページは規制に引っかかる危険性が高いです。修正を推奨します。』
「またかー……」
流石にゆり子はがっくりきた。
「今回は何が悪かったの?」
『6コマ目に主人公の上司がパチンコをしている描写があります。ギャンブルの描写は規制の対象となります。』
「あ~、ギャンブルか……酒煙草がダメなら、そりゃ引っかかるか。」
今回は割と初歩的なミスだった。
前日の酒と煙草の規制を考えれば、気付ける範囲だった。
『はい。ギャンブルは酒や煙草と同じく太古から存在し、人々の生活を破綻させる原因となるだけでなく、時には殺人や自殺などを誘発する要因にもなっています。その為、ギャンブルは法律で厳しく規制され、違反すれば厳罰に処されます。一応、競馬、競泳、競輪、オートレース、宝くじ、パチンコ等の公営ギャンブルは、特別法により認められていますが、政府としては決してギャンブルを推奨しているわけではありません。従って、創作物に頻繁且つ好意的に描かれると、ギャンブル文化を助長してしまう危険性があります。』
「一応、訊くけど、パチンコは法的に認められたギャンブルよね?それに、大阪IRに確か大きなカジノがあったと思うけど、それはどうなの?」
『はい。パチンコは1948年公布の風俗営業取締法を、1984年に改訂した風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律で、営業が定義されています。大阪IRのカジノは2028年に通称カジノ合法案で営業が定義されており、2030年に開業されています。しかし、これらの公営ギャンブルも、依存性が強く、また常習性もあることに変わりはありません。その為、例え実在のギャンブルや大阪IR等施設であっても、創作物で描くのは規制の対象となっています。』
「そーだよね……」
『しかし、例外はあります。現在も、ごく少数ですが、ギャンブルを題材とした漫画や映像作品は制作されています。』
「え?そうなの?」
ゆり子は身を乗り出した。
これは、初めてのパターンだ。
『はい。例えば、『ギャンブル依存症の恐怖~ある女子大生の転落人生~』というエッセイ漫画が、2058年2月から現在も連載中です。他にも、『田舎のパチンコ店主殺人事件』というミステリー小説が昨年12月に出版され、好調なセールスを記録しています。』
「あ~、そういう感じ……」
何となく、ゆり子には現状の予想がついた。
『いずれの作品も、ギャンブルが齎すトラブルや生活破綻、命の危機を克明に描いており、ギャンブルが持つ危険性や恐怖を読者に訴えかける内容となっています。このようなテーマであれば、規制の対象外となる可能性はあります。』
「この漫画じゃ使えないわね。」
ゆり子は溜息をついた。
あまりにも、ゆり子が描こうとしている内容と、解離し過ぎている。
「わかった。とりあえず、パチンコの描写は別の無難な趣味に変えるわ。それで……」
不意にゆり子の言葉が途切れた。
『どうかしましたか?』
「……いや、何でもない。とりあえず、ここはパソコンしてるシーンにでも変えるわ。」
『はい。そうすることを推奨します。』
ゆり子はタブレットを取り出し、パチンコのシーンを、パソコンを打つシーンに描き替えた。名目は、パソコン教室で、趣味のゲームをしている、ということにした。
「クリオリ、これならどう?」
ゆり子は画像データを再度クリオリのアプリに放り込んだ。
待つこと、3秒。
『これならば、問題ありません。』
クリオリがそう言った瞬間、ゆり子はニヤリと皮肉めいた笑みを浮かべた。
相手はAIだから、表情を読まれることはない。
「そう。まぁ、規制って所詮その程度のものよね。」
ゆり子は満足げにそう言った。
実は、このシーンで同僚が行っているのは、パソコンを使った違法賭博である。特に海外にはネット賭博が合法とされている国もあり、賭博のサイトが大量にある。勿論、日本からアクセスするのは違法とされているので、まともにそれを描けば、規制の対象になるだろうが、こうしてパソコン教室に偽装してしまえば、表面上はわからない。
漫画の描写も、敢えてパソコンの画面部分は暈して描いてあり、一見するとパソコンで何をしているかわからないようにしてある。
これでまんまとクリオリを出し抜き、延いてはゆり子が苦しめられてきた、表現規制を出し抜いたのだ。
何か、勝ったような気分だった。
「どんなに規制をかけようと、クリエイターの脳みそにまで、規制はかけられないってことね。」
『思想の自由は、憲法で保障された人権の一部です。』
クリオリが焦点のズレたことを言ってきた。
このAIは、本当に事の真髄をわかっていない。
「クリオリ、一つ教えてあげる。パソコン教室のパソコンも、パチンコを始めとするギャンブルも、地獄の入口であることに変わりはなかったりするの。覚えておきなさい。」
『田中ゆり子さん、それはどういう―』
「じゃあね。」
ゆり子はパソコンの電源を落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます