私を宴へ連れてって

私は参っていた――。


実雅様から、2~3日に一度は文が届くのだ。


(この人暇なのかな)


一度直筆で返事をしたもんだから、なんだか代筆に戻しづらい。

しかも母のスパイがいるからスルーもできない。


しぶしぶ、「そうですか」「すごいです」「またこんど」とか簡潔に、5文字くらいにまとめて返事をする。


なのに、


「手に入れた笛が……」

「内裏の笛の名手が……」

「伝説の笛の噂が……」


とか、私のツボをいい感じについてくる。


(なんでバレてんだろ……こわ)


やる気をへし折ってやろうとしているのにどうなってんだ。



気晴らしに弟、尚継なおつぐのところに遊びに行くと、夢のパーティー開催情報を手に入れた。


「管弦の宴――?」


途端に私の頭の中には笛や太鼓が鳴り響く。


「うん、二条の大納言様のお邸でね」


弟は鳥の世話をしながら返事をした。

黒目がちな目が私とそっくりだとよく言われる。


弟は人懐っこそうで人の良さそうな、成分の9割が優しさでできてるような子だ。

中身を知らなければわりと見れる顔だけど、頼りなさそうなのが滲み出てる。


そんな頼りない弟から一流住宅街に一流官位が出てきたからびっくりした。


「尚、いつの間にそんな権力者と……⁈」

うぐいす仲間なんだ。小鳥合わせで知り合ったんだよ」


("鶯仲間"。初めて聞く仲間……)


弟は熱烈な鳥マニアで、平安の鳥好きコミュニティに属している。


「小鳥合わせって、あの鶯鳴かせ合うやつ?」

「うん、まぁ」


私の言い方が気に入らないらしく、不服そうな顔をする。

なんかもっと素敵なものなんだろう。知らんけど。


「大納言様のお邸って庭がすごくってね。花の見ごろにいつも管弦の宴してるんだよ」


小さな木の実を鳥にやりながら言う。


「次は紫陽花。特別な種類の紫陽花なんだって。篝火焚くって言ってた」


(ほほう、紫陽花ライトアップコンサートか……)


”特別な種類の紫陽花”って西洋紫陽花のことかな?

確かにこっちに生まれてから見たことない。


ふぅん……。


「尚くん」


うっとりと鳥を見つめていた弟が、私の猫なで声にはっと身構えた。


「じゃ、僕、ちょっと用があるから」

「お願いがあるの」

「うん、父上に頼んでみて」

「まぁまぁ、ちょっと聞くだけでも」


しぶる弟を引き留めて頼み込む。


「連れて行ってくれない?」

「……どこへ?」


弟が眉を下げて不安げに聞く。


「その紫陽花の宴へ」

「姉さん――何言ってるかわかってる?連れてくわけないでしょ」

「なんで?」

「なんでって……」


信じられないという顔で私を見る。


(ま、そりゃそうだよね)


平安貴族の姫なんて、じ-っと家にいるのが常識だもんね。

気軽に出かけたりしないし、ましてや呼ばれてもない他所よそんちの宴に潜り込むなんて。


でもここで諦めたらせっかくのチャンスが――。

どうにかして弟を落とさねば。


(あれの出番か……?)


私には、こんな時のために用意しておいた秘蔵の品がある。

女房にこそこそ耳打ちして取ってこさせた。


「尚、これ」


小さな袋から、手のひらサイズの小さな笛を取り出す。

白木を磨き上げたような滑らかな肌に、小さな吹き口と穴が並んでいる。笛というよりも細工物みたい。


唇にあてがい、鶯のさえずりを再現してみせた。


鳥籠の鳥がバタバタと反応する。

弟は真っ黒い目を見開き、腰を浮かせた。


「ちょ……姉さん、今のもっかい――」


次はほととぎすの鳴き声を真似て吹いてみせる。


「え、そんな……」



おちたな。



「尚が喜ぶかなって思ってね。叔父さんに作ってもらったの」


弟の目は笛に釘付けだ。

私はふふんと笑って見せた。


「吹き方を書いた指南書付きだよ! これあげる。鶯とほととぎす、鳴かせ放題・聞き放題。どう? 」


(絶対音感なめんな)


器用な叔父に、私は時々笛の制作を依頼しているのだ。

牛の鳴きまね笛はノリノリで作ってくれたんだけど、これはかなりしぶられた。

高音を出す鳥の囀り仕様は極小サイズで、すっごく難しいんだって。





弟から思い通りの勝利をもぎ取り、私の頭は早くも宴用の衣装にアリバイ工作にとフル回転だ。


「じゃ、詳しいことはまた相談しよう」


小さな笛を宝物のように両手に持ち、鳥の囀りを再現しようとする弟に言って立ち上がった瞬間――。


「待って、姉さん」


ぐいっと袖を引かれてつんのめる。


「難し過ぎてぜんぜん音が出ない……。どうやるか教えて」




めんど。





初めての宴に夜も眠れないほどワクワクしてた私は、まさか紫陽花の夜、あの人に会うことになるなんて、夢にも思ってなかったんだ――。




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