第3話 竜の鼓動
森の中を歩くというのは、想像以上に体力を使う。
それでもアイリスは、文句ひとつ言わずに歩いていた。白銀の竜――ルークが、ゆっくりと進むその後ろを、懸命についていく。
歩きながら、彼女はずっと話しかけていた。
子どもの頃のこと。家族のこと。失ってしまった日々のこと。
もちろんルークは何も言わない。ただ、時折ふり返って彼女の様子を確かめるように見つめてくる。
「そういえばね、ルーク……あなた、昔から風が好きだったよね。風車が好きで、よく拾っては『アイリスねえちゃんにあげる』って……」
くすりと笑うアイリスの声に、ルークはふわりと翼を広げ、森の上空をひとまわり飛んだ。
その姿は重たさを感じさせず、まるで風そのものだった。
「うん、やっぱり……あなたは、ルークだよ」
確信ではない。ただ、そう信じたいだけかもしれない。
でも、心の奥に差し込んでいた闇が、少しずつ薄れていくのをアイリスは感じていた。
やがて、ふたりは小さな泉のそばに辿り着いた。
木々の間から差し込む陽光が水面に反射し、きらきらと輝いている。ルークが泉の縁に身を横たえると、アイリスもそのそばに腰を下ろした。
「ねえ、あなたは……どうしてここにいるの?」
問いかけに答えはない。
だけどルークは、静かにアイリスの方へ顔を向け、彼女の肩に鼻先をちょんと押しつけた。
「わっ……くすぐったいよ」
でも、なんだか嬉しかった。
まるで――“わからないけど、ここにいる”と伝えてくれているようだった。
風が、ふたりの間をやさしく通り抜けた。
「ありがとう、ルーク。あなたと一緒にいられて、嬉しい」
その夜。
星明かりの下で、アイリスはルークの傍に寄り添って眠った。
白銀の竜は、まるでその小さな背を守るように翼をゆるやかに広げ、夜の森に、ひとつの静かな家族の形が生まれていた。
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