第25話:迷惑電話にはご注意を
「さて、結界の柱は無事に破壊出来たわけだけど――何か申し開きはある?」
夕日が沈む様を璃奈と一緒に眺めていたわけだが、いつまでもそうしているわけにはいかない。
僕は剣を持ち、璃奈は銃を構えてとんでもないことをしでかしてくれた悪魔を睨みつけた。
幸いにも結界の連鎖反応が起きる前に止められたが、一歩間違えればとんでもないことになっていたのだ。
到底許されることではない。
「特にないかな? 僕は僕の思うがままに生きているだけだからね」
「そう。それじゃあ、ここで殺されても文句はないね?」
一人の人間からここまでの殺気が放てるのか、というほどの眼光を飛ばす璃奈。
僕が受けたら腰を抜かしそうな殺気をしかし、飄々と受け流しながらメフィラは肩を竦めた。
「生憎と、まだ死ぬわけにはいかないかな。それに――君じゃあ、僕を殺せないよ」
「どうかしら? 試してみる? 戦争がお望みならいつでも相手になるわ」
「いや、止めておくよ。それから、責任転嫁は止めてくれ。僕と戦争がしたくて堪らないのは君の方だろう? 天羽璃奈」
「ッ!」
璃奈の放つプレッシャーが一段と強くなる。
メフィラは邪悪な笑みを浮かべた。
相変わらずこの二人の相性は最悪だな……顔を合わせるだけで一気に空気が修羅場になる。
僕は溜息をつきながら口を開いた。
「結局、何が目的だったんだお前? あと、携帯返せ」
「さっきも言ったじゃないか。新しい契約を結んで欲しかっただけだよ。はい、携帯」
言いながらメフィラはフリスビーでも投げるように僕たちの方へ携帯を投げてきた。
3人とも難なくキャッチしたが、自分の所有物を雑に扱われて顔を顰める。
「にしては、前よりも気合いが入っていたように思うけど?」
「そうかな? 我が愛しの契約者様の勘違いだと思うけど」
余裕綽々と、のらりくらりと躱す悪魔。
やはりコイツのことは分からない。
恐らく、この先も一生理解出来ることはないのだろう。
「何を企んでいるんだ……?」
「さて、ね」
意味深に微笑んでから、メフィラは大きく伸びをした。
「あーあ、契約は結んでくれないみたいだし、今日のところは大人しく帰るとするよ」
「二度と来るな」
「ハハハ、連れないことを言うなよ。寂しいじゃないか」
ケラケラと楽しそうに笑うメフィラの身体の輪郭が徐々に解けていく。
「それじゃあ、また会おう。我が愛しの契約者様。そして――霧島レイ」
最後に何故か霧島先輩に視線を送り――
散々迷惑を掛けてくれた如月メフィラは青い霧となって実体化を解いた。
「……なんだったんだ、アイツは」
「ただの性悪な悪魔ですよ」
それ以上でも、それ以下でもない。
「さて、妙な横槍を入れられたせいで結構な時間になっちゃいましたね」
辺りを見渡せばすっかり真っ暗で、完全に夜の帳が下りてしまっている。
「どうする? 今から残りの柱を破壊しに行くか?」
「いえ、メフィラのせいで色々と作戦を練り直す必要が出てきました。もう暗いですし、また明日にしましょう」
柱はこの街を囲うようにして設置されている関係上、全てを破壊しようと思うと大変な労力が掛かってしまう。
元より全ての柱を今日だけで破壊できるとは思っていなかったので、キリがいいところで切り上げるべきだろう。
「分かった。では、明日も放課後に生徒会室に集合で問題ないか?」
「はい。また明日、よろしくお願いします」
「あぁ、分かった」
そう言った霧島先輩の身体が黒い霧に包まれる。
恐らく、メフィラと同じように実体化を解いて移動するつもりなのだろう。
「そうだ。地藤、一つ言っておきたいことがあった」
「なんです?」
「――先程の悪魔との攻防、実に見事だった。この調子でよろしく頼む」
そして、黒い霧は霧散して彼女の姿は消えた。
ふーむ。
「ねぇ、璃奈」
「なに?」
「あの霧になる能力、僕も使えないかな……?」
「どうしたの急に?」
「だって、滅茶苦茶便利そうじゃん……」
メフィラの前では死んでも口にしないが、実は前々から羨ましいと思っていたのだ。
移動する際に脚を使わなくていいし、おまけにカッコいい。
不意打ちにも持って来いだし、良いこと尽くめだ。
「確かに便利そうだけど、私は要らないかな?」
「どうして?」
「――だって、優斗君と手を繋いで帰れなくなっちゃうもん」
璃奈の手がそっと僕に触れる。
「……やっぱり、僕も要らないかも」
「便利そうなのに?」
「不便でも良いことはあるよ」
僕は彼女の手を握った。
「じゃあ、帰ろうか。地道に歩いて」
「うん」
璃奈と二人、手を繋いで天羽邸へと歩き出す。
確かにこれなら、霧になる必要なんてないな。
――と、不意にポケットに入れていた携帯が振動した。
「あれ? 霧島先輩かな?」
あの人はあれで意外とおっちょこちょいだ。
前みたいに何か伝え忘れたことでもあったのかもしれない。
電話ではないようだし、璃奈を怒らせるようなこともないだろう。
僕は携帯を取り出して画面を見た。
『霧になりたいならやり方を教えてあげようか? いつでも連絡待ってるよ☆」
「……」
スン――と真顔になる。
どうやら携帯を盗んだ時にしれっと追加しやがったらしい。
つくづく、器用な奴だ。
「地藤君、どうしたの? 誰かから連絡が来たの?」
「いや、ただの迷惑メールだよ」
僕は淡々と、追加されていた新しいアドレス「如月メフィラ」をブロックした。
♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰
以前にも口にしたが、僕は極力、十六夜蓮と霧島レイの接触を避けたいと考えていた。
どちらも悪人ではない。だが、二人が顔を合わせたときに生じる化学反応――それが引き起こす事態を知っている僕としては、地雷原の上をセグウェイで爆走しているような心地になってしまう。
唯ちゃんがどんな反応を示すのかも未知数である以上、余計な面倒を増やさないためにも、この三人が繋がらないように立ち回っていた。
だが、そんな悠長なことは言っていられないのが現状だ。
いつあの悪魔がちょっかいをかけてくるか分からない今、最も頼りになる戦力である唯ちゃんを頼らない手はない。
メフィラ自身も死王女に苦手意識があるようだし、契約を結んでいるとしても、全盛期の死王女の力が戻れば、その契約ごとメフィラを始末することは難しくない。
虫よけ――なんて言ってしまうと問答無用で殺されるだろうが、メフィラに対する抑止力として、これ以上的確な人材はいない。
さらに結界の柱も容易く破壊できる人材となれば、ここで協力依頼を出さないわけにもいかなかった。
「――まぁ、そんなわけだから、手を貸してよ、唯ちゃん」
「私は今、無礼は一周回っても無礼なことを学びましたよ、先輩」
海浜公園でのドタバタから一夜明けて本日。
生徒会室には僕、璃奈、霧島先輩に加え、十六夜蓮と十六夜唯の計5名が集合していた。
いきなり呼び出され、霧島先輩の存在に困惑している十六夜兄妹に諸々の事情を説明し、正式に協力を要請したのだが、予想通り唯ちゃんはどこか不満げな表情を浮かべている。
「無礼? 僕がこんなにも礼を尽くしてお願いしているというのに?」
「これで礼を尽くしているつもりなら、先輩はなかなかの大物ですね」
皮肉気な表情で唯ちゃんは語る。
「またしても勝手に色々と裏で動いて、決めて、困ったら私たちの力を頼る……これを無礼と言わずして、何と言うのです?」
「……助け合い?」
「ボランティアじゃないんですよ! このような雑な扱いをされて“はい”と頷けるほど私は安い女ではありません! だいたい!」
何やらヒートアップしてきたらしい唯ちゃんは霧島先輩を指さした。
「先輩、この人に襲われたんですよね⁉ 何あっさり許してまた新しく契約を結んでるんですか! あれですか? ドMなんですか? 自分を痛めつけた相手としか契約出来ないんですか⁉」
「いやいや、話し合ってみたら唯ちゃんにも、霧島先輩にも事情があったから、争うよりも契約した方がいいと思っただけだよ」
「何なんですかその思考回路は! 敵なら容赦なく潰すべきでしょうが!」
「その理論で行けば、唯ちゃんも僕のことを潰すべきだと思うけどね」
「ぐっ、そ、それは……!」
口調は強いが、相変わらず唯ちゃんは詰めが甘い。
僕は呆れたように溜息をついてみせながら彼女を説き伏せるように言葉を紡ぐ。
「唯ちゃん、傷つけられたから“敵”、気に食わないから“敵”、なんてことを繰り返していたら世の中は敵だらけになってしまうよ。それだとつまらないでしょう? 争わずに済むなら、それに越したことはないよ」
「むっ……」
「それに、さっきも話したけど今回の件は僕と先輩だけで済む問題じゃないんだ。この街に住む人々にも関わってくる大きな問題なんだよ。仮にこの結界が発動してしまえば最後、唯ちゃんの友達も犠牲になるんだよ?」
「ッ!」
唯ちゃんの目が大きく見開かれる。
体調が完全に回復し、学校に通っている唯ちゃんには早速友達が出来ているようだった。
元から捻くれているところはあるものの、真っすぐで、単純で、優しい子だ。
唯ちゃん自身も友達のことを大事にしているようだし、この言葉は結構効いただろう。
「もう一度お願いしようか。唯ちゃん、僕たちに手を貸してくれないかい? この街の人々を守るために」
「……」
暫く神妙な顔つきで黙っていた唯ちゃんだったが、やがて諦めたように深いため息をついてから顔を上げた。
「仕方ないですね。そこまで言うなら、協力することもやぶさかではありません。――せっかく準備したのに、文化祭がなくなってしまうのも癪ですからね」
何とも彼女らしい返答をもらい、僕は笑みを浮かべた。
「ありがとう。君がいれば百人力だよ。蓮君も構わないかな?」
「あぁ。もちろんだ」
力強く頷く主人公。
彼は、僕の説明を聞いている段階から既に覚悟が決まった目をしていた。
流石は光り輝く黄金の精神の持ち主だ。
高潔過ぎて、目に眩しい。……サングラス買おうかな?
「二人ともありがとう。それじゃあ、改めて作戦について説明するよ。先輩、お願いします」
「あぁ」
霧島先輩は手に持っていた地図を生徒会室の大きな机の上に広げた。
「さっきも説明した通り、この街には全部で13の結界の柱が展開されている。そのうち1柱は昨日壊したから、残りは12柱だね」
地図につけられた印を指さしながら作戦を説明する。
13柱はど真ん中に1柱があることを除き、残りは全てこの街を囲むように設置されていた。
さながら、時計のように。
昨日破壊した柱は最南の柱であり、ちょうど6時の位置を示していたことになる。
「数が多いから明日、全員で一気に片を付けたいと思うんだ。ちょうど土曜日だし、一日あれば終わると思う」
「手分けをするってことか?」
「そういうこと。場所はこの通り、先輩に地図で記してもらっているから、担当を振り分けて短時間で決着を付けよう。……メフィラがいつちょっかいを掛けてくるか分かったものじゃないからね」
メフィラが結界を起動出来ることが分かった以上、無警戒で放置しておくわけにもいかない。
プライドが高い奴だから、同じ手を使ってくるとは考えにくいが、もしもの事態が起きた時に全員が一か所に固まっていては初動が遅れてしまう。
故に、今回は手分けしての行動がベストであると考えた。
もっとも、手分けすると言ってもチームは二つしかないのだが。
♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰
翌日。
僕と璃奈、そして霧島先輩は駅前に集合していた。
「流石に土曜日だから人が多いね」
辺りを見渡しながら璃奈が呟く。
僕はじろじろと璃奈を眺める視線から彼女を隠すようにそっと移動しながら頷いた。
「うん。待ち合わせ場所を具体的に設定しておいて良かったね」
「唯ちゃんたちは?」
「あとちょっとで着くって――なんて噂をしていたら、来たね」
携帯に来たメッセージを参考に到着時間を予想していたが、バタバタと騒がしい足音を聞いて顔を上げれば顔の良い男女がこちらへ走ってきていた。
「すまん! 遅れた!」
十六夜蓮が謝罪しながら駆け寄ってくる。
「先輩は器が広いので、みみっちいことは言わないと思いますが、一応、遅れたことは謝罪しておきましょう」
その後ろから現れた唯ちゃんが、どこか捻くれた口調で言葉を添えた。
いつも通りの二人のやり取りに、僕は自然と微笑んだ。
「いやいや、十分くらいなんてことないよ。電車が遅れてたんでしょ?」
「あぁ、そうなんだよ。待たせて悪かったな」
「全然いいよ」
実際、微塵も気にしていないので、気にするなと伝える。
「さて、これで全員揃ったな」
実は一番乗りで到着していた霧島先輩が、皆を見渡しながら口を開いた。
うん。今日のメンバーはこれで全員だ。
「では、早速出発を――」
「その前に。先輩、何か私に言うこと、ありませんか?」
せっかく休日に集まったというのに、大した挨拶もなく早速仕事に取り掛かろうとする霧島先輩に、唯ちゃんが待ったをかける。
彼女は赤い瞳で僕を睨みつけ、腰に手を当てて挑発的なポーズを取った。
「唯ちゃんに言うこと……?」
「んッ!」
何のことかさっぱり分からず首を傾げていると、唯ちゃんは不機嫌そうな表情で自身のスカートを指さした。
……あぁ、そういうことか。
「その服、初めて見たな。よく似合ってるよ、唯ちゃん」
唯ちゃんは微かに頬を染めてそっぽを向いた。
十六夜兄妹とは色々と交流が深いが、実はこうして休日に会ったのは初めてだ。
当然、唯ちゃんの私服も初見なわけで……暗に褒めろと言われていたのだろう。
少しフリルがついた赤い上品なシャツに、下は黒いスカートを履き、靴は茶色のパンプス。
赤と黒で構成された豪奢なコーディネートは可愛さと力強さがあり、彼女によく似合っていた。
とてもこれから破壊行為が行われるとは思えない格好だが、彼女の場合は指先一つで全てを破壊できるのだから、服装など大した問題ではないのだろう。
「……優斗君」
霧島先輩が出発の号令をかけようとしたその時、璃奈が僕の袖をそっと引いた。
「璃奈?」
俯いたままの彼女に問いかけるが、返事はない。その沈黙の意味に気づくのに、時間はかからなかった。先ほど、僕は唯ちゃんの私服を褒めた。目の前で彼氏が他の女の子を褒めているのを見て、何も感じないわけがない。
「璃奈、今日の服装、すごく似合ってるよ」
白いセーターの上に、グレーのチェック柄のジャケット。同じ柄のミニスカートに、黒のブーツ。洗練されたコーディネートは、璃奈の凛とした雰囲気と柔らかなオーラを引き立てていた。
「ありがとう」
頬を赤らめながら、璃奈は小さく微笑んだ。
「家を出る前にも言ったけど、何度でも言うよ」
「もう、優斗君ってば……」
照れたように僕の背中を軽く叩く璃奈。その様子を見ていた唯ちゃんが、兄の蓮に小声で囁いた。
「……兄さん。私、今なら契約の枠を超えてあの先輩を殺せる気がします」
「やめとけ。どうせ弾かれるだけだ」
呆れたように首を振りながら、蓮は妹の言葉を否定した。
あの二人のバカップルぶりも、既に見慣れたものだ。
いい加減に妹も学習すべきと思うのだが、強く言えないのは蓮もまたあの光景に想うところがあるが故か――
「……あー、そろそろ出発の号令を掛けていいか?」
霧島先輩の呆れたような声を聞き、慌ててそちらを向く。
流石にどこでもいちゃついていてはバカップルと言われかねない。(既に言われている)
自重していかなければいけないだろう。
「すいません。もう大丈夫です」
答えながら、そっと先輩の服装を見る。
白いTシャツの上に、黒のカーディガン。ジーパンとグレーのシューズ。以上。
……こういうとアレだが、他の面々と比較すると、あまり色気がない格好だった。
だが、モデルのような体型と、異国の血が混じった端正な顔立ちのお陰か、シンプルな服装が逆に彼女が持っている素の美しさを浮き彫りにしているようにも見える。
単にオシャレに興味がないだけだろうが、仮に興味を持って着飾れば、とんでもないことになりそうだ。
「では、予定通り出発するとしようか。各自、くれぐれも慎重に立ち回り、緊急の事態が起きれば最優先に連絡するように心掛けてくれ」
「「「「了解」」」」
全員で頷き、僕たちは早速行動を開始した。
♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰
さて、今回の作戦だが、僕はチームを以下の通りに分けた。
【Aチーム】
僕、璃奈、霧島先輩
【Bチーム】
十六夜蓮、十六夜唯(死王女)
まぁ、チーム分けなんてカッコつけた言い方をしたが、要するにいつもの面々で固まって動くというだけだ。
ただし、破壊する箇所については細かく指定してある。
まず、十六夜兄妹のBチームは一番北の柱を破壊しに行き、その後は時計回りに進んでいく予定だ。(12時→1時→2時→3時)
それに対し、僕たちAチームは南側から時計回りに柱の破壊を進めていく。
こうすることで、どこか別の柱でメフィラの妨害が入ったとしても、どちらかのチームが最短距離でたどり着ける可能性が高くなる。
少なくとも、どちらのチームが片付けるべきか優先順位がハッキリするだろう。
人数の関係上、どうしてもカバーしきれない場所は出てくるし、ど真ん中の学校の柱をいきなり狙われる可能性もあるが、そこは各自連携を取りながら上手く立ち回っていく他ない。
「“
「あぁ。分かった」
一つ頷き、霧島先輩は呼び出した銀色の刀を振り抜いた。
宙に浮かんでいた柱が両断され、砕け散る。
「ふぅ、これで2柱目ですか。順調ですね」
この街を囲うようにして設置されている関係上、どうしても移動距離が長くなってしまうことから破壊には時間が掛かってしまう。
十六夜蓮を除き、全員公共の乗り物なしでも素早く移動できるのだが、今日は街中を駆け巡る長丁場となる。
出来る限り体力を温存するためにも、地道に電車やバスを使って移動しながら破壊活動を実施していた。
「十六夜たちの方はどうだ?」
「えぇと……げっ、もう3柱目を壊したみたいです。早いですね……流石は死王女様」
携帯を見れば、早速唯ちゃんから連絡が入っていた。
『こちらは3柱目を破壊しました。先輩は何本倒したんですか? 言ってみてください。私より少なかったら契約を破棄しましょう』
答える義理はないので、既読だけつけてガン無視する。
携帯が凄い勢いで振動しているが、無視を決め込む。
あー、あー、聞こえない~。
「さて、次の柱を壊したらお昼休憩と行きませんか?」
「いや、私は――」
「ずっと動き詰めだと疲れちゃいますよ。それに先輩、僕がいないと柱が破壊できないじゃないですか」
「……分かった。であれば、昼休憩を取るとしよう」
少し不満そうだったが、霧島先輩は渋々と僕の提案を受け入れた。
3柱目も順調に破壊し終えた後、僕たちは少し歩いてから広めの公園にやって来た。
「ん? レストランじゃないのか……?」
「璃奈がお弁当を作ってくれたんです。先輩の分もありますから、一緒に食べましょうよ」
「私の分まで? ……すまないな、天羽。気を遣わせてしまって」
「いえいえ。二人分も三人分も大して変わりませんから」
そう言って璃奈は笑顔で持参してきたお弁当箱を霧島先輩に手渡した。
恐る恐るそれを受け取り、ベンチに腰掛けた彼女はその蓋を開ける。
「おぉ……これは、なかなか……」
霧島先輩が感心したような声を上げる。
中身は綺麗に作られた卵焼き、ミニハンバーグ、ポテトサラダ、スパゲッティにブロッコリーと、彩りよく健康にも良さそうなメニューだった。
ラインナップを見たら分かる通り、ニンニクを使った料理はない。
璃奈はそこまで陰湿な性格ではないし、この間の餃子で憂さ晴らしは終わったらしい。
最近はまた健康重視の食事に戻っていた。
「ありがとう、天羽。ありがたくいただく」
「いただきます」
「はい。召し上がれ」
先輩と二人、手を合わせて璃奈のお弁当に口をつける。
「うむ、美味いな。どれも味付けが絶妙だ」
「うんうん。いつも通り最高だよ、璃奈」
「ありがとう」
心底嬉しそうに微笑む璃奈の笑顔に癒される。
三人でお弁当をつつきながら談笑し、穏やかな時間が流れていく。
「あっ、見て優斗君。あの子可愛いね」
「本当だ。小学生くらいかな?」
お弁当も食べ終え、食後のお茶を楽しんでいる最中に璃奈が遊具の辺りを指さした。
土曜日の公園ということもあり、今日は家族連れが多いようだ。
小さな男の子がサッカーボールを蹴り、そして自分でそれを追いかけるという一人遊びをしていた。
「ご両親はどこだろうね?」
「トイレに行ってるんじゃないかな?」
「……」
食後で眠気を誘う中、男の子の奮闘を見守りながらそんな会話を交わす。
――と、不意に男の子が思い切り蹴ったボールがこちらへ飛んできた。
ボールは小さくバウンドし、そして霧島先輩の足元に転がる。
「ほら、先輩。ボール」
「あ、あぁ……」
何も言わずにボーッと眺めていた霧島先輩は慌ててボールを手に取り立ち上がった。
「……」
「ほ、ほら……」
ボールを受け取りに来た少年に恐る恐るボールを差し出す。
その動作はどこかぎこちなく、彼女が緊張していることが伝わってくる。
男の子も彼女の緊張を感じ取ったのか、恐る恐るといった感じでボールを受け取り――
しかし、そのまま立ち去ることはせずに真っすぐに先輩の目を見つめた。
「えっ、あ、と……」
どうしたらいいのか分からなくなったのか。
先輩はあわあわと視線を彷徨わせ、助けを求めるように僕たちの方を見た。
僕と璃奈は助け舟を出す――なんて野暮な真似はせず、ニッコリ笑顔でサムズアップを送った。
「お前たち……!」
助けてもらえないと悟った先輩が心底困ったような表情を浮かべる。
璃奈と二人でクスクスと笑いながら見守っていると、
「……ありがとう、ございました」
不意に、囁くような小さな声で男の子がお礼を口にした。
先程から見ている感じ、あまり表情が変化しない子で、どちらかと言えば内気そうな男の子だったが、しっかりとお礼を言えるいい子のようだ。
「い、いや……その、気にしなくていい」
霧島先輩は相変わらずあわあわと動揺しながら答えた。
男の子の方が堂々と胸を張っているので、これではどちらが子供か分からない。
動揺する大人っぽい女の人が物珍しかったのか、男の子は少しだけはにかむように笑った。
「――――」
霧島先輩がその時、何を想ったのか。
僕は彼女本人ではないので正確なことは何も言えないが……ただ、想像することは出来た。
きっと、思い出しているのだろう。
彼女のたった一つの執着。
消えてしまった陽だまりのような笑顔を。
彼女は男の子に向かってそっと手を伸ばす。
嘗てそうしていたように。
優しく、頭を撫でるために。
「あっ」
しかし、その手が頭に触れる寸前で彼女は手を引っ込めた。
まるで、自分の手が少年を汚すことを恐れるかのように。
「?」
頭を撫でられると思っていた男の子は不思議そうに首を傾げ――遠くから聞こえてきた大人の女性の声に振り向いた。
恐らく彼の母親だろう。
少年はこちらに向き直り、最後にぺこりと礼儀正しく頭を下げてから母親の元へ帰るためにトコトコと駆け出した。
その光景をじっと見守っていた霧島先輩は、男の子が母親と手を繋いで歩き出したのを見届けてから、腰が抜けたようにベンチに腰掛けた。
「霧島先輩、小さい子苦手なんですか?」
一連の流れを見ていた璃奈がニコニコ笑顔で尋ねる。
事情を知らない彼女からすれば、子供が苦手な霧島先輩が四苦八苦しているように見えたのだろう。
ベンチに深く腰掛けた霧島先輩は、疲れた表情で答えた。
「……あぁ。あまり、得意では、ないかもな」
そう言って、彼女は右手で顔を覆った。
どこか揶揄うような笑みだった璃奈の顔に困惑が浮かぶ。
「ねぇ、優斗君……」
「ちょっと、このままにしておこうか」
璃奈にそっと呟く。
彼女が何を考えているのか、恐らく僕は分かっている。
だが、それを口にすることはなく、ただ見守ることを選択した。
璃奈と二人、項垂れてしまった先輩をそっと見守りながら、お昼休みの時間を過ごす。
霧島先輩が再起動を果たしたのは、それから十分後のことだった。
♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰
「やれやれ、チームで柱の破壊を分担するという話だったのに、この有様はどうしたのです? 全く。これでは先輩の実力も底が知れて――なんですか? この空気は」
お昼休憩後。僕は午前中と同じように先輩、そして璃奈と一緒に柱を破壊して回っていた。
表面上はいつも通りのクールさを取り戻したように見える霧島先輩だったが、それでもやはり先程の一幕で思うところがあったのか、どうにも覇気がない。
そんな状態でズルズルと活動していても効率的に進むはずもなく、僕たちが4柱目を破壊し終えた時、唯ちゃんから「担当分は全て破壊し終えた」と連絡を受けた。
彼女ばかり働かせることになって申し訳ないが、今すぐにこちらへ合流して欲しい旨を伝えること十分後。
空を飛んできた唯ちゃんと合流し、そして妙な空気感を感じ取った彼女は眉を顰めた。
「ちょっと、色々あってね」
「……喧嘩する分には勝手ですが、こちらに迷惑を掛けるのは勘弁してほしいですね」
「それは本当にごめん。申し訳ない」
「先輩がここまで素直に謝るとは……なんか、気持ち悪いですね」
僕をじろじろと観察しながら、意外そうな顔をする唯ちゃん。
「ちゃんと謝ってこんなにディスられたのは初めてのことだよ」
「日頃の行いってやつですね」
「ハハハ……仰る通りで」
心当たりが多すぎて、何も言い返せない。
唯ちゃんは呆れたように溜息をついた。
「はぁ……先輩たちが何に悩んでいるのかは知りませんが、張り合いがないのもつまらないので、さっさと元に戻ってください」
「……ツンデレ?」
「違いますからッ!」
真っ赤な顔で否定をし、唯ちゃんは腕を組んでそっぽを向いた。
「まぁ、まぁ。せっかくここまで来たんだし、取り敢えずその物騒な柱を早く壊そうぜ?」
唯ちゃんと一緒に到着した十六夜蓮が妹を宥めながら僕たちが破壊しようとしていた5柱目の結界を指さした。
「ふむ。それもそうですね。では、不甲斐ない先輩たちに代わって私が仕事をこなすとしましょう」
唯ちゃんは大仰な仕草で頷き、組んでいた腕を解いて兄と同じように結界の柱を指さした。
“
「
その指から“死”の光線が放たれる。
あらゆるものを死滅させる悪魔の光は、あっさりと結界の柱を破壊した。
「流石は唯ちゃん」
「ふん。これくらい、当然です」
彼女ばかり働かせてまた不機嫌になられては困るので念のため煽てると、唯ちゃんは得意げに鼻を鳴らしてから、ドヤ顔で銃を撃ったカウボーイのように人差し指を立てて息を吹きかけた。
「ふぅ! カッコいい! 流石は最強の悪魔様! 」
「……なんか、適当に褒めてませんか?」
「まさか。そんなことはないですヨ」
ジト目で見つめてくる唯ちゃんに慌てて弁明する。
本当のことだ。適当に煽てておけばいいだなんて、そんな失礼なことは考えたことすらない。本当だヨ。
「……まぁ、いいでしょう。先輩の言動にいちいち気を張っていては身体が持ちませんから」
随分と失礼なことを言いながら、唯ちゃんは身に纏っている黒いスカートを翻して歩き出した。
「さて、残りは1柱です。さっさと破壊しにいきましょう」
「……うん。そうだね。行こうか」
彼女の背中を追うように歩き出す。
最後の柱がある場所。
「学校へ」
♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰
13柱の最後の柱は、この街のど真ん中にあるこの“聖西学園”にあった。
この学校に結界が設置されている理由は単純で、十六夜蓮がいるからである。
最初にこの結界を発動させ、十六夜蓮から霊力を吸収出来て条件を満たせれば御の字。
もし、彼の術式への抵抗が強く、霊力が足りなければ全ての術式を起動させてこの街の住人から魔力を搾り取るという二段構えになっているのだ。
「そういえば、メフィラと出会ったのはここだったか……」
璃奈に別れを切り出した数日後。
ここで原作の開始との差異を知るために銀色の十字架を使って結界の具合を確認していたことを思い出す。
当時は焦りで思考回路が鈍っていたが、今にして思えば随分と軽率な行動だったと思う。
まぁ、振り返ればあの行動のお陰でメフィラとの縁ができ、結果的に璃奈を救出することにも繋がったわけだから、人生というのは分からないものだ。
「あれ、結構人がいるな」
学校の校門前に到着したところで十六夜蓮が不思議そうに首を傾げる。
彼の言う通り、学校には土曜日にも関わらずかなり人が集まっていた。
「明日が文化祭本番だからね。追い込みで準備しているんじゃない?」
「そうか。もう明日の話か」
思い出したように呟く主人公。
原作からそうだったが、彼はこうしたイベントごとにはあまり興味がないらしい。
「みんなのクラスはもう準備終わったの?」
「もちろんです。私を誰だと思っているのですか?」
胸を張って自慢げな唯ちゃん。
「私のクラスも大丈夫だよ。いぬ――クラスの皆が頑張ってくれているから」
璃奈のクラスも順調なようで何よりだ。
……ところで今、不穏な単語が聞こえた気がしたんですが、気のせいですかね?
「霧島先輩のクラスはどうです?」
「……」
「先輩?」
「ん? あ、あぁ……すまない。何の話だ?」
「文化祭の準備ですよ。もう終わっているんですか?」
「あぁ、もちろんだ。抜かりはない」
声はいつものように凛としていたが、どこか上の空だった。
やはり、お昼休憩時の出来事がかなり尾を引いているようだ。
かなり繊細な人だし、メンタルをやられて思い詰めていなければいいのだが……。
「こんだけ生徒がいるのに、私服で学校に入るのはまずくないか?」
霧島先輩の状態に思いを馳せていると、十六夜蓮が自身の服装を見下ろしながら、不安そうな表情で言った。
確かに今日は皆、お洒落な格好をしている。
このまま学校に入れば間違いなく先生に問い詰められるし、同級生たちにもいじられること間違いなしだろう。
だが――
「問題ないよ。僕の“
困った時は“悪魔の屁理屈”。
これだけで大概のことは解決するのだから、本当に便利な能力だ。
認めるのも癪だが、流石は如月メフィラの能力と言うべきか。
そうだ。これから、アイツのことは“メフィラえもん”と呼ぶことにしよう。
――なんて、しょうもないことを考えながら5名で私服のまま学校の中に入る。
校舎裏まで歩いて行けば、最後の柱が浮かび上がって来た。
「霧島先輩。これを壊せばこの危険な結界は今度こそ起動しなくなります。――構いませんね?」
「……あぁ。そういう契約だからな。遠慮せず、やってくれ」
「分かりました」
彼女は彼女で覚悟を決めている。
であれば、こちらもそれに応えるべきだろう。
「唯ちゃん。お願い」
「分かりました」
死王女の力をその身に宿した少女が人差し指を持ち上げる。
「
鋭く、冷たく、そして静謐な光が放たれる。
それは死そのものを象徴するかのような一撃であり、
柱に触れた瞬間、音もなく砕け散った。
「……終わりましたね」
「……あぁ。これで、終わりだ」
こうして、原作で数多くの命を奪った凶悪な結界は完全に解除された。
霧島レイが背負っていた十字架は、その時ようやく地に落ち、
僕にとっても、自らの目的が果たされた瞬間だった。
これで終わりだ。
そう、終わったはずだった。
……なのに。
心の奥底で、何かが引っかかっている。
拭いきれない奇妙なざわめき。
言葉にも、形にもできない違和感が、静かに胸の内で蠢いていた。
まるで、何かを見落としているような――
“何か”が、まだこの世界のどこかで息を潜めているような、そんな気がしてならなかった。
♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰
長い一日を終えた霧島レイは家に帰宅した。
鞄を下ろし、黒のカーディガンを脱ぐ。
そのままベッドにダイブしてしまいたい気持ちではあったが、彼女はいつものように狭い家のクローゼットを開き、その奥に大切にしまっている小さな箱を取り出した。
蓋を開けると、中には幼い少年の写真が。
「……ユウ」
弟の名前を呼ぶ。
今日、公園で幼い少年を見た時、思わず彼のことが頭を過った。
霧島レイは写真を揺れる瞳で見つめながら、震える指で少年の頭をなぞった。
「もうすぐだ……本当にもうすぐでお前に会える。前みたいに、たくさんの人を犠牲にすることなく、お前に会えるんだ。もうすぐ、もうすぐ……」
譫言のように繰り返しながら、霧島レイは地藤優斗の言葉を思い出す。
『先輩は僕との契約を果たしてくれました。これで血の大公との契約はなくなったことでしょう。であれば、次は僕の番ですね』
地藤優斗は真剣な表情で、霧島レイに告げた。
『――三日後です。血の大公が期限と定めたその日に、僕は貴女の願いを叶えてみせます』
「三日……三日後だ。ようやく、お前に会える」
彼女はこの目的の為だけに生きてきた。
過去も未来も、全てを捧げて、たった一つの終わりにたどり着くために。
三日――その程度の時間など、もはや誤差に等しい。
「ユウ……再会できたその時には――」
古びた写真の中、穏やかな笑顔を浮かべる少年に向かって、
彼女は囁くように、けれど確かな決意を込めて言葉を放つ。
「――お前に、償わせてくれ」
それは誓いではなく、呪いに近かった。
たった一つの終着。たった一つの願い。
叶えるまで、霧島レイは止まらない。
止まることなど、許されないのだ。
「……ん?」
日課の儀式を終えたタイミングで、彼女の携帯が震えた。
剣道部を辞し、生徒会の肩書も捨てた今、連絡の来る相手など限られている。
まさか――地藤優斗?
すぐさま画面を確認した彼女は、思わず目を細めた。
「なに……?」
表示された名前は、全くの予想外だった。
迷いが、一瞬脳裏を掠める。だがその躊躇は、何かに引かれるように掻き消される。
予感があったのだ。
彼女の吸血鬼としての鋭敏な感覚が、何かを訴えていた。
レイは通話ボタンを押し、ゆっくりと耳に当てる。
「……霧島レイです」
『やぁ、こんばんは――』
艶やかなアルトの声が耳元から流れ込んでくる。
まるで深い夜を泳ぐような、軽快で不気味な声だった。
『――いい夜だね、お嬢さん』
電話の主である少女――如月メフィラは、そんな挨拶を口にした。
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