第4話「衝動」
「誰だ? 誰が、朗読劇は練習がいらないとか言った!?」
「
俺がクラスメイトたちを怒鳴りつける前に、とんとん拍子に他校の文化祭への参加を美紅は決めていく。
「萱野、これが台本だ」
「私、先生に許可もらってくるー!」
誰もツッコまなくなってしまったため、事は美紅が望む方向へと進んでいった。
他校に通っている美紅が
「
「ありがと」
同じ教室にはいるものの、クラスメイトたちのおかげで美紅とは物凄く距離が開いてしまった。
「あー……こっちは仕事がある……」
「私と正反対って感じ?」
一連の流れを見ていた彩星あやせが、俺を気遣って声をかけてくる。
「正反対どころか、まったく別人すぎて面白い」
「じゃあ、なんで溜め息?」
彩星と二人で過ごす時間が久しぶりということはないけど、それでも二人で同じ時を過ごすってこと自体が貴重なような気がする。
「普通に相方を取られたからだよ。こっちは美紅に負担を強いたくないってのに……」
高校三年なんて期間は、きっとあっという間に過ぎ去ってしまう。
卒業を迎えれば、彩星とはほとんど会うこともなくなる。
運良く仕事現場で会うことができればいいけど、音楽担当と演者が顔を合わせる機会は滅多にない。
だからこそ、終わりに向かうだけの彩星との時間が貴重に思えるのかもしれない。
「
「過保護でもなんでもいいよ。美紅が無理してないかってことが重要……って、まあ、別に無理も悪いことじゃないけど……」
美紅に向けていた視線を話し相手の彩星に戻そうとすると、彩星は彩星で俺のことをみていなかった。彩星も俺と同じで、美紅に視線を向けていた。
「美紅も、声優志望で……」
「おっ、ライバル登場?」
ここで、楽しそうな顔を浮かべながら彩星が俺を見た。
「ライバルどころか……現時点で、彩星の読みを遥かに超えてる。むしろ、声優として売れるんじゃないかなーっていう期待すらある」
「郁登くんがべた褒めするなんて、嫉妬しちゃうな」
クラスに、俺のことを郁登くん呼びする人は滅多にいない。
郁登くんと呼ばれたからって、これといって身構える必要も何もない。
「……彩星の声も十分魅力あんだから、嫉妬することなんてない」
だけど、彩星の声にだけは。
この声にだけは、自分の身に何が起きたとしても必ず反応を示したいって思ってしまう。
「短い期間だったけど、GLITTER BELLの知名度を上げたのはほかの誰でもなくayase彩星のおかげなんだよ。悲観すんな」
きっと、こうして彩星と言葉を交わした時間自体が、奇跡的なものに感じる未来がやって来るんだと思う。
彩星が俺に対して声を発してくれること自体が稀で、彩星から俺に声をかけてくれること自体が珍しすぎるっていう日々が日常に代わっていくんだと思う。
「こんなに貴重な出来事が一気に訪れると、なんだか後が怖いね~」
「人が褒めてんだから、素直に受け取ってくれ」
彩星が言っていることも、分からないわけじゃない。
手にした幸せが、いつか崩壊しちゃうのかなとか。
嫌な方向に物事を考えてしまう気持ちは理解できる。
それでも、俺の名前を呼んでくれる彩星と過ごした時間ってものを、嫌な未来がやって来たときの糧にできたらなってことを思う。
「彩星は、どうなんだよ。大丈夫か?」
彩星に気遣われてばかりは居心地が悪いと思って、今度は彩星へと話題を振った。
「……屋上での一件を聞いたからには、大丈夫じゃないってわかってると思うけど」
自分の未来を危惧できていながらも、希望を捨てることをやめないという決意ある声。
この声を聞いているだけで、彩星なら奇跡ってものを再び起こせるんじゃないかって期待も生まれる。
「棒読みみたいに壊滅的な状態じゃないけど、まったく響かない」
「うわー、元相方の言葉が辛辣」
明るさや元気といった、彩星を象徴する言葉が消えかけているようには見えない。
机に突っ伏したような姿勢で絶望感を演出していても、彼女の中に諦めたくないって気持ちがあるんだってことが声に込められているのが分かる。
「小学校の頃に、朗読やっただろ?」
「やったけど……今回はお客さんに聞かせるものだよ」
決して泣いたりはしないんだろうけど、彩星の瞳を潤んでいるような気もする。
「まあ、大勢の客が来るだろうな」
「卒業ライブもしてないのに、新生GLITTER BELLのお披露目ライブなんて開催するから!」
彩星からの苦情も受け止めつつ、歩みを進めたくないと思った。
だから、俺は彩星に対して、真っすぐな言葉をぶつけた。
「業界関係者を失望させたくない?」
敢えて、業界関係者って言葉を強調した。
新生GLITTER BELLの紹介記事を書くために、いくつかのマスコミの招待が予定されている。
レコード会社の関係者も来て、声優部を視察するために、自分たちが想定している以上の偉い大人たちが文化祭に集うかもしれない。
「まあ、そうだよな。業界関係者を失望させたら、彩星の株が下がるもんな」
失望させたくないって気持ちの中に、高校最後の文化祭に気合いを入れているクラスメイトたちも含まれていてほしいと願いながら声をかけ続ける。
「みんなを失望させたくないから、上手くやらなきゃって……背負い込みすぎ」
俺の言葉を受けて、彩星は再び机に向かって突っ伏してしまう。
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