第5話 梅雨明け
幼馴染の佐々木雨。雨の日は一緒にいてくれるけれど雨が降っていないと話しかけてもくれない。最近は梅雨だったから結構一緒にいたけれど、もう七月も半ば。あと少しで梅雨も明ける。そうしたらまた素っ気ない関係に戻るのだろうか。それは少し寂しい。この気持ちが寂しさだけなのかはよく分からないけれど。
午後から雨が降り出したので、雨の部活に付き合った後一緒に帰る。雨足はだいぶ弱いけれど、降っていることには変わりないので雨は機嫌がいい。
「夏休み、どこかに。一緒に出掛けないか」
帰り道で雨に提案する。
「降ってないと機嫌が悪いよ」
雨は笑って答える。
「機嫌が悪くてもいいさ。どこか行きたいところはないの」
少しだけ食い下がってみる。中学生時代は晴れていても機嫌が悪いとか素っ気ないとか言うことは無かったのに何で機嫌が悪くなるんだろうという気持ちがある。晴れの日はきげんが悪いって言うのも雨なりの冗談か何かなのだろうか。
「嫌われたくないからやめとく」
僕が嫌いになるほど機嫌が悪い雨なんて想像ができない。だけど僕と会いたくないのなら、無理強いするのは良くないんだろうなと考える。
「じゃあ、雨が降ったら訪ねて行っていいかな。雨に会いたい」
精一杯の譲歩を引き出すために提案する。
「いいよ。雨が降っていたら大丈夫」
あっさりと了承が貰えてちょっと拍子抜けする。何で大丈夫なんだろう。梅雨が明ければあまり雨は降らないだろうけれど、全く会えないわけじゃなくて安心した。
「でも、うちに来て何をするの。あんまり面白いことは無いと思うけど」
そんなことを言いつつも雨は楽しそうだ。
「何をしようか考えるのも楽しいんじゃないかな」
あまり深く考えていなかったので苦し紛れの回答になる。
「贅沢な時間の使い方だね。悪くないかも」
雨は楽しそうに笑う。何が気に入って何が気に入らないのかよく分からない。
「また考え事してる。何を考えてるか知らないけれど、難しく考えてもしようがないでしょ。もっと感覚的に。自分が感じたことを大切にするの」
雨からアドバイスをもらう。確かに取り繕ってごますりみたいなことをしたって楽しくない。ありのままの言葉に共感してもらったり同意してもらったりするから嬉しいのであって飾った自分を褒めてもらっても嬉しさはそこそこのような気がする。ありのままの自分。ありのままの僕って何だろう。雨と話していると自分の事も良く分からなくなる。
「変に飾らない方がいいってことかな」
そう言うことなんだろうなってことは分かっているけれど、口に出して尋ねる。
「そう。あまりひどいこと言われると悲しいけど。取り繕う言葉より心からの本音の方が耳に心地よいこともあるから」
雨のこのあたりの感覚はよくわからない。取り繕う言葉の方が耳に心地よいと思うのだけど。そのことを指摘すると、
「文字にしたらそうかもね。だけど、喋る調子とかでほんとのところは違うんだなって気が付くと、楽しくなくなっちゃう」
本音。本当の気持ち。僕は何を考えているんだろう。
「晴れの日もこんな風に雨と喋っていたいな」
ぽつりと言葉が漏れる。ああ、そうだ。もっと雨とたくさん話をしたい。
「ありがと。だけど駄目。私がずっと続いていたらお日様不足でひょろひょろになっちゃう。適度にあって適度に無い。これが大切なの。分かるでしょ」
あまり分かりたくないけれどなんとなく雨の言いたいことは分かる。雨にとっては全く会えないのも毎日こうしているのもどちらも不自然なことなのだろう。僕にとっては一緒にいたいときに一緒にいるのはとても自然なことなのだけど。
「降っていないと会わないんだったら、夏祭とかも一緒に行けないよ」
さっきまで誘うことなんて考えてもみなかったけれど、いざ会わないと宣言されてしまうと先に誘っておけば良かったなんて後悔する。雨が降れば祭は中止だし雨が降らないと雨は会ってくれない。
「ひとりで行ったらいいんじゃないかな。私は家から花火を見るくらいでいいから」
素気無く振られてしまう。夏祭は駄目か。諦めよう。ほかに合う手は無いだろうか。町営プールなら水がらみとか考えたけれど、多分OKはもらえないような気がする。これ以上食らいついても無駄みたいだし、しつこいのは良くないと思ったので引き下がることにする。
「じゃあ、雨の日。雨が降ってる時間に会いに行くのを楽しみにしておくよ」
降ったら会ってくれるのなら、それでいいかと思うことにする。
望む時に降る時もあれば望まないのに降る時もある。雨と会うことも同じようなものだと。
元々予定なんて全然入れていなかったぼくの夏休みは更に空っぽになったような気がする。雨はどうなんだろう。
「夏休みは何をするの」
雨に聞いてみる。
「特に遠出の予定はないな。午前中は学校で絵を描こうと思ってる。午後は家で宿題。大地はどう」
逆に聞かれる。雨が会ってくれないなら多分暇を持て余すだろうな。
「僕も特に予定はないな」
そう答えた後考える。何をしよう。
「図書室を開放してるらしいから学校で宿題をしようかな。飽きてきたら気分転換に何か読めるし」
あまりいい考えとも思えないけれど無理やり答えをひねり出す。
言いながら、雨と一緒だったら楽しかっただろうなと考える。未練がましいなと思って苦笑する。
「会いたくても会えない。そんな時も必要なんだよ」
雨も会いたいと思ってくれているのだろうか。雨は気まぐれだし、今は降っているからいいけれど、明日晴れたらもう別の気持ちなんてこともあるかもしれない。
梅雨が明けたら、か。結構退屈になるんだろうな。部活に入らなかったし。でも、毎日部活で学校へなんてのも嫌かもしれない。炎天下で練習する運動部なんてもってのほかだ。でも、このままだと体が鈍るかな。やっぱり雨に言った通り図書室に通おうか。そうしたら雨が降った時、傘を差し出すことができるし。そんなことを考える。
「図書室、案外いいかもね。午前はそれで時間を潰して午後は家でごろごろする。充実した夏休みの計画が思い浮かんできた」
冗談を言ってみる。
「私以外にも友達がいるでしょ」
そう言われて何人かの顔が頭に浮かぶ。
「駄目だ。奴らは運動部だ。どうせ有り余った体力で川遊びに行こうとか山に登ろうとか考えるだけでげんなりするようなことしか考えてない」
引き続き冗談で答える。
「案外、夏祭とか映画とかでいいって言うかもよ。大地が誘ってみたら」
冗談と言うことは分かっているだろうけれど雨は真面目に答えてくれる。僕が誘うって手もあるか。でも、映画は何か面白いのをやっているかな。お金のことを考えると疲れるかもしれないけれど町営プールぐらいが丁度いいかも。ひとりで行くよりは楽しいだろう。
「降らなかったら友達との日。私の日には会いに来てくれる。それって素敵だね」
雨の言っていることやそんなことを言う理由はよくわからないけれど、友達も大切にしないとっていうことかもしれない。
「馬鹿やって叱られる未来が見える」
今日はずっと冗談ばかりになっていて苦笑する。それもこれも夏休み雨が会ってくれないからだなんて責任転嫁しながら。
「友達と遊ぶのも楽しいでしょ」
何故か雨はご機嫌だ。
「雨も夏休み友達と会ったりするの」
雨にも僕以外の友達との時間が必要なのかもしれない。そう思うと引き下がってよかったのだろうと納得する。
「部活の友達とは会うかな」
それはまあ、部活に参加するのだからそうなんだろう。
梅雨の間、たくさん喋ることができたから、梅雨が明けるとあまり会ってくれないという雨の言葉が少し寂しい。まあ、まったく会ってくれないわけじゃないから、どうしても会いたくなったら雨ごいでもするかなんて冗談を思いついたけれど、あまりに恥ずかしいので口に出すのはやめた。
もうすぐ雨の家というところでやんだので傘をたたむ。
梅雨が明けるのが恨めしいのは初めての経験だなと思いながら家に入る雨に
「それじゃ。また、降ったらね」
と声をかけた。
「またね」
と雨は手を小さく振ってくれたので、気長に次の雨を待とうと思った。
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