第2話「救い」

「よしっ」


 気持ちを込めた演奏が、どうかファンに届きますようにと祈る。


 高校生だって、神に縋りたくなるような祈りを抱えるときだってあるんだよと見えない神様に向けて挨拶をする。


「ふふっ、郁登いくとくんが緊張してる」

「茶化すな。これから本番で、気合い入れてるときなのに」


 大人たちに利用されるだけの存在ではなく、自分たちの音楽を通じて作品に込められたメッセージを届けてみせる。

 意気込み新たに挑もうとしているときに、同級生は緊張を解すために動いてくれる。


「そりゃあ、緊張はしてる。当たり前」


 何度、深呼吸を繰り返したところで。

 何度、同じ曲を演奏したところで。

 この迫りくる緊張感から解放される日は未来永劫、訪れないってことがなんとなく想像できる。


「でも、この緊張が好きだなって」


 そう言葉を返すと、同級生相方は笑ってくれた。


「郁登くんは、かっこいいね」

「ボーカリストも、かっこいい」

「うん……ありがとう、郁登くん」


 俺たちの音楽が誰かの心に届いたから、プロの世界で活躍するという権利を得ることができた。

 失う自信なんてここには存在せず、培ってきた自信すべてをライブにぶつけようと思う。


「俺には、彩星あやせを売るっていう使命がある」

「……うん、ありがと」

「彩星の知名度が上がれば、それは必ずGLITTER BELLグリッターベルに還元される」


 二人で一緒にステージに上がった姿を想像するだけで、漲ってくる活力の大きさにはいつも驚かされる。


「でもね、郁登くん」

「ん?」

「私もね、郁登くんの曲を売りたい。郁登くんの知名度を上げたい。郁登くんの……」


 愛がない人たちが加わった地域振興プロジェクトは、大半が失敗に終わっているかもしれない。

 でも、俺たちなら、自分たちを育ててくれた地元に何かを還元できるんじゃないかって希望が生まれてくる。


「あー、あー、あー! 恥ずかしいっ!」

「はふふっ、郁登くんが私にしてくれてることを言葉にしただけなんだけど」


 自分には、いつだって自信しかない。

 そう言いたくなるような自信満々な笑みを浮かべて、彩星は俺の恥をかき消そうとしてくれる。


「観客の声援、凄いね」

「地元の人が、どれだけいるんだか」

「県外から来てくれるって、それはそれで凄くない?」

「地域振興成功って?」


 今の自分にはないものを持っている人たちのことを否定するほど、自分の心は狭くない……と思っている。

 むしろ、自分にはないものを持っている人たちなのだから、尊敬の念すら抱いている。

 でも、隣にいる彼女は一人でどんどん大人の世界へ向かってしまう。



「偉い人たちの思惑に乗っかっちゃったね、私たち」


 控室の扉を開いて、二人で観客の様子を見つめる。

 スタッフが『あと五分です』と告げる声が届くと、俺たちは目を合わせて頷いた。


「アニソンは世界を救う……」

「だねっ!」


 ハイタッチを交わすと、ぱちんと嫌に心地いい音が響いた。


「それじゃあ今日も、観客を魅了する歌を唄ってきますっ」


 偉い大人たちが動いてくれたおかげで、こうしてアニメやマンガが好きな人たちを集客できたのは事実。

 自分たちを見るために集まってくれた人たちがいるってことを誇りに、速まっていくだけだった心臓の音を落ち着かせる。


「行こっ、郁登くん」


 自分たちに喜びをもたらしてくれたすべての者に感謝するような笑みを、こうもすぐに整えてしまう相方彩星が大人すぎて狡いって思う。

 でも、この笑顔に何度も何度も救われてきたことを思い返すと、文句のひとつも出てこなくなってしまう。


(俺たちは将来、どんな光景を目にしてるんだろう……)


 彩星はマイク前に立ち、俺はシンセサイザーの前に立った。

 熱を感じるようなスポットライトの輝かしさに包まれると、観客の歓声が耳に飛び込んでくる。


(この歓声に、どれだけ救われてきたか……)


 愛の足りない活動を終わらせるために、今日も演奏を続けていく。


(届け……! 届け! 届けっ!)


 愛ある活動を続けていくために、今日も俺は演奏を続けていく。

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