俺、この戦いが終わったら、結婚するんだ

たなかし

どうやら、船の中のモブキャラに転生しました

 船内には、何人もの傭兵の姿がある。そして、その奥にいるのは勇者様御一行。


 ――なんでそんなことが言えるのか?


 だってそれは、俺が今まさにやっていた、ゲームそのものだったから。


 傭兵のいで立ちから、配置。勇者PTの見た目もそのまま。

 そして俺が座っている場所から察すると――。


 手にしたワイングラスに映るのは、かなりのイケメンの顔だった。


 なんてもったいない。こんなにイケメンなのに……モブなんだよな。

 しかも、ここで死ぬ……。


 これはストーリー終盤。魔王の拠点がある島に向かう帆船の中。船内にいるのは、俺を含めた王国から派遣された傭兵たち。それと、主人公の勇者PTだ。


 ここで勇者が俺に話しかける。そして俺は言ってしまう。

 「俺、この戦いが終わったら、結婚するんだ」と。

 その瞬間、魔王からの奇襲攻撃の波動が俺に直撃する……。


 そのまま船上で、魔王との最終決戦が唐突に始まるのだ。


 さらに、エンディングでは、俺の婚約者と勇者が結ばれる――。


 なんでそこまで知ってるのか? 今俺がやってたのはリメイク版だけど、オリジナルはクリア済みだからな。


 ――普通、転生って言ったら、勇者じゃね? じゃなくても、せめて魔王とか。……なんで、モブなんだよ。しかも、死亡フラグ立てる役とか……。


 ――ん?


 突然、脳内に走馬灯のように、婚約者との思い出が次々と浮かぶ。

 すげぇ美人で、俺と幼馴染。器量もよくて、愛情深い。


 ――愛おしい。


 こんな、ゲームでも出なかった設定を知ると、たまらなく彼女に情が移る。


「すみません」


 その声に前を向くと、勇者が俺に話しかけてきたではないか。


「俺、この戦いが終わったら――」


 俺の口は勝手にしゃべり始める。そのとき船の外には、俺に向かって来る、巨大な閃光が見えた。


 俺は慌てて、両手で口を塞ぐ。


 あぶねぇ……なにこれ。自分の意志に関係なく、口が勝手に――これじゃ、俺はフラグボットじゃねぇか。

 さっき見えた閃光……魔王の波動? なんで船の外が見えんの? もしかして、透視や予知のスキル持ち? ――モブなのに……。


 よくある、転生ボーナススキルなのだろうか。と、自分を納得させる。


 とにかく、俺は運命に抗うことができた。ならば、このまま彼女と――。


「あの、すみません」


 勇者は今度、向かいの席に座る傭兵モブに話しかける。


「俺、この戦いが終わったら――」


 そのモブが言い出した瞬間、例の閃光が俺に向かってくるのが見える。


「ばかちんが!」


 急いで、そのモブを殴り飛ばす。


 ――なんだよ。誰が言っても、結局俺が死ぬ運命なわけか? ……エンディングで、俺の婚約者を勇者が寝取るから――俺が生きてると困るってか……?


 こんなストーリー描いたライター、まじで死ねよ。


 自分が当事者となると、一気にストーリーがクソに思えた。


「俺、この――」

「黙れよ!」

「俺――」

「クソ野郎が!」


 勇者に話しかけられるモブを、次々と殴りまくる。

 そして、船内に立つのは、俺と勇者だけになった。


「俺、この戦いが終わったら――」

「てめぇにそんな相手は、いねぇだろが! フラグ立てんじゃねぇ!!!」


 自らの口で死亡フラグを言い出した勇者を、俺は豪快に殴りつける。


 お前のせいで、俺は死ぬとこなんだぞ!


「フラグ? なんだが知らないが、人が気にしてることを、よくも言ったな!」


 そこはさすが勇者。立ち上がって、殴り返してくる。


 ――相手がいないことを気にしているようだが、知ったことか。この、寝取り男め。


 それから、俺と勇者の殴り合いが始まった。




 ――どのくらい続いただろう。俺たちは精魂尽き、ともに仰向けに倒れこむ。


「あんた……強いじゃないか」

「まぁ……必死だったからな」


 勇者の言葉に、俺は返した。


「傭兵なんてもったいない。どうだ? 俺たちのパーティに入らないか?」

「そりゃ、最高の誉め言葉だな。だが、俺には待ってる人がいるんだ」


 俺たちの心は打ち解けていた。男の友情がそこに芽生えていた。


「――そうか。残念だ。あんたを待ってる人って興味あるな。誰なんだ?」

「――幼馴染で、美人で、器量がよくて――」

「おいおい、これから魔王と戦うってときに、惚気かよ。だが、あんたに愛されるなんて、幸せな彼女だな」


 勇者は俺の顔を見ながら、笑った。


 すげーいいやつじゃん、こいつ。確かに、俺はここで死んで、こいつが俺の婚約者を寝取る……でもさ、これはリメイク版だぞ。もしかしたら、勇者と親友になる未来だってあるんじゃないか?


 本当に、パーティに入って、一緒に冒険したいと思うほど、俺の心は揺れた。


 こいつに、隠し事はしたくない。


「――俺、この戦いが終わったら、結婚するんだ」


 俺は目を開けていられないほどの、眩い閃光に包まれた。


 やっちまった。最後の最後で。けど――なんて、清々しいんだ。


 意識がなくなる寸前、俺は願った。


 ――勇者、がんばれよ。

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俺、この戦いが終わったら、結婚するんだ たなかし @tanakashi

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