第9話 晴れた疑い、鳴り響く着信音
「元々この会社は、僕とシノの2人で始めたんだ」
葵と桃は声を上げて驚いた。
「それで、どっちが社長になろうかっていう話になったんだけど」
「すぐに耀に譲渡したよ。僕は堅苦しいのは好きじゃないんだ」
シノは研究ができればいいので、すべての権利を結城に預けた。シノは平社員で良いと思っていたが、それでも結城はトリニティ・コレクトをシノにも背負ってほしく、副社長と命名した。
シノはがっかりしたが、平社員ではないため会社にいる時間の制限がない事を知ると喜んで引き受けた。
「そうだったんですね」
「前からやっていた染色体実験の結果が出たぞ。確認含め特に問題は無かった。事業プランに取り込んでくれ」
シノは2人を無視して結城に話を続ける。
「分かった、ありがとう」
結城はシノが送ってくれたデータ資料を確認し、礼を言った。シノはすぐにエレベーターに乗り込み姿を消した。少しばかりパソコンをカタカタしたあと、結城はすぐに2人の元に戻ってきた。
「ごめんね、なるべく今日の分の仕事は減らしたんだけど……それでもまだやることが結構あって」
「全然大丈夫ですよ!」
葵が答える。結城は笑みをこぼす。そこに水を差す様にじゃないが、桃が口をはさむ。
「でもデータ転送も報告もネット上で出来るのに、どうしてシノ君はわざわざ言いに来たんですか? 理由がなきゃ研究所から出なそうなタイプなのに」
「あぁ、それにも理由があってね」
初めて会社を立ち上げたときからずっと、直接の報告を続けているらしい。確かにネット上だけでも完結するのだが、実際に桃の言う通り研究所からシノが出なくなったことがあったそうだ。
その場合、シノの持つアイデアへの外部刺激が減ると危惧した結城が外に出すためにこのルールを決めた。シノもそれには納得したそうだ。
「まぁこれはあくまで論理的な建前でね」
結城は言葉を重ねる。
「せっかく一緒に会社を立ち上げたのに会話が無いなんて寂しいじゃないか」
きちんと感情論のところまで話してくれる結城が嘘を付いているようには、2人には思えなかった。
「(やっぱり嘘なんて付いてないんじゃない?)」
葵が耳打ちすると桃はそっぽを向いて口笛を吹いていた。この野郎、と内心葵は思ったが、なるべく顔には出さないようにした。
その後も色々な業務の説明をしてもらい、3人は会社を出た。結城は誤解が解けるまで丁寧に説明をしてくれた。
「今日は来てくれてありがとう。少しは信じてもらえたかな?」
「はい。こちらこそ疑ってすいませんでした……」
葵は深々と頭を下げる。桃もついでに頭を下げる、軽めに。
「いやいや! 疑う原因を作ってしまったのはこっちだし! こちらこそ申し訳ない!」
暫く経つと、お互い謝り合っているこの状況がおかしくて、3人は笑った。
そのとき、急に大きな着信音が鳴り響いた。どうやら結城と葵の携帯が同時に鳴ったらしい。2人はそれぞれ了承を取り、電話する。
葵「え!?」結城「そうか、分かった」
数分話した後、2人は電話を切った。結城の反応からして、仕事の電話か何かだろう。このとき葵は知る由が無かった。まさか電話の内容が結城と同じだったなんて。
「じゃあ、今日はこれで」
一通り話した後、結城はまた仕事に戻るため締めくくった。
「今日はありがとうございました!」
「今度また時間空けられるように頑張るから、そしたらデート行こうね!」
結城は明るくその場を後にした。ふと、結城の背中に手を伸ばしたくなるような気持ちを、葵は言葉にできずにいた。
帰り道、葵は桃に不満を洩らす。
「ねぇ桃……」
「ごめんって! 今度パフェ奢るから!」
こうして社会科見学は幕を閉じた。
「今ちょうど送り返してきたよ」
結城は社長室に戻り、シノに話しかける。
「いろいろと迷惑をかけて悪かったね」
「いや、怪しまれないために必要ならやる価値があるだろう。これで疑われることも無くなったから行動もしやすくなる」
「ああ、利用価値がある人間は最後まで使いたいからな」
心が軋むのを感じながらも、耀はわざと冷たく言った。
「相手が可哀想になってくるね」
シノはいつも通り資料を片手に、現在の状況を分析しながら投げ捨てるように言った。
「思ってもないこと言うなよ。令嬢から情報を聞き出すのが一番手っ取り早いって、お前が言ったんだろ」
結城は今までもその方法で様々な企業の弱みを手に入れていた。今回も例外ではない。
「僕たちはまだ不利な場面に立っている。なんとか京極コーポレーションの弱みを掴みたいところだね」
「あぁ、特にあの会長のな」
しかし尾行されているこの状況では、自由に動くこともできない。今日の社会科見学だってリスクがあったのだ。
「一応俺の公開している予定でダミーを送り込んである。ただ、念には念を入れた」
「それが良い。耀、油断はするなよ」
シノはいつものように釘を刺す。相手の規模を考えても、不特定多数の目に触れやすいデートは暫く出来ないことを耀も理解していた。
「それを加味すると、やっぱり頼れるのは……」
「本当に頼れるのかアイツ」
シノは半信半疑だった。
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