2話 悪夢

セリオスたちは、さらに奥へと踏み込んでいた。


空間の輪郭は崩れ、地と空の境も曖昧になる。

その先で、確かな“気配”が彼らを待っていた。


「……何かいる」


ライゼが足を止め、言葉少なに警告する。


「来るわよ。ノワヴィスとは比べ物にならない……この圧、まともじゃないわ」


ミレアが盾を握り直す。


そして――“それ”は現れた。


空間が割れるように裂け、そこから巨大な“影”が姿を現す。

腕とも脚ともつかぬ、捻れた肢体。

無数の眼が、同時にこちらを見ていた。


「っ……なんだあれ……!」


シュリオが思わず後退る。


「……グランデルム」


セリオスの声だけが、静かだった。


神の夢の核にして、悪夢そのもの。


この世界に蓄積された全ての“恐れ”と“忘却”が、形を持って現れた存在。

それが、この最終崩壊域の主――グランデルム。


「うごっ……!? っ、あれ……なんだ……視界が……巻き戻ってる……?」


ガルドが地面に片膝をついた。

彼の視界に、直前までの動きが重なって見える。


「なにこれ、これは……私の、いえ世界の記憶?」


ミレアが呻くように言う。


(神の記憶が、こちらに流れ込んでる……)


セリオスは、目の前の存在を見据えた。

そこには“意志”のようなものはなかった。

あるのはただ、“概念の塊”としての存在。


「攻撃は通るのか? これは……」


ガルドが斧を構えるが、足は地を踏めていない。

地面そのものが歪み、触れた瞬間に“時間”が巻き戻るような錯覚を生む。


「試すっ!」


ライゼは風を纏った短刀を飛ばす。

だが、短刀は空間に吸われるようにかき消えた。


「記録者よ……なぜ、ここに来た」


空間が震え、言葉にならぬ音が、セリオスの脳に直接響く。


「俺の役目だからだ」


セリオスは前へ出る。

その一歩ごとに、周囲の空間が静かに反応する。

“記録の波動”が、異形の中枢へと流れ込んでいく。


(これが、記録が鍵か)


グランデルムの動きが鈍る。


その隙を見逃さず、ミレアが駆ける。

盾で空間を押し裂くように踏み込む。


「通すかっ!」


ガルドが斧を振り抜き、歪んだ肢体を裂いた。

手応えはあった。だがすぐに、その傷跡が逆再生のように閉じていく。


「再生じゃない、様子がおかしい……どうなっているの!」


セリオスが静かに呟いた。


「記録を上書きしているんだ。傷をなかったことに……」


「なら、上書きできない“記録”を刻むまで」


セリオスの剣が、黒と白の光を帯びて閃く。


一閃。


グランデルムの身が、初めて明確に反応を見せた。

空間に亀裂が走り、その中央に、かつて夢の回廊で見た紋様が浮かび上がる。


「……見えた。核は、ここだ」


セリオスがそう言ったとき――


彼の視界が、一瞬だけ反転した。


見えたのは、過去でも未来でもない、神の記憶。


祈る声。忘れられる恐怖。孤独。

ひとつひとつが、確かにこの異形を形成していた。


(これは……記録と同時に、“解放”しなければ)


セリオスはその場に立ち止まり、静かに剣を構え直す。


「俺は、“記録者”だ」


その言葉に、神の夢が静かに揺れた。

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