第3話「触発」
「下手な芝居はできない……」
気づいているからこそのプレッシャーを抱えているけど、それを焼きそばパンで盛り上がっているクラスメイトに伝えることはできずに机に突っ伏す。
彩星らしいといえば彩星らしいけど、不安は吐き出さないと人間、絶対に壊れてしまう。
「文化祭当日は主人公! ちゃんと演じ切ってくれよな」
「任せて……!」
芸能活動が許容されている高校といっても、実際に芸能活動をしている人間はごく僅か。
声優という職業に就いているのは、全校生徒を探してもまだいない。
やらせオーディションが開催される前の段階では、プロ声優が誕生することはない。
声優部と名のつく部員を頼りたくなるクラスメイトの気持ちは、よく理解できる。
「新人声優って、役名もないAやBの役が多いと思う」
彩星に、何て言葉をかければいいのか。
迷って、悩んでいるうちに、彩星を睨みつけるだけだった美紅みくが口を動かし始める。
「大半は、周囲から関心を持たれないまま役者人生を終えると思う」
普段のぼそっとした美紅の喋りなんて、クラスの騒音にかき消されてしまう。
それだけ脆い声をしているのに、美紅は彩星に言葉を伝えるために声を出す。
「
だんだんと美紅と過ごしているうちに、ぼそっとした喋り方はキャラクター作りの一環なのかなってことを察し始める。
やる気がなさそうなのに、お洒落女子風な外見をどう印象づけるかってことを考えに考えた結果が、このぼそっとした喋り方なのかなと。
「でも、同級生に声優がいるんだって話になったとき、誰もが知ってるってくらい、有名な作品に出演してほしい」
だって、こんなにも自分の気持ちをはっきりと口にできる人間が、喋りが不得意なわけがない。
相手に自分をどう印象づけるか考えに考えた結果が、今の萱野美紅かやのみくなんだろうなってことを察していく。
「美紅は、
GLITTER BELLの新しいボーカルとは、紹介しなかった。
彩星の代わりが、美紅だって紹介もしなかった。
今、美紅が紹介されて一番嬉しいだろうなって肩書を彩星に送ってみた。
「一役……一役でいい……」
台本を持っていない方の手に、ぎゅっと力を込める彩星。
期待の重圧が肩にのしかかっていた彩星だが、自分の足で立ち上がろうとしていることが伝わってくる。
「代表作が、たったの一役でいいのか?」
「女子生徒AとかBも、演じる側としてはすっごく楽しいってこと」
彩星の話し相手を、美紅から代わってもらう。
「その一役が、誰かの誇りに繋がるような声優、に……」
胸の奥にじわりと不安が広がったとしても、彼女は俺の手を借りずに乗り切ってしまう。
「芝居で勝負できる声優に、私はなりたい」
「某作品での棒読み演技、ぶちぎれてたもんな」
「っ、そんな大きな声で、言わないで!」
彩星が声優を目指すと決めた理由を、ちゃんと知っているところが少しは元相方らしいのかなって自惚れる。
「うん、でも……うん。それは、本当。いろんな人が声優業に挑戦する時代になってきたからこそ、取られたくない。声優の仕事は、声優が勝ち取っていきたい」
今までは、声優になれたらいいな。声優になりたい。
そんな漠然な想いで、動いていたかもしれない。
(けど、今の彩星は違うって信じられる)
自分の中で、どんどん変化を起こしていってほしい。
「信頼ある声優になるって夢、諦めたくない」
彩星が願っても願わなくても、その願いは周囲の大人たちが叶えてしまう。
大人たちが
「だったら、ちゃんと覚悟決めろ」
彩星が手にしている文化祭の出し物である朗読劇の台本は、彩星の未来に直結するものだと信じたい。
文化祭の成功イコール彩星の声優人生の成功であってほしい。
そう思って、机の上に置かれた少々厚めの台本に目を通す。
「あ、
少々厚めの台本ってところにも、引っかかるものがあった。
だけど台本をめくることで、俺を更に苦しめるものが待っているとは思ってもみなかった。
「字がこまかっ……」
「台本担当が、フォントを意識しないで印刷した結果らしいよ」
高校生の視力なら、確かに余裕で読むことができる字の大きさだが、音楽活動で目を酷使しているときに読むようなものではなかった。
「……郁登さん」
「あ、悪い、他校の生徒にネタバレして……」
「私も出たい」
「…………は?」
人に向けて、あまり『は?』という言葉を向けてはいけないとは思う。
思うけど、
「ライブと朗読劇、どっちも」
俺がどう思おうと、美紅はまったく気にしないのかもしれない。
うきうきとした高揚感を伝えてくる美紅を見て、一瞬だけ言葉が詰まってしまったのは言うまでもない。
「いやいやいや、美紅は客として文化祭を楽しむ……いや、GLITTER BELLのライブに集中してくれればそれで……」
「やりたい」
何を言っているのか聞き取れないくらいの声で宣言してくれればいいものの、美紅の中では何かに火がついたらしい。
綺麗な発声で、美紅は自分のやりたいことをはっきりと言葉にする。
「私、ayaseより声、高い。だから、お姫様役できそう」
そのおかげで、クラスメイトたちの耳に美紅の声は届いてしまった。
「そういえば、声優部に超新星が現れたとか……」
「いやいや、美紅は他校の生徒……」
美紅が俺の通っている学校を訪れるたびに、演劇部や声優部の部員たちから引っ張りだこ状態の美紅の噂はクラスに流れ着いていたらしい。
「声優部絶賛の新人声優って、
「うん、多分」
クラスメイトの問いに、真っ先に回答できる美紅の心臓の強さはどこから来るのか。
俺の声は簡単にかき消されてしまって誰の耳にも届かないのに、美紅の声は物凄く綺麗にクラスメイトの耳に届いてしまう。
「私も、一緒に練習したい!」
自分の欲求を抑えきれなくなった子どものように、美紅は俺のクラスメイトたちに真っすぐな気持ちを伝えてくる。
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