第23話 揺らす言葉
彼は依然としてポケットに手を突っ込んで、彼女を睨みつけたままだ。いくら思春期真っ只中とはいえ、初対面の女性に対してここまで高圧的な態度の彼を黙って見過ごす訳にもいかない。
さっきまでの俺に対しての態度といい、一度キツく言ってやろう。そう思い口を開いた俺を遮ったのは彼女の声だった。
「ぼく、お名前は?」
話し方も声も、優しいはずなのに、何故だろうか。いつも彼女と話す時に感じる心地良さを、今は感じない。
「・・・は?それ、俺に言ってんの?」
喧嘩腰な態度は変わらずだが、彼の声色からは困惑していることが僅かに感じられる。出遅れてしまったが俺も彼に言う。
「友達じゃないんだから、言葉遣いを改めろよ」
「いいんだよ、私は大人だからね。これくらいで怒らないさ」
そう言うと彼女は、少し屈んで彼と目線を合わせた。彼女の貼り付けたような笑顔を見て今更ながら、ある事に気づく。
「ぼく、人に名前を聞く時は自分から名乗るのがマナーなんだよ」
彼女は怒っていた。彼の失礼な言い方か、それとも舐めたような態度か。優しい彼女の怒りを誘発した原因が何かは分からない。
「はぁ?なんで俺がお前に名乗らないといけないんだよ」
「ちなみに私も同じ気持ちだよ?」
女の人を怒らせたら怖いだとか、普段優しい人を怒らせたら怖いと聞いたことがある。それなら普段優しい女の人が怒ったらどうなるのだろう。彼女の言葉や表情、行動の一つ一つにどこか圧を感じる。
彼は決して臆す様な素振りは見せないが、少し怯んだのか最初ほどの勢いがなくなっているようにも見える。
「なんかもういいわ」
ため息混じりに彼は言って、俺と彼女の間を割り込むようにして通り抜ける。
「また女の家に居候してんの?」
通り抜けざまに彼は言った。俺は勢いよく彼の方を振り返る。
「もう一回言ってみろよ」
込み上げる怒りを噛み殺して、冷静を装いながら俺は言う。しかし彼は何も言わず、立ち止まりもしない。
俺は遠くなっていく彼の背中を見つめることしかできなかった。
俺たちは今、駅のホームで椅子に座って帰りの電車を待っている。彼が去った後、俺も彼女も口を開いていない。
このぎこちない雰囲気のせいか、駅のアナウンスや電車が通過する音が普段よりうるさいように感じる。
「さっきの子が弟くん?」
先に沈黙を破ったのは彼女だった。俺は彼女の方を向く。
「そうです、礼儀がなってなくてすみません」
「ふふ、なんで君が謝るの?」
彼女の柔らかな笑顔を見て俺は安心した。
「不快な思いをさせてしまったので」
「私は気にしてないよ?」
彼女はそう言うが、彼と話していた時は怒っているように見えた。少し茶化すような言い方で彼女に聞いてみる。
「でも先輩、怒ってませんでした?」
「えー、そうかな」
彼女は少し笑いながら空を見上げた。空を見上げたまま目を瞑って、考えるような素振りを見せる。
「うーん・・・そうだね。私、少し怒ってたかも」
冷たい風が彼女の髪を撫でた。綺麗な茶髪を揺らして彼女は言う。
「君の顔がね、困ってるようにも怒ってるようにも、悲しんでるようにも見えたの」
「俺が・・・ですか?」
彼女は俺の方を見ると、優しく微笑んだ。
「あの子は君の弟だから、仲良くしないとって思ったんだけどね。・・・だめだった。君にあんな顔をさせる子とは仲良くなれないよ」
どこか困ったように彼女は笑った。その笑顔から目が離せない。どうしてこんなにも、彼女の言葉は俺の心を揺さぶるのだろうか。
彼女はおもむろに立ち上がると俺に言う。
「電車くるよ、帰ろ?」
「・・・はい、帰りましょうか」
俺は目を擦りながら立ち上がると、黄色い線をつま先で踏んで立つ彼女の横に並んだ。
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