第2話 面影の鱗
朝靄の漂う森の中で、アイリスは目を覚ました。
あたりは静かで、昨日見た白銀の竜が、すぐそばに静かに横たわっていた。
「……おはよう、竜さん」
おそるおそる声をかけると、竜のまぶたがゆっくりと開いた。金色の瞳が彼女を見つめ返し、どこか安堵するように息を吐いた。
まるで、彼女が目覚めるのを待っていたかのように。
「ねえ、聞こえてる? 私の声」
もちろん、返事はない。それでも、アイリスは言葉を続けた。
「昨日、あなたの目を見て思ったの。……弟に、似てるなって」
竜は顔を動かさず、じっと彼女の言葉を受け止めるように見つめていた。
「ルークっていうの。私の弟。まだ小さくて、よく私の後をくっついてきて……それで、時々すごく真剣な顔で、私のこと守るって言うの。自分の方が小さいくせに、ね」
思い出すたび、胸が締めつけられる。でも、今は不思議と涙は出なかった。
「……あの子は、もういない。でも、あなたが……もしかしたら、って」
アイリスは立ち上がると、竜の前に進み出た。
「あなたが誰なのか、なんでここにいるのか、私にはわからない。でも――」
そう言って、彼女はそっと手を伸ばし、竜の鱗に触れた。
冷たいはずのその鱗は、なぜか温かくて、心臓の鼓動が重なって聞こえるようだった。
「私、あなたと一緒に行く。何があっても、もう離れないって決めたの」
竜はまぶたを細める。まるで、その言葉に応えるかのように。
「……うん。ルークって、呼んでもいい?」
返事はない。けれど、風がやわらかく吹き、葉の擦れる音がまるで微笑のように耳をくすぐった。
そして次の瞬間、竜の巨体がゆっくりと動き出した。枝を折らぬよう注意深く、アイリスの方へ首を伸ばし、彼女の足元に鼻先を寄せる。
まるで、「ついてこい」とでも言うように。
「うん……行こう、ルーク」
少女と竜の旅が、こうして静かに始まった。
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