第1章「終わり」
第1話「順調」
「はぁ」
放課後のチャイムが鳴り響き、教室の中は一気に活気づく。
高校生ならではの盛り上がりを見せる教室で、俺は懐かしき高校一年の頃の思い出に浸っていた。
(懐かし……)
クラスメイトたちは楽しそうに話しながら帰宅の準備や、部活動の準備へと勤しむ中、俺だけは静かに机の上の教科書を片付ける。
ゆっくりとした動作で時間を稼ぎたかったけど、それはそれで先方に迷惑をかけることになってしまう。
(あの日には、もう戻れない……)
重い足取りで教室を後にすると、ドラマの撮影にぴったりだと賞賛したくなるほどのオレンジ色が街を染め上げていた。
もうすぐで沈んでしまう太陽に魅入られる時間も悪くないと思いながらも、すぐにその思いを振り払う。
「お疲れ様です」
「
電車で三十分の時間を過ごすと、自分がお世話になっている事務所へと辿り着く。
通い慣れた道だからこそ、ちょっと寄り道したくなったのは秘密。
約束した時間よりも早く着くという余裕を見せると、事務スタッフの人が笑顔で迎えてくれた。
「今、呼ぶから、ちょっと待っててください」
事務所に到着すると、少しだけ元気を取り戻せたような気になってくる。
自分の人生に何が起きたとしても、音楽を好きだって気持ち。アニメソングを愛しているって気持ちに変化は起きない。
(大丈夫、なんとかなる)
約束した相手が来るまで深呼吸を繰り返して、気持ちを切り替えていく。
「
「お疲れ様です」
事務所からの連絡は大抵、電話やメール・メッセージで事が済むようになっている。
ライブが開催される日はマネージャーや事務所スタッフさんが直接会場を訪れてくれるから、こうして事務所を訪れるのは随分と久しぶりのような気がする。
「制服姿! いいね、高校生は」
「ありがとうございます」
アニメ・ゲームソング業界を中心に活動している音楽ユニット
ネット上で作曲活動をしていた俺と、俺が作る音楽を好きになってくれた
「あと数えられるほどで、現役高校生も卒業になっちゃうところが残念だな~って」
「おっ、卒業まで余裕?」
ネットに好き勝手アップロードしていた曲を好きになってくれる人が現れて、曲を好きになってくれる人の数が増えることで、次々と奇跡は起こった。
「改めて、よろしくお願いします。GLITTER BELLの
「チーフマネージャーの
アニメやゲームの主題歌を担当できるようになったってだけでも大きな奇跡が起きたと思っているけれど、それだけに奇跡は収まらない。
たとえ小さなライブ会場だとしても、チケットが全部売れるようになったとか。
大きなライブ会場でも声援を送ってもらえるようになったとか、今も信じられない奇跡を体験させてもらっている。
「そろそろ、仕事に集中したいんじゃない?」
遠峯さんが言う通り、好きなことだけに没頭して生きていけるならどんなに幸せだろうなって夢を見る。
「勉強三昧の毎日も久しぶりで楽しいっていえば、楽しいですけどね」
「学生生活って、今しか経験できないことだからね」
人と好きなものを共有することを拒んでいた引きこもり作曲家という人生は一変し、GLITTER BELLの名前が売れていく。
それと同時に、マンガやアニメを活用した地域振興にも携わるようになった。
地元からアニメやゲームの主題歌を担当できる高校生が現れたら、地域振興に利用されるのは薄々想像できた。
「進路の話、きちんと担任の先生と親御さんとしてる?」
「一応、大学には進学しないって方向で動いてはいるんですけど……」
アニメ・ゲーム業界に携わることになった頃には、俺も彩星も現役高校生というオプションがあったおかげで早く名前を売ることができた。
なんとかGLITTER BELLの存在を、アニソンファンに記憶してもらうことには成功したと思っている。
「ああ、そこは上杉から聞いてるよ。西島、勉強できるんだって?」
「勉強ができるっていうか……仕事に支障をきたしたくないなって思って、勉強を頑張っていたら成績が良くなっちゃったっていう……」
縁とか努力とか運とか、本当にいろんな要素が結びついてくれたと思う。
「ご両親は?」
「作曲の仕事に専念したいって気持ち、理解してもらっています」
俺たちが仕事を始めたとき、アニメ・ゲームソング業界に現役高校生がいなかったっていうのが一番大きいだろうっていうのは理解している。
でも、高校三年になった今も仕事をいただけているのは、その後も多くの人たちに支えられているってこと。日々、感謝。
「じゃあ、学校の先生か」
「結構しつこくて、参ってます……」
「学校の先生は進学率上げたいからね。仕方ない、仕方ない」
GLITTER BELLが所属している事務所には、音楽分野に限らずクリエイターとして活躍している若者が何人かいる。
若者が悪い大人に騙されないために作られた事務所ってこともあり、俺と話をしてくれているマネージャーの遠峯さんはとても親身になって話を聞いてくれる人だと思う。
「今日は、直接話したいことがあって……あ、あそこの席、座ってもらえる?」
でも、遠峯さんだって暇じゃない。
何人かのクリエイターの面倒を一人で見てくれている。
そんな遠峯さんが、わざわざ新人作曲家に時間を割いてくれるってことは大事な話があるってこと。
「GLITTER BELLのボーカリスト立花彩星の、正式な卒業日が決まりました」
「……はい」
いい子ちゃんぶって、真っ当な返事をする。
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