第3話 個人情報

 謎のメールの受信時間を確認すると、十時半になっていた。


 純一がまだバイトをしていた時間だ。

 仕事中は携帯電話の持込を禁止されているため気がつかなかったようだ。ロッカーの中においてあるときに受信したのだろう。

 

 しかし、めぐみって言うのはいったい誰だろうか。

 純一の知り合いには、その名前の女性は存在しない。

 

 いや、それ以前に女性の友人そのものが存在しないのだ。

 存在しないのだからもちろんデートの約束なんてできるはずもない。

 

 読み進めると、同じアドレスからもう一通メールがはいっている。

 次のメールの受信時間は十一時と表示されている。


 

 ーーーーーー

 :まだ仕事ですか?


 純一、まだ仕事なの?残業大変だね。

 浮気じゃないよね、浮気だったら怒るよ。

 ーーーーーー 


  


 

 文章には怒りを表す絵文字も使われ、まだ余裕が見て取れた。

 受信メールを見ていくと、さらにもう一通同じアドレスからのメールがある。



 

 ーーーーーー

 :純一へ


 ねえ、ホントに残業?

 日付変わっちゃったよ。

 何で返事くれないの、ホントに浮気じゃないよね。


 早く返事してよ。

 ーーーーーーー

 

 

 泣き顔や涙の絵文字が各所に使われている。発信者の悲しみが伝わってくるようだ。

 なかなかに興味深い。

 迷惑メールなら文末にはホームページのアドレスが表記されていて、出会い系やアダルトサイトにつながるのが通例だが、これにはそういったものが書かれている様子はない。


「これは返信してくるのを待っているのか?」

 

 純一は発信者の意図を測りかねていた。


 返信してみようという気も起こるが、それによって変な犯罪に巻き込まれるのも怖い。このご時世、個人情報管理は重要だ。

 弁当を入れたレンジが、加熱を終えて純一を呼ぶ。程よく温まった弁当を取り出し部屋に戻る。

 

 メールの画面を開いたままのスマートフォンをテーブルに置き、熱でやわらかくなった包みをはがす。

 割り箸の袋を破ったところで純一は小刻みに震えるスマホに気づいた。


 山と詰まれた雑誌の上に置かれたそれは、細かく震えながら移動し床に落ちかけていた。

 あわてて手に取ると、スマートフォンは安心したかのようにおとなしくなった。どうやらメールの受信を知らせていたようだ。

 

 早速確認すると、差出人は、またもあの『めぐみ』だった。



 ーーーーーーー

 :なんで返事くれないの?


 ねえ、この前わがまま言ったのを怒ってるの?

 あれは私が悪かったよ。

 反省してるよ。

 だから、何でもいいから返事して。

 ーーーーーーーー


 


 数を重ねるにつれて悲しみが募ってくる。ただの迷惑メールにしては内容がおかしい。

 

 もしかすると、このメールの差出人は単にアドレスを間違えて送信しているだけかもしれない。

 純一のアドレスは名前に数字を組み合わせただけの単純なものだ、似たようなアドレスがあったとしてもおかしくはない。

 

 放っておいてもそのうち気づくのだろうが、いつまでも寂しい思いをする差出人の女性もかわいそうだ。

 純一はメールの返信を選択し、間違いを教えてやることにした。


 

 ーーーーーーーー

 :Re:純一へ


 あなたの送っているメールは、おそらくアドレスを間違えています。もう一度確認して、再送してください。

 ーーーーーーーー



 

 たったそれだけの短い文章を送る。これで相手も気がつくだろう。

 さて、弁当だ、と袋から取り出した割り箸を割ったところで、スマホはまた激しく震えだした。


 「まったく、今度はなんだ」

 

 つかんだ箸を戻し、受信したメールを開く。

 差出人はまたもあの、めぐみからだった。



 ーーーーーーー

 :ちょっと!!


 今のメールどういう意味よ!

 あなたから来たメールに返信したんだから、間違いな分けないでしょう!

 アドレスだって確認したわよ!

 それともあなたは自分の彼女のことも忘れてしまったの?ホント、信じられなーい!

 ーーーーーーー

 


 

 先ほどまでの悲壮感はどこへやら、文章の末尾全てに感嘆符をつけた今度はひたすらに怒りをぶつけたメールが届いた。

 どうやら先ほどのメールは逆に彼女を怒らせてしまったみたいだ。何とか彼女に勘違いであることを理解してもらわなくてはいけない。

 今度は慎重に言葉を選んで文章を打った。



 

 ーーーーーーー

 :失礼しました。


 言葉足らずで怒らせてしまったのなら、謝ります。

 すみませんでした。でも、ぼくは本当にめぐみさんの彼氏ではありません。

 ぼくの名前は樋口 純一といいます。

 現在は仙台市に住んでいます。

 違うことがわかっていただけましたら、もう一度メールアドレスをご確認いただいたほうが良いと思います。

 ーーーーーーーー



 

 メールを送信すると、間髪をいれずに返信が届いた。


 ーーーーーーーー

 :Re:失礼しました

 

 知ってるわよ!

 樋口 純一、二十五歳。二月二日生まれ。みずがめ座のA型。宮城県仙台市のマンションに一人暮らし。広告代理店勤務。

 私とは駅前の洋菓子店で出会って交際一カ月。

 だいたい初めてのときだってあなたから声をかけてきたんでしょ。何の冗談か知らないけど、これでも言い逃れする気?

 ーーーーーーーー



 

 純一は返信されたメールの内容を見て目を疑った。

 名前・誕生日・血液型、はまさに自分のものと同じだった。

 

 偶然にしても重なる部分が多過ぎている。どこかから個人情報が漏れたのだろうか。

 しかし、中には違っている部分もある。間違いは正さなくてはいけない。

 純一もすぐに返信した。





 ーーーーーーーー

 :間違いがあります。


 確かに、ぼくは樋口 純一ですが、残念ながら二つの間違いがあります。

 ひとつは、ぼくはただのフリーターで、そんな良い会社に勤めたことはありません。

 そして、あなたのような女性とは出会ったこともない、ということです。

 ーーーーーーーー

 

 

 このメールに対して戻ってきたメールは、

【メールじゃらちが明かないわ、今すぐ電話するから必ず出なさい!】

だった。


 元来素直な性格な純一は、しばらく携帯電話を睨んでしばらく待っていたが、一向に電話がなることはなかった。

 壁の時計が夜中の二時を示したとき、純一は思い出したかのように弁当に手をつけた。

 もちろん弁当はすっかり冷め切っていた。





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