第38話 彼の遺したネックレス

「昨日未明、東京にある~ビルが爆発音とともに崩壊しました。火災と爆発が激しく、中からは3人の遺体が見つかりました」


 テレビ画面には爆発が起こる前の監視カメラの映像が出る。そこには京極と、結城とシノの姿があった。


「そんな……」


 かろうじて画面を見た葵は更に追い打ちをかけられた。


「損傷が激しいため、遺体の身元は完全には分かっていませんがおそらくトリニティ・コレクトの結城耀社長、そして東雲壮馬副社長、京極コーポレーションの代表である……」


 葵は部屋に走って閉じこもる。


「嘘つき……もう一度って言ったのに……」


 目の前で起きていることが信じられなかった。スマホを取り出す。何度検索してもニュースは消えない。事実という言葉が葵に重くのしかかる。


「葵……」


 葵の父と母、そしてマイケルは鍵のかかった部屋の外から葵の心を案じることしかできなかった。



 この3日間、ワイドショーはこの話題で持ち切りだった。犯人が捕まったという知らせが、その熱を更にあぶる。葵は水も喉を通らないほど参っていた。


 しかし犯人の顔を見ておきたいという思いで、なんとかスマホを開く。その画面を見て、葵は驚愕した。筋肉質の男とパーマ頭の男。葵を誘拐した犯人だった。


 思い返せばこの情報が出る少し前、葵の母が警察から電話が来ていると教えてくれた気がする。結城の話だろうと思って出なかったが。


 しかし結城ではなく、葵の誘拐事件も余罪としてあることから、葵に電話が来ていたのだった。


 2人の容疑者は黙秘を続けているそうだ。葵は文句を言ってやろうかとも思ったが、そんなことをしても結城は戻って来ない。絶望だけが目の前に果てしなく広がっていた。



「葵、今入っても良いか?」


 部屋の外から裕次郎の声がする。


「駄目、また後にして」


 葵は突き放すように言う。裕次郎がうーんと唸っているのが外から聞こえる。


「……実はな葵、お父さん言ってなかったことがあったんだ。結城君のことで」


 結城、という言葉に葵は反応する。返事はせずに、扉の鍵を解除した。


「ありがとう」


 裕次郎は部屋に上がりこむ。その手には、何かを握っていた。


「実は結城君、この事件の数日前に家に来たんだよ」

「……え?」


 葵は驚いた。


(耀さんが、来ていた?)


 なぜ自分に会わずに裕次郎のみに会ったのか。その答えは裕次郎の持つ小包にあった。


 葵が中身を開けると、そこにはダイヤモンドのネックレスが入っていた。


「私がマイケルと家を出たときに、ちょうど結城君が来たんだ。葵に会うか聞いたんだけどね、まだそのときじゃないと言っていたよ」


 裕次郎の話では、結城はそのとき真剣な眼差しだったらしい。もし自分に何かあった場合、葵さんに渡してほしいと小包を裕次郎に託したのだった。


「何かってなんだい?って聞いたんだけどね、答えてはくれなかったよ。まさかこういうことだとは……」


 裕次郎が部屋を出た後、葵はネックレスを見ながら考えていた。金具の部分にはsee you againの文字が入っていた。結城のメッセージだろう。


(耀さんは自分が死ぬことに気づいていた……?)


 もしそうなら、警察に話す必要がある。京極社長も関係するのだろうか、葵の脳はすでにパンク寸前だった。


 しかしそれよりも、葵にはどうしても気になることがあった。


 ダイヤモンドが異様に大きかった。不自然なほどの存在感。結城の贈り物だとは到底思えなかった。


 まるで何かを隠すために作られたかのような違和感が、葵の胸に引っかかる。本当にダイヤモンドなのだろうか、本物のダイヤモンドなら内側で光を反射して輝くはずだ。


 怪しく思った葵は太陽に透かしてみた。すると、ダイヤモンドの中に黒い塊が見えた。


「なんだこれ……」


 葵は思わず声に出す。黒く、そして四角い物体が中に入っている。葵がネックレスをくまなく調べてみると、微かに隙間があった。


 爪を差し込んで無理やり開く。出てきたのは、USBメモリだった。


(きっとここに何かがある)


 そう直感した葵は、パソコンを引っ張り出して差し込む。



 そこには京極コーポレーションの莫大な不正の情報が大量に載っていた。下までカーソルを進めていくと、不正のデータに混ざって名前のないファイルが見えた。


 葵はクリックする。それは結城からのメッセージだった。


「葵さんがこれを見ているということは、僕はもうそこにはいないんだろう。約束を守れなくて、本当に申し訳なかった。それは僕が人生を賭けて暴きたい京極の秘密だ。もしその前に僕が京極に消されたなら、代わりにそれを公開してほしい。葵さんの思う、一番効果のある方法で構わない。京極を消してほしい。僕は最初、君を騙す為に近づいた。京極との関係を疑ってね。実際はそんな事は無かったんだけど。でも、付き合っていくうちにどんどん君に惹かれていった。好きになったんだ。僕は何度も君を危険にさらしたし、裏切ったりもした。本当にごめん。そして、今まで本当にありがとう。愛してるよ」


 葵の涙は、ぽたりぽたりとキーボードの隙間に落ちていった。嗚咽が止まらない。葵はその場に倒れ込んだ。


「なんで……なんでいなくなっちゃったの……耀さん。あなたの様子がおかしいのもわかってた。何か秘密があるんじゃないかとも疑ってた。でも、それでも……!愛してたから一緒にいてほしかったんだよ」


 気持ち悪いくらい晴れた日差しが、窓から入り込む。眩しさも感じない。一晩中、葵はずっと泣き続けた。


「……この恋は、私には辛すぎたんだ……」


 そう言い聞かせても、目からは涙が溢れ出てくる。塩辛い。



 翌日、そこには覚悟を決めた葵がいた。


(泣くだけ泣いた! 私がいくら落ち込んでいても、結城さんは返って来ない。それならせめて、結城さんの意志を伝えよう)


 葵はUSBを手に取った。これが結城のすべてだ。葵を信じて託してくれた、最後の希望。


(一番効果的な方法……)


 すぐに裁判を起こすことも考えたが、データを見る限り京極は国会議員や裁判所の人達との関わりもあった。最悪もみ消されるリスクもあるだろう。葵は頭をひねって熟考する。


「そうだ!」


 葵はスマホを開いた。そこにはたくさんの着信履歴が溜まっていた。筆頭は桃である。葵はさっそく電話をかける。


「連絡できてなくてごめん、桃! 頼みたいことがあるんだ!」

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