第5話「夢」
「昔からのファンに会えて、すげー勇気もらった」
それでも、
声優志望でもなんでもないけど、自分の声で美紅に気持ちを届けたい。
「私、
「ありがと、ありがと、気持ちだけ十分だって」
自分の気持ちが相手に伝わるように、言葉を大切に。
それを教えてくれたのは、ほかの誰でもない
「にしても、声、綺麗だな」
「私の?」
感情が込められていない言葉を返してきて、まるで綺麗という言葉の意味が分からないと言われているみたいだった。
「最初は、ぼそっとした喋りで何、言ってるかわかんなかった」
声の専門家でもなんでもないから、俺の言葉は美紅の人生のなんの役にも立てないとは思う。
「けど、ちゃんと喋ったときの声、綺麗だなって思った」
それでも、自分が持っていないものを持っている彼女美紅に言葉を送りたい。
自分の気持ちは、いつでも伝えることができると大間違いだってことに気づかされたから。
だから、ちゃんと躊躇うことなく言葉を送りたいと思った。
「私の声で、曲、書けそう?」
もっと堂々と喋ればいいって思うのに、美紅の声は再び小さくなってしまった。
自分になんの期待も抱いていないって感じの不安定な声に、急な寂しさを感じた。
「んー……気持ちは上に向いてきた?」
「疑問系なの?」
「疑問系」
「ふふっ、ははっ、郁登さん、面白い」
綺麗な声と、綺麗な顔を、売るための武器を整えていく美紅のことが羨ましい。
綺麗な声だって、綺麗な顔だって、いつかは需要が去ってしまうものだとしても、彼女なら美しさを武器に戦うことができるっていう不確かな自信が生まれてくる。
「やっぱり私、やりたい」
「何を……」
背中を丸めた美紅と、世間から認めてもらえなかった頃の自分を重ねてしまっていた。
でも、未来を見つめたときの美紅は強かった。声に力が宿って、それは人を惹きつけるための武器へと変わっていく。
「ずっと、ずっと、ずっと、叶えてみたい夢があったの」
俺が美紅の悩みを聞いたところで、それを解決する力は自分には持ち合わせていない。
力があったところで、その権力を駆使して美紅の悩みを解決するかと言われたら別問題だけど。
人間、相手の悩みを聞くだけしかできないんだなーと、自分の無力さに情けなくなってくる。
「私、
突然の告白。
言葉を返せなくなってる俺の顔を覗き込んでくる美紅。
「
美紅と目が合ってしまったことに恥ずかしさを感じて、俺は美紅の視線から目を逸らした。
「私ね、高校を卒業したら、声優の養成所に通う」
声優志望者彩星と過ごす時間が長すぎて、自分は声優を目指していないのに声優志望者の気持ちがなんとなく伝わってきてしまう。
だから、美紅が真剣であればあるほど、ちょっと辛くなる。
「声優でも成功して、GLITTER BELLでも成功する」
俺の知っている人の何人が、毎日アルバイト、アルバイト、アルバイトという生活を送ってしまうことになるのか。
夢を持つ人すべてが夢を叶えることができないって分かっているからこそ、不安になってくる。心配になってくる。
そして、それらの不安も心配も自分に返ってくる。
「私は、郁登さんが目指している場所に、郁登さんを連れて行く」
見えない未来に向かって、どうしてそんなに瞳を輝かせることができるのか。
自分にはできないことを、いとも簡単にやってのける美紅を見ているのが辛い。
それなのに、いつまでも美紅の声に耳を傾けたいって気持ちも消えることがない。
「二兎追うものは一兎も得ずって言葉があって……」
「知ってるよ」
自分は、なんで美紅の声に興味を持ったのか。
答えは分かっているのに、答えを出したくない自分は言葉を詰まらせていく。
「私は、両方を手に入れる」
美紅が、これから何を言ってくるのか分かってしまったからなのかもしれない。
「だって、両方がないと、私は郁登さんの夢を叶えることができないから」
美紅が、俺に何を聞きたいのか分かってしまったからなのかもしれない。
「私を、シンデレラに選んで」
王子様に存在を見つけてもらうことで、人生を大逆転させた灰かぶり姫。
彩星が何を言いたいのか、何に例えているのか分からないほど、自分は鈍感ではない。
分かってる。
分かってる。
それくらいのこと、分かってる。
「郁登さん」
未来を見る特別な力なんて持っていないんだから、自分の勘に響いた未来を答えればいい。
「ちゃんと歌声……聞かないと……」
これは、とあるファンと、とある作詞作曲家が交わす、ただの会話。
気楽に考えればいい。
でも、美紅の熱意を向ければ向けられるほど、心が苦しくなっていく。
美紅の本気が伝わってきてしまうから、その綺麗な声が聴覚に残ってしまうから、どんどん心が窮屈に追いやられていく。
「成功者って、なんでこうも多くのものを持ってるんだろうね」
「成功者?」
「郁登さんのこと」
言葉を詰まらせた惨めな俺のことを置いて、美紅は言葉を送ることをやめない。
「自分にはないものをいっぱい持っているから、成功するっていうのもなんとなくわかる」
美紅が言葉を繋げて話せば話すほど、俺は美紅の声を聞く時間が長くなっていく。
「でも、こんなにもなんでもかんでも持ってる人のところに、私なんか入る余地ないんだなーって」
必要と、されたい。
ただ、それだけなのに。
「郁登さんの顔見てると、そんな気がする」
その、ただそれだけの願いは叶わない。
だって、俺には力がないから。
願いを叶える力が、ないから。
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