第2話 謎のメール

 ビデオ店の店員、樋口 純一が仕事を終えたのは、日付が変わってかなりの時間が経過したあとだった。

 

 本来なら日付変更と同時にあがれるシフトなのだが、大抵交代のバイトが遅れてくるため定時に帰ることはできない。

 もっとも夜間はバイトの時給がよく、残業すればするほど給料も上がるので、まあ文句はない。

 

 二十五歳フリーター、一人暮らしという身分にとって、朝は自由な時間まで寝ていられる。少しくらい帰宅時間が遅くなろうがなんら問題はなかった。

 

 食事を作って帰宅を待っていてくれる彼女でもいれば、もっと仕事にやる気も出るのだろうが、そう言った機会は訪れる気配すらない。

 大学時代に三ヶ月付き合った彼女と別れて以来、まったくと言っていいほどに出会いに恵まれない。


  コンパをすればあぶれるし、出会いを期待して働き始めたレンタルビデオ店のバイトも、はいってみれば従業員は男ばかり、女性従業員もいることはいるが、シフトの関係で一緒になることはほぼ皆無だ。

 もっとも女性従業員とは言っても、すべて四十代のおばさんばかり。身の程は知っているのでストライクゾーンは広めに設定しているが、さすがにこっちから願い下げだ。

(誰かかわいい子でもバイトに入ってこないかなぁ。)

 純一はそんなことを考えながら帰り道にあるコンビニで弁当を選ぶ。


 この時間になると置いてある弁当の種類も限られてくる。必然的に、毎日同じような弁当を買うことになってしまうのが、彼にとって目下一番の悩みの種だ。

「温めますかぁ」という店員の問いに首を振ってノーの返答を送る。


 言葉を発するのも面倒くさい。

 コンビニの店員は純一と同じ歳くらいだろうか、無愛想な客の態度も気にするでもなく、さらに輪をかけた無愛想な態度で弁当を袋に詰めた。

 家まではまだ時間がかかる、温めてもらったところで家につくころにはどうせ冷めてしまう。

 レジで無駄に待たされる位なら、家の電子レンジでくるくる回る弁当を眺めていた方がまだましだ。


 純一は、冷たいままの弁当を手に自転車に乗った。

 家まではのんびりこいだら分三十分以上かかってしまう結構な距離だが、この時間ではもちろんバスなどない。体力を使うが、それも慣れてしまえばそれもどうということもない。体にも良いし、何より経済的だ。

 住宅街を進む帰りの道はいつものように静まり返っている。瞬きをする街灯の明かりを頼りに、純一はペダルをこいだ。


 

 今日もたいした変化の無い日常だった。

 大学を卒業してからというもの、不況のせいだけではないだろうが、就職に失敗した純一は、フリーターにならざるをえなかった。このまま田舎に帰るのも、なんだか負けるような気がして、結局、大学のあったこの仙台の町に住み着いている。

 

 この生活を始めてもう二年が経つが、繰り返される日常に変化は無い。

 しいて言えば、バイト始めのころは、まだそこそこ利用者がいたレンタルDVDだったが、最近はネット配信にお客を取られ、急激にその利用者が減ってきているということくらいだろうか。

 

 田舎の友達とは仙台に上京して以来、ほとんど連絡も取っていない。

 仙台で知り合った大学の仲間もそのほとんどがどこかの企業に就職して忙しい毎日を送っている。世間で認められる『普通』の生活を送る彼らと自分の間にある越えられない溝を感じて、こちらから遊びに誘うということはためらわれた。

 そのため、必然的に仕事以外で家を出るということはほとんどなくなった。


 唯一の楽しみは、今日のように気に食わないお客さんにたわいもない嫌がらせをするくらいのものだ。

 しかし、最近はこれからもずっと、同じようにあのカウンターにたってレジを打っているのかと思うと、少し悲しくなってきているのも事実だった。


 駐輪所に自転車を止め、大学時代から住みつづけている自宅に帰る。


 親戚の経営するマンションを格安で借りているため、フリーターの身分にしてはかなりいい住まいに住んでいるとは自分でも感じている。しかし、せっかくの2LDKも一人暮らしには無駄なスペースでしかない。


 生活の中心であるリビングに荷物を置くと、弁当を電子レンジに放り込み、温めながらスマートフォンのメールチェックを行う。

 これもいつものパターン。友人がそれほど多くない純一にとって、入ってくるメールの多くは不要な迷惑メールばかりだった。


 以前、一度だけ『出会い系サイト』というものに登録したことがある。出会いは訪れなかったが、多数の迷惑メールやダイレクトメールは届くようになった。

 迷惑メールが多いとは言っても今のところ実害があるわけでもないため、アドレス変更は行っていなかった。それにじっくり読んでみるとこれはこれで面白いものもある。むしろ良くこれだけどうでもいい文章が書けるものだと逆に感心してしまうものだ。


 なかには、ごく稀に友人からのメールがまぎれていることもあるので、このメールチェックは大切だ。

 普段はたいした面白い内容も無く、すぐ終わってしまうのだが、今日はそんなメールのなかに純一の興味をひく内容があった。



 ーーーーーーー

 :明日のデート


 明日はどこに行くか決めた?私、またあそこに行きたいな。

 ほら、私たちが出会った駅前の洋菓子屋さん。あそこのプリンは絶品だったよね!

 あのお店で、今週限りの限定スイーツがあるんだって。

 おやつは絶対そこだからね。

 私はもう家に帰ったけど、純一はまだ仕事中かな?

 終わったらメールくださーい。

 

   めぐみ






―――★☆★☆―――


   読者皆様

ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。

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