第8話 傷と夢
木々のざわめきと共に、微かな水音が聞こえた。
どこか静かな場所だった。湿った草の匂いと、ぬるい空気が肌を撫でる。
「う……ん……」
アイリスがゆっくりと瞼を開けると、木漏れ日が差し込む森の中。
ごつごつとした岩陰に、誰かがうずくまっていた。
「ルーク!」
アイリスは痛む体を引きずるようにして、白銀の竜の元へ駆け寄った。
ルークの翼は焦げ、鱗は部分的にひび割れていた。傷の痛々しさに、息が詰まる。
「……ごめん、ごめんね……私のせいで、こんな……!」
思わず抱きついたアイリスの頬に、ぬくもりが返ってくる。
竜の体温はまだ確かにそこにあった。弱々しくも、彼の心音は聞こえる。
「ルーク……聞こえる? お願い……返事をして……」
だが、返ってくるのは静かな吐息だけだった。
目を閉じたまま、ルークは夢の中にいるようだった。
――そのとき。
「……あね……」
小さな声が、アイリスの耳元で響いた。
錯覚ではなかった。確かに、今、彼は「姉」と呼んだ。
「……ルーク? 今……今の……!」
その瞬間、アイリスの目からぶわっと涙があふれた。
声が震えて止まらない。止められなかった。
「やっぱり……やっぱり、あなた……ルークなんだよね……?」
彼の表情は変わらなかったが、まぶたの奥でわずかに目尻が緩んだように見えた。
人だったころの、弟の優しい目元――確かに、そこにあった。
彼女はそっと額を寄せると、静かに言った。
「大丈夫。私が、守るから。今度は、私があなたを――」
風が吹いた。枝の間を揺らすその風の中に、微かに魔力の気配が混じっていた。
気配の出所は、すぐ近くにあった。
「……これは……」
アイリスが顔を上げると、森の奥、木々の間に光が差し込む泉が見えた。
水面は青く輝き、まるで呼びかけるように、彼女を誘っていた。
精霊の泉――古い伝承に語られた、願いと引き換えに力を与えるという場所。
彼女は知っている。そこに辿り着ければ、ルークを救えるかもしれない。
「……待ってて、すぐ……すぐ、助けるから」
アイリスは立ち上がり、竜の体に手を添えた。
森の奥へと続く光の道が、彼女を導くように揺れている。
そして、ルークの閉じた瞼の奥で、またひとつ夢が揺れた。
――暖かい布団。
――姉の歌声。
――小さな手が、自分の髪を撫でてくれる記憶。
そうだ。ぼくは、ルーク。
お姉ちゃんと、一緒にいた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます