第5話 三か月後の彼女


 仙台駅構内にあるステンドグラスは、仙台の有名な祭『七夕まつり』がデザインされた高さ七メートルを超える大型のステンドグラスだ。駅のどこからでも目立つため、待ち合わせの目印としてよく利用される。

 

 バスの運転手の頑張りもむなしく、純一がその場所に到着したとき、約束の時間はとうにすぎていた。


 土曜日ということもあり、ステンドグラスの周りには、大勢の先客であふれかえっている。顔も知らないのだから、純一にはこのなかに『めぐみ』がいるかどうかなど、わかるはずもない。もっともこの人の量では、知り合いであろうと一発で見つけられる可能性は低いだろう。誰もがスマホを片手に待ち合わせの相手を探していた。


 純一も手に持ったスマホの画面を確認するが、今のところ彼女からの連絡はないようだ。


 自分はやはりだまされているのだろうか、めぐみを名乗る何者かは、その気になって浮かれているぼくを見て、どこかで笑っているのかもしれない。

 

 純一はステンドグラスを中心に駅の中をうろうろと歩き回ってみたが、こちらから彼女を見つけることはできないのだと気づき、他の待ち人たちと同じようにステンドグラス前に立ってメールを確認しようとスマホを取り出した。

 

 画面を見るとポップアップにメール着信の表示がある。どうやら周りの騒音にかき消されて、着信音を聞き逃していたようだ。

 何通かは関係のないダイレクトメールだったが、その中にめぐみからのメールもあった。着信はほんの数分前。

 すぐに気づいてよかった。純一はすぐにメールの内容を確認した。


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 :到着


 ゴメンネ、ちょっと遅れちゃった。今、ステンドグラス前についたよ。

 なんだかドキドキするね。

 純一ももう到着しているよね。

 私は純一の顔がわかるから探せるけど、純一は私を探せないよね。フリーターの純一さんが見つけやすいようにちょっと目立つ服装にしてみたよ。

 私の今日のコーディネートは水色のワンピに赤のパンプス、つばの大きな白い帽子でーす。到着していたらお返事くださいっ。

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 メールを読み終えると、あたりを見回し、水色のワンピースを探す。見たところそれらしい女性の姿は見当たらない。だまされているのか、はたまた、本当に別の世界同士で待ち合わせをしているのか、それはまだ判断できない。ひとまずこちらも返事を書こう。



 

 ーーーーーーーーー

 :Re:到着


 こちらも到着しています。人が多くて、こちらからめぐみさんを確認することはできません。ちなみに今日の服装は、ジーパンに無地の黒いTシャツです。

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 メールを打ちながら、もっと目立つ服にすればよかったと反省した。軽く見回すだけで同じような服装はごまんといる。


 さらに、駅構内では沖縄の特産市が開催されていて、混雑にいっそう拍車をかけている。

 こう人が多くては見つかるものも見つからない。本当に違う世界にいるのか確認するためにはもっと人の少ないところに移動する必要がある。

 次の返信で場所の移動を提案しよう。

 そう思っていると、携帯電話は再びメールの着信を知らせた。


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 :見つからないよ(泣)


 人が多くて見つけられないよ。この北海道特産市がいけない気がするぅ。

 ちょっと場所変えようか?

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 どうやら彼女のほうも人ごみに邪魔されているようだ。

 純一も場所の移動に賛成のメールを打とうとして、ふと、彼女のメール内容に違和感を覚えた。再度メールを開き、問題の部分を確認する。

 

 間違いない。彼女のメールには『北海道特産市』と書かれている。

 

 視線を上げ、にぎわう駅構内を確認する。そこには南国の花で飾り付けられた『沖縄特産市』の看板が大きく掲げられていた。

 めぐみの世界では今『北海道特産市』が開催されている。これが嘘でないのならば、本当に純一とめぐみの世界は異なるということになる。真偽を確かめるため、めぐみに駅の詳細な状態を尋ねることにした。


 ーーーーーーーーーー

 :物産展について


 そっちは北海道物産展なんだね、ぼくの世界では沖縄物産展をやっているよ。

 やはり君とぼくは違う世界にいるのかもしれないね。

 もう少し比べてみたいから、詳しい状況を教えてくれないか。

 ーーーーーーーーーー



 


 純一はにわかに興奮してきた。


 ニュートンが、リンゴが落ちるのを見て重力を発見したときや、アルキメデスが風呂場で浮力を発見した時もきっとこんな気持ちだったに違いない。

 純一はドキドキしながらメールの返信を待った。程なく着信音が響くと、純一はそれが鳴り止む前に画面を開いた。

 

 しかしそこに書かれていたのは、期待した内容ではなく、そっけない一文だけだった。


 ーーーーーーーーー

 :Re:物産展について


 今日は何年の何月何日?

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 彼女の考えはわからなかったが、ひとまず素直にその質問に答えた。

「えっと、今日は二〇××年六月七日だな」

 腕時計のデジタル表示で日付を確認してメールを返信する。その後、彼女からの返信はぱったりと止まってしまった。


 彼女が別世界の住人では、ここで会うことはかなわない。それならば、いつまでもこんな人ごみの中にとどまる理由もない。 

 

 もともと人ごみが得意ではない純一は、駅を出ると向かいのビルに入っている喫茶店に入った。ここからは、純一の働く駅前のレンタルビデオショップも見える。いつもは夕方から仕事があるのだが、今日は念のために休みを取ったので、のんびり過ごすことができる。

 

 もっともこのままではその休みも無駄になりそうだ。

 注文したコーヒーが席に運ばれてくるころになって、やっとめぐみから返信のメールが届いた。


 ーーーーーーーーーー

 :カンチガイ!


 返信遅れてゴメンネ。今ちょっと確認してきたんだ。

 なにを確認したかって?それは後のお楽しみっ。

 まずは勘違いがなにかって言うと、私たちのすむ世界がパラレルワールドじゃないかって言ったこと。でもそれは間違いだったみたい……

 ーーーーーーーーーーー




 

 片手にカップを持ちながらメールを読んでいた純一は、あぶなくコーヒーをひっくり返しそうになる。

「間違いだった、だって、いったいどういうことだ」

 彼女にはこの現象の理由がわかったというのだろうか。カップをテーブルに置くと、今度はメールに集中する。


 

 ーーーーーーーーーーー

 ……純一のところでは沖縄物産展をやってるんでしょ?

 私、以前に駅で沖縄物産展をやっていたのに見覚えがあったの。だから駅員さんにイベントの開催期間を確認してみたんだ。そしたらやっぱり大体三ヶ月くらい前には沖縄物産展が開催されていたんだって。

 純一さんは六月七日からメールしてくれたよね。でもね、私は二〇××年の九月六日からメールしてるのよ。

 つまり、私たちの間には十三週間の時間のずれがあったの。理解できるかしら?

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   読者皆様

ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。

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