第5話 準備

その日から、アルバートは泰造と行動を共にし始めた。

自らの事業は信頼できる部下たちに任せ、自分たちは都市の片隅へ、誰にも知られぬよう姿を消す。

周囲の者たちは、「同じ傷を舐め合っているのだろう」と、勝手に解釈していた。

だが、実際は違った。

彼らは──未来の地獄を、着実に準備していたのだ。


パーツの密輸ルートの確保。

都市防衛網の脆弱な区画の把握。

緊急時に軍を遅らせるための内部工作。

全てが、緻密に、無慈悲に積み上げられていた。


最後にマーフィがアルバートと会ったのは、そんな準備が終わりを告げる頃だった。


アルバートは、以前の面影をほとんど残していなかった。

病的なほどに痩せこけ、肩幅すら縮んだように見えた。

だが、ただ一つ──

瞳の奥に宿った、凶星のような光だけは、強烈に輝いていた。


「マーフィ、久しぶりだな。元気してたか?」


かすれた声。

それでも、どこか懐かしさを滲ませた笑み。


マーフィは一瞬、言葉に詰まった。

そして苦笑を浮かべた。


「ああ、アル……お前こそ、って言いたいところだけどよ、そんな場合じゃなさそうだな」


アルバートは短く笑った。

それはもう、昔の陽気さとは別物だった。


「そうだな。マーフィ、最後だから頼みがあるんだ」


「──どうした、そんな辛気臭ぇこと言って。最後だなんて言うなよ。お前の頼みなら、なんだって聞くぜ」


「……ああ、実はな。世界と戦争することにした」


あまりにも唐突な宣言に、マーフィは硬直した。

数秒の沈黙の後、顔を歪めて叫ぶ。


「はぁ!? 何言ってんだよお前! そんな無茶、嫁さんと娘が喜ぶと思ってんのかよ!」


「喜ぶ訳がないさ。分かってる……でも」

アルバートの声は、静かだった。

「俺は、世界が憎い。

俺の妻と娘を奪った……あの民衆が、憎いんだ」


マーフィは、額を押さえた。

そして、深く息を吐いた。


「──ったく、本当にしょうがねぇ奴だな」


小さく呟き、顔を上げる。


「分かったよ、アル。手伝うよ。俺はまだ特殊部隊にいるんだ。ゲリラ戦は得意分野だ」


しかしアルバートは、首を横に振った。

その顔は、酷く穏やかだった。


「違うんだ、マーフィ。君たち友人を……巻き込みたくない」


「はぁ? 何言ってんだ、お前。

お前がこんな目に遭ってんのに、俺たちが見捨てるわけねぇだろ!」


マーフィが吠えた、その時だった。


──「そこまでだ。」


部屋の奥で控えていた尋問官たちが動いた。

黒服の男たちに囲まれ、マーフィは手錠をかけられる。

鈍い音が静寂を裂いた。


「……は、ふざけんな、離せ! 俺はただ──!」


「分かっている、マーフィ・ギャラガー。君は彼の“最後の協力者”だった」


尋問官の男が、無表情で言った。

冷たい蛍光灯の下、その白衣がやけに不気味に見えた。


「ここで少し整理しよう。

君の証言によれば、当時、アルバート・ディバイドはすでに泰造・ミナミの支援のもと、国家レベルの武力蜂起を準備していた」


「──ああ、間違いねぇよ」


「君は、その計画に加担する意思を示した」


「違ぇよ……! 俺は……!」


必死に抗弁するマーフィに、尋問官は冷たく告げる。


「──だが、最終的にはそれを国家権力に伝えず結果、数万人が死に、都市は焦土と化した」


重く、冷たい言葉だった。

マーフィは、力なく項垂れた。


──それでも。

あの時、あの場で、あいつの願いを無視できるわけがなかった。


尋問官は、淡々と尋ねる。


「では、続けたまえ。

彼は君に、どのような“最後の頼み”を伝えたのか?」


──場面は再び、あの夜へと戻る。


マーフィは、拳を震わせながら、目の前のアルバートを見つめていた。


「だからこそ、頼みたいんだ」


アルバートの声は、かすかに震えていた。


「お前に──『アルバートの主催するパーティーがある』って嘘をついてほしい。

みんなを、戦争から、戦火から逃がしてほしい」


「……くっ、くそっ……!」


涙が滲む。

それでも、今は、泣くことなど許されなかった。


「……他の奴じゃ駄目なのかよ。なんで俺なんだよ」


アルバートは、ただ、微笑んだ。

それは、別れを告げる者の笑顔だった。


「お前を一番、信用してるからな。

俺の大事なダチたちを、頼んだぜ──兄弟」


マーフィは、声も出せず、ただ──力強く、うなずいた。

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