第6話 時を隔てたデート

 メールを読み終えて考える。未来からのメール。

 

 パラレルワールドよりは現実味があるだろうか?いや、どっちもどっちだろう。


 純一はスマホの画面に表示されるメールの送信日時を確認する。しかし、めぐみから送られてきているメールだけは、日付の部分だけが文字化けして判別できない。

 文章本文と時間の表示には何も問題がないのに、日付部分だけが謎の記号で埋め尽くされていた。

 この不思議な現象からも、彼女の話に信ぴょう性が増してくる。

 

 彼女の世界が本当に未来ならば、めぐみと自分はこれから出会う運命にある、ということだろうか。そして、ぼくは広告代理店に就職する。信じられないが、本当ならばこんなおめでたいことはない。就職と彼女を近く、両方手に入れることができるのだ。

 

 本当にそんな未来が訪れるのか、純一は信じられなかった。これがいたずらではなく現実なのだと確認したくなる。

 パラレルワールドを証明するのは難しいが、二人が時間だけがずれた、同じ世界線上にいるのなら、それを確認することはできるはずだ。


 ーーーーーーーー

 :確認しよう


 どちらにしろ、すぐに信じるのは難しいね。何かこれから起こることを予言して見せてよ。君が本当に未来を知っているのなら、その話を信じるよ。

 ーーーーーーーー




 

 そうは書いては見たものの、すでに純一はめぐみのことを疑ってはいなかった。まだ出会ってもいない、数回、文字をやり取りしただけで心が通じ合っているように感じるのはただの錯覚だろうか。

 彼女からの返信に携帯が鳴る。


 ーーーーーーーーー

 :予言!!


 私たちが出会う三日前、だから八月五日かな、仙台のK銀行に強盗が入るわ!

 私も用があって、ちょうど銀行に入ったとこで、銀行強盗が飛び出してきたの。

 あれはびっくりしたわ!しかも銀行員が二人と、駆けつけた警官一人が殺されたのよ。純一も気をつけてね。

 ーーーーーーーーー




 

 めぐみからのメールを読んで、がっかりする。いや、確かにすごい情報なのだが、八月なんてまだ二ヶ月も先のことだ。確認するためにそんなのんびりまってもいられない。純一は返信に、もっと最近のことで覚えていることはないかとたずねた。


 ーーーーーーーーーー

 :予言?


 うーん、昨日の夜ごはんに何を食べたのかすらろくに覚えていないのに、三ヶ月前なんて良くわかんないよ。

 でもね、今すぐ簡単に確認するいい方法を思いついたよ。

 それはね、純一が今から、どこか三ヶ月間残っていそうな場所にメッセージを残すの。

 それを私が読むことができたら、ひとまず純一さんよりも先の時間を生きているとわかるでしょ、どうかしら?やってみない?

 ーーーーーーーーーー




 

 確かに、三ヶ月前の出来事なんて、新聞でもひっくり返さない限り確認できないだろう。自分でも三ヶ月前の事件なんて思い浮かばない。

 純一はめぐみの提案した方法を試してみることにした。


 『準備ができたらまた連絡する』


 と、実験してみることだけをつたえ、喫茶店を出た。

 

 近くのコンビニで油性マジックを買い、ふたたび駅に向う。

 メッセージを残すにも、どこに残すかが問題だ。下手なところに書いても、三ヶ月立つ前に消されてしまっては意味がない。かといって、あまりにわかりにくいところでは、彼女が見つけることができなくなってしまう。メールで伝えて、すぐにわかる場所にする必要がある。

 

 純一は駅ビルからつながるぺデストリアンデッキに、この近辺の案内板があることを思い出した。あれならば、取り壊される心配もないし、裏側の隅ならば誰かに消される心配もないだろう。


 案内板の裏は生け込みになっていて、紫陽花の花が美しく咲いていた。

 純一は生け込みを縁取るレンガに腰掛け、周りを確認すると、誰も見ていない瞬間を狙って案内板の裏に三ヵ月後の彼女へ、メッセージを書いた。誰かに注意されるのではないかと緊張したが、行きかう人々は、いちいち他人の事まで気にしてはいないようだった。

 

 メッセージを残すと、その場でめぐみにメールを送る。

 

 ここに座っている限り、他人が純一に気づかれずにこのメッセージを読むことはできない。もし読めるとすれば、それは純一が立ち去ったあとにここを訪れる未来の人間だけだ。

 メールにメッセージを書き終えたことと、詳しい場所を書いて送信する。しばらくその場で待っていると、めぐみからの返信が入った。


 ーーーーーーーーーー

 :メッセージ発見!


 メッセージ見つけたよっ。答えは「デートしませんか」でしょ?これって今からって事だよね?時を越えたデートね、面白そうっ。もちろんオッケーよ。

 ーーーーーーーーーー



 

 この答えに、純一は一人飛び上がらんばかりに喜んだ。そして、二人の不思議な付き合いが始まった。


 二人は三ヶ月という時を隔てて仙台の街を歩いた。

 日ごろ見慣れていて変化を感じない街も、三ヶ月の間にはがらりと雰囲気が変わるようだ。

 

 今は涼しげな色で飾られたウィンドウも、めぐみの歩く三ヵ月後には赤や黄色に彩られ、早くも秋の訪れを予告しているようだ。

 二人は会話を交わすように、たくさんのメールを交換した。たまにはいってくるダイレクトメールに邪魔されないように、めぐみのメールだけは専用のフォルダに自動で振り分けられるように設定も変更した。

 

 二人で同じファーストフードに入り、同じものを注文したり、CDショップでは流行の曲を視聴した。めぐみのいる店ではすでにトップ10が入れ替わり、最近にしては珍しいラブバラードが一位になっているらしい。メールで説明してくれても、曲はさっぱりわからず純一は少し残念な思いもしたが、それもまた楽しかった。

 

 会話の中で写真を送ろうともしたが、なぜかデータにエラーが起きて受け取ることはできなかった。

 同じように、チャットアプリやSNSも試してみたのだが、当たり前ではあるが、そのどれもが時を超えての通信を行うことはできなかった。

 

 二人の間でやり取りできるのは、唯一メール返信で送る文字だけのようだった。

 もっとも、めぐみにとっては少し前の彼氏の顔などたいして興味もなかったし、純一にしても、まだそのときではないのだろうと考え、二人の付き合いの間にはたいして問題にはならなかった。


 今は言葉を文字に乗せて交わせる。それだけでいい。二ヵ月後、二人が出会うとき。そのときの楽しみとして取っておこう。純一はそう考えた。



 

 それからというもの、二人は時間ができるとメールをやり取りするようになった。

 めぐみも、本当の彼氏が忙しくデートできないときは、三ヶ月前の、まだ出会ってもいない彼氏を誘ってデートに出かけた。






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   読者皆様

ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。

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