第37話 炎がすべてを終わらせる

「泣いてもなかったのか」


 結城はつぶやく。血も涙もない、その言葉の権化が目の前にいる。


「悪いが私は、自分が一番大事だ。息子は二の次。人間なんか、皆そうだろう」

「救いようのないクズだな」


 シノがあきれる。京極は目の輝きを取り戻していた。机の上にあった万年筆置きで、結城の渡したUSBを粉々に破壊する。


「もちろんこれ一つじゃないだろう。今、クラウンに頼んでお前たちの会社を捜索させている」

「やはりか」


 シノがつぶやく。結城もそれはある程度想像していた。


 着信音が鳴る。京極が出ると、その相手はクラウンの幹部だった。


「現在も探していますが、全く見当たりません!」

「そうか」


 京極は少しがっかりしたように電話を切るが、諦念はない。2人の方を向き直して、口を開く。


「クラウンは捜索のプロでもある。もし会社にあれば、すぐに見つけ出すだろう」

京極はシノと結城の回りをうろつく。

「しかし……君たちの様子を見るにおそらくトリニティ・コレクト社内には無いだろう。あえてデータ源を絞っているね」

「へぇ、よくお分かりで」


 結城は軽蔑するように京極を見る。


「君たちの手口はクラウンと似ている。拡大をマイナスだと捉えているだろう」


 シノは顔に出さないが、少し足を震わせた。立っているので貧乏ゆすりはできないが、その変化を京極はにじるように見つけ出す。


「図星、というところかな。今、君たち。いやおそらく結城君の方が残りのUSBを持っているんだろう」

「なるほど? じゃあ僕の身ぐるみでも剥がすつもりですか?」

「いや、それは残念ながらできない。私の力では、若者2人には押し負けてしまうからね」


 結城はクラウンの部下たちが来ることをずっと警戒していた。だが気になるのは、やはり人の気配のない閑散としたオフィスと、異様なまでに整理された室内だった。


「頼りになる部下たちがいるじゃないですか」


 結城は鎌をかける。何かやろうとしているはずだ。京極はニカっと笑って、スマホを取り出す。


「もっと良い方法があるのさ」


 京極がスマホに何かを入力した瞬間、大きな爆音がした。間髪入れずにとんでもない揺れが3人を襲う。


「あんた、まさか……」


 なんとかバランスを取りながら、結城は京極を睨む。


「そう、これでみんな、ジ・エンドさ」


 シノは腕組みをしている。爆発の衝撃で後ろに下がった結城からは、彼の顔は見えない。


「でも、その場合あなたの命も助からない」

「私はね、残り少ない命なんかどうでも良いんだ。私の命など安いものだからね。だが名誉は違う。それはこの世に残る“永遠”だ。私はそのためにどれだけの命を喰ってきたと思う?」


 爆発が更に激しくなる。会社内に元々設置してあったようだ。足場に亀裂が入る。ボコッという不快な音とともに、床が崩れる。


「私と一緒に死んでもらおうか。データとともにね!」


 京極は高らかに笑う。その笑い声に混ざって、結城は笑う。


「……なんだ?」


 気を悪くした京極が尋ねる。結城は笑うのをやめて、口を開く。


「俺たちを殺してもあんたの悪事は必ずバレる。残念だったな」

「死ぬ直前で強がりか? 中々筋が通った男じゃないか」


 感心する京極に、シノがつぶやく。


「君は負けたんだよ、京極。諦めて地獄に行ってくれ。現世に残った君の名誉は、僕たちが火葬しておいてあげるよ」

「往生際の悪い奴らだな、ほざいておけ。私の名誉は不滅だ!!」


 京極が声を張り上げた瞬間、とうとう足場が崩れる。しわがれた声とともに、京極は沈んでいった。


「シノ、今までありがとう。俺が死んでも、必ず京極の名誉は潰す」

「来てくれると思っていたよ、耀。それにしても遅かったね」


 シノは笑いながら言う。


「ヒントが少なすぎるんだよ! なんだアディオスだけって!」

「スペイン料理が好きな君なら、当然わかると思ったんだけどね。山瀬の娘にもわざと海外の料理が出るようにしたし」

「あれもお前の仕業だったのか!」

「まったく期待外れだったよ」


 シノはあきれた調子で話す。この懐かしい会話ができることが、結城には嬉しかった。


「うるせ。それで、俺らも結構ヤバいな」


 結城とシノが立っている床も、崩壊寸前だった。


「計算すると、後1回追加の爆発があれば終わりだろうね」

「それフラグすぎるだろ」


 その直後、新たに爆発音が響き渡る。


 炎が唸り声を上げ、床がまるで生き物のように裂けた。重力が裏返るような感覚とともに、2人は崩れゆく世界へと沈んでいった。



 翌日、それは歴史的事件としてニュースになった。


 朝ごはんを食べていた葵は、それを見て衝撃を受けた。箸が落ちるのと同じぐらいのスピードで葵は泣き崩れる。


 葵だけではない。一緒にご飯を食べていた両親、そしてマイケルも言葉を失っていた。

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