第10話 解読(という名の精神攻撃)と不穏なキーワード

逃げ場のない埃っぽい秘密の小部屋。目の前には不気味に緑色に光る古代文字の巻物。隣には無表情スパルタ教官(カイエン隊長)。

……もう、どうにでもなれ!


腹を括った(というか、完全にヤケクソになった)私は、椅子に座り直し、ぎゅっと目を瞑った。まずは深呼吸……って、吸い込む空気が埃っぽいんですけど! 前途多難!


(集中、集中よミレイユ! さっき感じた、あの変な感覚を思い出すのよ! 映像とか、音とか……あーもう、思い出したくもないけど!)


ぶつぶつと内心で毒づきながら、必死に意識を巻物へと向ける。隣のカイエン隊長のプレッシャーがビシビシと背中に刺さる。やめて、そんな鷹みたいな目で見ないで! プレッシャーで何も思い出せなくなるでしょ!


しばらくの間、目を閉じて精神統一(という名の現実逃避)を試みていると……来た!

再び、あの奇妙な感覚が、私の脳裏にじわじわと広がってくる。今度は、さっきよりも少しだけ長く、そして鮮明に。


見える……気がする。薄暗い、石造りの……どこか祭壇のような場所? 周りには、フードを目深にかぶった人影がいくつも……。そして、聞こえる。あの独特の、古めかしい響きを持つ言葉が、まるで詠唱のように……。


(うわぁ……やっぱりなんかヤバい感じなんですけど、これ……)


恐る恐る目を開け、目の前の巻物に視線を落とす。光る古代文字の羅列。脳内の響きと、目の前の文字。その繋がりを、必死に手繰り寄せようと試みる。


「…………」


集中、集中……。この文字……この、蛇がのたくったような形の文字は……さっき聞こえた響きの中で、何度も繰り返されていたような……? これは……なんていうか……『誓い』? いや、もっと重い……『契約』……?


「……けいやく……?」


思わず、戸惑いながらも声に出して呟いてみる。すると、隣から低い声がかかった。


「続けろ。他に何が見える? 何が聞こえる?」


ひっ! ビクッとしたわ! 心臓に悪い!

まるで尋問のようなカイエン隊長の促しに、私はビクビクしながらも、さらに巻物に意識を集中させる。この感覚、慣れないけれど、少しだけコツが掴めてきた……かもしれない?


「これは……『血』……? こっちは……なんかギザギザしてる……『古き』……? 隣のは……『力』……? あ、この丸っこいやつ……『王冠』……じゃないわね、もっと原始的な……『印』……?」


まるで幼児が絵本を読むように、たどたどしく、感覚的に掴み取った単語を口にしていく。どれもこれも、断片的で意味が繋がらないけれど、一つだけ確かなことがある。


(……ろくな意味じゃなさそうね、これ……)


『契約』『血』『古き力』『印』……。組み合わせると、どう考えてもファンタジー世界のヤバい儀式か何かのキーワードにしかならないじゃない! 私が読みたいのは『王国植物図鑑』なのに、なんでこんな物騒な単語を解読(?)しなきゃいけないのよ!


しかし、この特殊な「読書」は、思った以上に精神力をゴリゴリと削っていくらしい。集中すればするほど、頭の奥がズキズキと痛み始め、視界が僅かにぐらつくような感覚に襲われる。額には、じっとりと汗が滲んでいた。


「うっ……あたまが……」

思わず呻き声を漏らすと、カイエン隊長が、初めて少しだけ心配そうな(あくまで当社比)視線を私に向けた。

「……限界か? 無理はするな。この力は、まだお前自身も制御できていないのだろう」

「そ、そうなんです! だからもう今日は……」

「だが、時間はあまりないぞ」


私の「休憩したいアピール」は、カイエン隊長の次の言葉で、あっさりとかき消された。彼は、部屋の隅に置かれた、ランプのような形をした通信用魔道具(?)に、ちらりと視線を送る。そのランプは、一定の間隔で、赤く、弱々しく点滅していた。


「……王宮か、あるいは騎士団か。我々の動きを探っている連中がいる。この巻物の存在が公になる前に、内容を把握する必要がある」

そして、再び私に視線を戻すと、有無を言わさぬ口調で告げた。

「続けろ、ミレイユ。お前の平穏は、この巻物の解読にかかっているかもしれんぞ」


(そ、そんな脅し文句みたいな……! でも、ここで投げ出したら、もっと面倒なことになる気も……ううう……)


もはや、進むも地獄、退くも地獄。選択肢など、最初からなかったのかもしれない。


私は、ズキズキと痛む頭を押さえながら、再び、目の前の光る文字と向き合った。少しずつ、だが確実に、この忌まわしき巻物の内容が、その恐ろしい秘密の断片を、私を通じて露わにし始めている。


「もうヤダ……帰りたい……お風呂入ってふかふかベッドで本読みたい……」


私の心の叫びは、もはや悲鳴に近い。この先に待つのが、悪役令嬢の断罪エンドよりマシな未来であることを、ただただ祈るばかりなのだった……。

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