第27話 四つ目の番人(やっぱり戦闘ですわね!)と本の誘惑
「ぎゃーーーーーーーーーっ! 今度こそ本物の化け物ですわぁぁぁぁぁ!」
私の悲鳴が、荘厳な(しかし非常に迷惑な)地下洞窟に木霊する! 祭壇の上の本に手を伸ばそうとした私の目の前に、洞窟の奥の暗闇から、ゆらり、と姿を現したのは――!
それは、巨大な……巨大な、毛むくじゃらの……そして、目が……目が四つもある、見たこともない獣だった! 赤黒い体毛はゴワゴワと硬そうで、鋭い牙が剥き出しになった口からは、グルルルル……という地鳴りのような唸り声が絶えず漏れている。そして何より、額に二つ、頬に二つ、合計四つの爛々と輝く赤い瞳が、全て、私を捉えていた!
「ひぃぃぃぃ! 目が! 目が四つも! しかも全部、こっちを睨んでおりますわ! こんなの、どんな絵本にも載っておりませんでしたわよ!」
パニックで完全に語彙力を失った私。
「落ち着け。ただの洞窟グマの亜種だ。多少凶暴で、視覚が異常に発達しているが、知能は低い」
カイエン隊長の、まるで昆虫図鑑でも読み上げるかのような、あまりにも冷静すぎる解説が、私の鼓膜を虚しく揺らす!
(クマですって!? しかも亜種!? 図書館で見た『世界の珍獣図鑑』に載っていた、愛らしいパンダさんや、もふもふのグリズリーさんとは、似ても似つかない、悪夢のようなフォルムですわよ、これ!)
レオンハルト様は、既に剣を抜き放ち、私を庇うように祭壇の前に立ちはだかっていた!
「ミレイユ司書、祭壇の陰へお下がりください! このような魔獣、このレオンハルトが……!」
「グォォォォォォォォッッ!!」
レオンハルト様の勇ましい台詞を遮るように、四つ目の番人(もう勝手に命名)が、猛烈な咆哮と共に突進してきた! その巨体から繰り出される爪の一撃は、明らかに岩をも砕くであろう凄まじい破壊力を秘めている!
「ぐおおっ! なんという重さだ……!」
レオンハルト様が、盾(いつの間に装備したのかしら!?)を構えてその一撃を受け止めるが、彼の屈強な体ですら、数歩後ずさるほどの衝撃!
カイエン隊長は、その間に音もなくクマの側面に回り込み、短剣で関節や、四つある目のうちのどれかを狙おうとしている。しかし、番人の体毛は硬質で、動きも意外に素早い。カイエン隊長の的確な攻撃も、なかなか致命傷には至らないようだ。
「チッ……厄介な毛皮だ」
一方の私は、レオンハルト様の指示通り(というか、本能的に)、祭壇の巨大な石の陰に隠れ、ガタガタと震えていた。
(もうダメ……食べられる……! どうせ食べられるなら、せめて、最期は美味しいハチミツと一緒に……って、なんでクマだからってハチミツなのよ、私!? パニックで思考回路までおかしくなってるわ!)
戦闘の衝撃で、祭壇がグラグラと揺れる。そのたびに、祭壇の上に置かれた黒い本が、まるで呼吸でもするかのように、緑色の光を明滅させる。そして、私の左手にはめられた銀の指輪も、それに呼応するかのように、じりじりと熱を帯びてきた!
「あちちち! なんですのこれ!? 指輪が燃えそうですわ!」
あまりの熱さに、私は思わず左手を振った。その瞬間!
ビュッ!
私の指輪から、まるで緑色の鞭のような光が迸り、それが偶然にも、突進してきた四つ目グマの額の目の一つを掠めたのだ!
「グギャン!?」
四つ目グマが、甲高い悲鳴を上げて怯む! 額の目が、一瞬だけ苦痛に歪んだように見えた!
(え……? い、今の……わたくしが……?)
「ミレイユ司書!?」
レオンハルト様も、何が起こったのか分からず、驚きの声を上げる。
カイエン隊長だけが、その一瞬を見逃さなかった。
「……やはり、その指輪か。おい、女。もう一度だ。今度は狙え。奴の目を」
「む、無理ですわよ! たまたまです! まぐれです! わたくし、そんな器用なこと……!」
「いいからやれ。やらねば、ここで全員食われるぞ」
カイエン隊長の、有無を言わせぬ低い声。そして、再び私に向かって突進してくる四つ目グマ!
「いやぁぁぁぁぁ! このクマさん! さっさと! おとなしくなってくださいましぃぃぃぃ!」
私は、もはやヤケクソで、目をギュッと瞑り、指輪をはめた左手を、四つ目グマに向かって突き出した! そして、心の中で、ありったけの(迷惑そうな)念を込めて叫ぶ!
するとどうだろう! 指輪は、私の意志に応えるかのように、再び緑色の閃光を放ち、今度は正確に、四つ目グマの残りの三つの目を貫いた!
「グォォォォォォ……ギャアアアアアアア!!」
四つの目を潰された番人は、狂ったように暴れまわり、やがて、力なくその場に倒れ伏した。巨体が横たわると、洞窟全体が揺れたように感じた。
「はぁ……はぁ……た、倒した……のかしら……?」
レオンハルト様が、信じられないといった表情で、倒れたクマと私を交互に見ている。
カイエン隊長は、倒れたクマに近づき、その首筋に短剣を突き立ててとどめを刺すと、私を一瞥した。
「……一時的に動きを封じただけだ。すぐに目を覚ますだろう。だが、今はこれで十分だ」
そして、彼は祭壇の上の、緑色の光を放ち続ける黒い本を指さした。
「……ならば、さっさとこの本を手に入れ、ここから出るぞ。お前のその力、いつまでもつか分からんからな」
私は、まだ自分の指先がジンジンと痺れているのを感じながら、腰を抜かしたまま、その言葉を聞いていた。
(もう……もう本当に、本当に無理ですわ……。こんな生活、悪役令嬢だった頃の方が、まだ百万倍マシでしたわ……)
しかし、目の前には、怪しく光る未知の本。本好きの血が、僅かに、ほんの僅かにだが、騒ぎ始めているのも事実だった。
「やっと……やっと、本に……触れることが……できるのかしら……?」
私は、恐る恐る、しかしどこか引かれるように、その光る本へと、再び手を伸ばした。
彼女が本に触れた瞬間、本は一層強く、そして優しい緑色の光を放ち、ミレイユの意識は、まるで温かい毛布に包まれるかのように、真っ白な光の中に溶けていく……!
次に目覚めた時、彼女を待つものとは、一体何なのか!?
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