第1章 灯火

第1章 第1話「無音の荒野」

気配が、濃くなった。


視界の向こう、大気がわずかに歪む。

そこには、色も音も、生命の気配もなかった。


空は乾ききり、灰色に沈んでいる。

地には草もなく、砕けた石片がわずかに転がる。

鼻を刺すような、乾いた鉄錆びの匂いが漂っていた。


セリオスは、背に負った剣にそっと手を添えた。


崩壊域の空気は、じわじわと皮膚を削るような圧を帯びていた。


――ここから先は、引き返せない。


呼吸を整える。

それだけで、心音が耳の奥に響いた。


(恐怖はある。だが、迷いはない。)


乾いた風が、頬を撫でる。

だが、その感触さえ、どこか現実感を失っていた。


蠢く影。

ありえない角度で曲がる、異形の肢体。


影は、音もなく間合いを詰める。


セリオスは、静かに一歩、踏み込んだ。


剣を抜くのは、その瞬間――必要になったときでいい。


今はただ、この無音の荒野の中、

己の意思だけを、確かに研ぎ澄ませる。

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