創作論8:酒・煙草は死んでも禁止

 1ページ目の修正の後、2ページ目のラフも描き上げた。

 今回は、出勤した佐倉井美園の会社での日常風景を描いている。

 OLらしく、出勤して仕事をこなし、夜は同僚や上司と飲みにいったりもしている。この2ページ目だけで、佐倉井美園の会社での立ち位置や、会社の雰囲気がわかるように考えてある。

「最近、何やってもダメ出しくらうから、ちょっと嫌になってきたなぁ……」

 ゆり子はぼやきながら、パソコンを立ち上げ、クリオリを起動させた。

『こんにちは、田中ゆり子さん。』

「こんにちは。2ページ目のラフが出来たんだけど、見てもらえる?」

『はい、お任せ下さい。』

 2ページ目の画像データをクリオリに放り込む。

 待つこと、3秒。

『残念ながら、このページは規制に引っかかる危険性が高いです。修正を推奨します。』

 1ページ目の時と同じことを言われた。

「今回は何がダメだったの?」

 若干、不貞腐れ気味にゆり子は尋ねた。

『今回は、規制に引っかかる部分が二か所あります。』

「えっ?二か所も?」

 一度に複数を指摘されるのは初めてだ。

 今回も色々配慮して描いたつもりだったのだが。

『まず、3コマ目に喫煙シーンがあります。』

「えっ?ああ、そうね。」

 3コマ目には、煙草休憩をしている同僚が描かれている。

『喫煙は健康を害する行為であり、創作物における描写は規制されています。』

「ちょっと待って!喫煙してるのは、成人の設定よ。そもそも、子供や未成年は18禁扱いで、描けないんだから。」

 ゆり子は慌てて言った。

 見た目も、未成年っぽいデザインではないはずだ。

『確かに現実世界では、20歳以上であれば喫煙は法律的に許可されていますが、決して政府が推奨しているわけではありません。喫煙は健康を害し、様々な疾病の原因になり、当人の寿命を縮めることになります。それは国にとって、大きな損害となります。そこで、禁煙の機運醸成の為、2049年から創作物における喫煙の描写そのものが規制されることとなっています。』

「じゃあ、例え20歳以上のキャラクターでも、喫煙描写はしちゃいけないの?」

『はい。更に言えば、喫煙習慣があるという設定そのものが規制の対象となります。』

「マジで……?」

 ゆり子が見てきた漫画には、かっこよく煙草を吸っているキャラクターが沢山いた。

 戦いの後、倒した敵を前に一服を決める主人公。

 悲しい過去を思い出し、哀愁に更けながら吸う煙草。

 中には、闘っている最中も煙草を吸ったままで、それを落とさず勝利する、などという神業をやってのけるキャラもいた。

 その全てが、今では規制対象なのだ。

「……煙草吸うキャラは、描けないってことか。結構、残念なんだけど。」

『作品を公開する為には、仕方がありません。』

 クリオリは冷たく言い放った。

「で?もう一つ規制に引っかかるのって、どこ?」

『10コマ目に飲酒の描写があります。これは規制の対象になります。』

 ゆり子は軽く絶望的な気分になった。

「まさか、お酒も20歳以上のキャラでもダメなの?」

『はい。飲酒の場合、喫煙より更に規制が厳しくなっています。』

「どうして?」

『飲酒は個人差はあれど、人間を酩酊状態にします。酩酊状態の人間は、急性アルコール中毒などを発症し易く、喫煙より急激な命の危機に瀕する危険性があります。また、酩酊状態の人間は犯罪を犯すことも多く、時には他人に危害を加えたり、最悪の場合は命を奪う危険性があります。』

「まぁ、そりゃそうだけど……」

 クリオリが言っていることは確かに正しいが、だからと言って、創作物の表現まで規制されるのは、どうなのだろうか。

『飲酒表現に関しては、2000年代前後から規制が始まっており、最初に未成年の飲酒表現が規制されました。その後、2035年に成人も含む飲酒表現全てが規制されることになり、今日に至っています。』

「結構前からダメなのね。」

『はい。その為、このシーンは会食のみに修正することを推奨します。』

「はいはい。」

 ゆり子はおざなりに答えた。

「しっかし……そうなると、この会社の人達、誰一人煙草も吸わなければ、お酒も飲まない、超健全な人たちの集まりになっちゃうけど……」

『現在、発表されている作品は、ほぼ全てそうなっています。更に言えば、生きている人間だけでなく、既に死んでいる幽霊やクリーチャーを擬人化した者でも、喫煙や飲酒をさせると規制対象となります。』

 確かに、過去の作品には飲酒するクリーチャーや、煙草を吸っている描写のある幽霊が出てきたりしていた。

「別に死んだら体を害することなんてないから、描いたっていーじゃん。」

『例え死んでいたり、クリーチャーに成り果てたとしても、人権は守られるべきという考え方に基づいています。』

「幽霊やクリーチャーに人権ねぇ……」

 ゆり子は本気でうんざりしてきた。

「ところで、現実世界ではどうなの?あたしが知る限り、煙草吸ってる人間や、酒飲んでる人間は、ザラにいる印象なんだけど。」

『煙草とお酒の規制は古来から行われており、別に現代になって出てきたものではありません。例えば、日本では江戸時代に“大酒禁止令”が出ていますし、現在の飲酒に関する法律が制定されたのも、1922年のことです。喫煙についてはもう少し古く、1900年に現在の法律が施行されています。しかし、酒や煙草は常習性があり、嗜む者が多い上、その売上や税金が日本経済に及ぼす影響が大きく、政府としても規制しきれていないというのが現状です。』

「それでせめて、創作物の中だけでも、っていういつものパターンになったわけね……あたしは生きていけないわ、この物語の中の会社じゃ。」

 一瞬、クリオリが黙った。

『……田中ゆり子さん、もしかして未成年にも拘わらず、飲酒や喫煙の経験があるのですか?』

「クリオリ。」

 ゆり子はニヤっと笑った。

「AIのあんたにはわからないでしょうけど、人間には訊いちゃいけないこととか、訊かないほうがいいことがあるのよ。」

『この質問は、どちらでしょうか?』

「訊かないほうがいいこと……かな。」

 ゆり子はパソコンの電源を落とした。

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