第45話 謀略蠢く試合(ジーデル視点)

 かつての僕は無知だった。

 お爺ちゃんみたいに美味しいパンを焼くなんて誰でもできるんだって。

 僕も同じ家で、同じ素材で、同じ環境で焼けば村の人たちなんて簡単に虜にできるのだと。


 しかし現実は甘くなかった。

 あの石窯ではお爺ちゃんのパンを再現するどころか、満足いくものさえ焼けなかった。

 村人たちは「美味しい」だなんて言ってくれたが、上辺だけの言葉なんて不愉快なだけだ。


 だから僕はあのお爺ちゃんの家を捨てた。

 あんなロクでもない石窯なんかよりも、高級な魔導窯を使った方がずっと美味しく焼けるんだってね。


 そして、この最高級の小麦さえあれば、負ける理由など何一つないのさぁ……!

 ククククッ!


「しかし、場所は本当にここでいいのかい? この家の窯じゃロクなものが焼けないだろうに」


「ああ、構わない。この家の石窯で焼いたパンで勝たなければ意味がないからな」


 ハッ、馬鹿なオヤジめ。

 自ら勝負を捨てるつもりか?


 僕は知っているんだ。

 あの窯は昔から長く使い込んでいて経年劣化が進んでいる。

 おまけに意図しない仕上がりが度々起こる「呪い」みたいなのがかかってやがる。

 そんなものを使ってロクなパンが焼けるわけがない。


 ……だが本人がどうしても、と言うのだから仕方ないね。

 これで勝負に負けても言い訳できないよぉ~? クククッ!


「では始める前に、僕が呼んだ審査員の方々をご紹介いたしましょう」


「ジーデルさんがお呼びしたのはこちらの方々! いずれも貫禄のある風貌ですね!」


「まずは左から、調理者ギルドマスターのファジド氏。6年もマスターの座を続け、多くの公認料理人を輩出した御仁です」


「うむ。ジーデルより要請があって馳せ参じた。よろしく頼む」


「中央におられるのが皇都の最高級レストラン〝ヴェシェンヌ〟の調味指導者ディレクター、メイネス氏」


「ホホ、味には妥協しませんのであしからず」


「そして右の御方が料理人のみならず食材専門の商人も手掛ける流通のプロ、アリヤン氏」


「ファファファ、楽しみやのう!」


「随分とまた錚々そうそうたる面々だな」


「いずれも実力で成り上がった方々ですからね、審査にこれ以上うってつけの方はいらっしゃらないでしょう。ですので安心して全力を出して構いませんよ?」


「善処しよう」


 フッ、善処なんて無駄さ。

 なにせ君に勝ち目は何一つありやしないんだ。


 なぜなら、彼らは僕の息がかかった人物なんだからねぇ……!


 彼らに取り入るのには実に苦労したよ。

 しかし幸い、彼らと僕の思想は同調していて、意気投合するには時間がかからなかった。

 おかげでA級調理者になる後押しもしてもらえたし、高級食材を都合してもらえるツテにもなったんだ。


 そう、つまり料理とはコネ!

 僕にまず必要だったのは肩書と同志だったのさぁ!


 そしてこの戦いに勝利した時、僕の明るい未来は不動のものとなる……!


 惜しむらくはその輝かしい瞬間をエルデさんに見せられないかもしれないことか。

 ああエルデさん、あなたはいったいどこに行ってしまわれたのでしょう?


「――以上、6名+αの審査員紹介でした! という訳で、そろそろ本番の時がやってまいりました! では、リアンさんとジーデルさんによるパン作り対決、調理開始してくださいっ!」


 おっと、考え込んでいて有象無象のことを聞きそびれたか。まぁいい。

 結局は僕の前にひれ伏すことになるのだからね。


 さてと。

 調理を始める前に、あちら側の食材でも観察してみるか。


 ……どうやらあのオヤジはコナリア産の小麦粉を使うようだ。

 それ以外の食材も至って普通だな、いずれもこの村近辺で得たものだろう。

 とことん自分のこだわりを貫くらしいな、殊勝なことで。


 とはいえ一部食材は加工済みか。

 刻んだベーコンに白いチップ状の何か……得体は知れないが怖いことはない。


 なぜなら、僕の用意した食材はすべてが高級食材!

 こんなちっぽけな村の食材では到底敵わない、アリヤンが厳選した一級品ばかりなんだからなぁ!


 スバシア共和国の程よい乾燥地帯で育ち、土地ならではの旨味を凝縮した小麦粉!

 北方高地の一画で高級飼料を使って育てられた乳牛のバター!

 水すら妥協しない、美しいほどに透き通ったエブトラ山脈産の天然水だ!


 そして極めつけはこの乾燥酵母!

 今どきのパンと言えばこいつが無きゃ始まらないっ!


 もちろん他の食材においても一切ぬかりなし。

 すべてにおいて食材ランクAを誇り、それを仕立てる僕も最高峰の職人さ。


 その職人がこう仕立てれば……ほら見ろ、生地すら美しい仕上がりとなる!


 ふふ、アリヤンが老獪な目で僕を睨んできているな。

 でも安心したまえよ、僕とあなたの食材であれば絶対に負けは無いのだからね。


「さぁて、仕込みも佳境に入ったようですね! 生地を練り上げたリアンさんが一足先に石窯へ向かいます!」


 ふふ、しかも据え置きの古臭い石窯だから手間も大きい。

 けれど僕の窯はそんな旧時代の遺物とは訳が違うぞ。


「ここでやっとジーデルさんが生地を作り終えたようです! しかしこちらの窯は小さくて車輪まで付いているようですが……?」


「焼くことに支障はないよ。なんたってこれは魔導具の竈門だからね」


「「「魔導具の……!?」」」


 ギャラリーが驚いているな。無理もない。

 なにせこいつは焼き上がりまで管理してくれる最新式の魔導具だからね。


 あとはこうやって素材を入れて、と。

 最後に僕好みに設定すれば待つだけでいい。


 そうすればほら、僕自慢の最高級パンの出来上がりさぁ……!


「おおっとぉ! どうやらジーデルさんのパンが先に焼きあがったようだーっ! さっそく美味しそうな香りが辺りに広がってきたぞーっ!」


「「「なんていい香りなんだ……」」」

「「「これが公認職人のパンの香り……」」」


 ふふふ、村人たちの腹の音が聞こえてくるかのようだ。

 一心に視線を向けてきて実にさもしいね。


 でもこれは選ばれた者だけが食べられる代物。

 残念だが、その権利を得ているのは審査員たちだけなのさ。


「焼きたてのパンこそ至高! そういう訳でさっそく審査員の方々に食していただきましょう!」


 本来は村長のババアやガキ、農民にはもったいない代物だ。

 しかし審査員となったなら、惜しいが差し出すとしよう。


 パンを皿に盛り、各人にふるまう。

 ガキどもも一個で十分だろうさ。


「さぁ召し上がれ、このA級職人が誇る最高のパンをっ!」


「こ、これは……ロールパン、かしら?」


「ええそうです。やはり素材の味を活かすには一番オーソドックスなものがよいと思いましてっ!」


「「「ほほう」」」


 そう、細工などいらない。

 すべてにおいて最高の素材を使っているからこそ、単純な仕上がりが引き立つ。

 その上で勝利すれば、単純なものにも勝てない愚かさが際立つというものさぁ!


「うむ、やはりパン職人の作品だけあって舌触りから違うな。このしっとりとした触感がたまらぬ」


「ほんのりとした甘みと香り、そして優しさ。さすがジーデルさんと言わざるを得ないざます」


「素材の良さを存分に生かしておる! いやぁいい味わいじゃのぉ!」


 ふふ、予定調和とはいえ、おだてすぎですよ御三方。

 あまりにわざとらしいと八百長なのがバレてしまいます。


 まぁもっとも、口裏を合わせなくとも勝てる勝負なのですがねぇ。


「あらま、本当に美味しい……口の中で溶けるみたい」


「なんかものたりなーい」「パンの味だけー」「つまんなーい」


「こんなパンがあるものなのですな、驚きですわ……」


 雑音も聞こえるが、まぁガキどもの舌には最初から何も期待していない。

 ただそれ以外の感触は上々だな。


「おっと、試食している間にリアンさんのパンも焼けたようです! さっそくやってまいりましたよ!」


 おや、あいつのパンも出来たか、どれどれ?


 ……なんだ、普通のパンじゃないか。

 仕上がりこそ僕のパンと似たロールパンだが、それ以外はやや大きいだけで普通だな。

 しいて言うならガキどもの分が多いくらいだ。


 ただ香りがほんの少し違うな?

 なんだこの薫香は? 肉でも仕込んでいるのか?


「これは……惣菜パンかね?」


「ええ、中に自慢の具材を仕込んで焼き上げたとっておきの自信作です!」


「ふむ、まぁいい。いただこう」


 総菜パンとは愚かな。

 わざわざパンの風味を殺してしまうものを作るとは。

 そんなものでは村人は騙せてもプロの舌は騙せないよ。


「おや、この味わい……なんだか不思議な感触ざます」


「なんじゃ、こう、胸の奥から高揚してくる感じは?」


「わからんが、初めての感覚だ……」


 なんだ? ファジドたちの反応が妙だな。

 美味しいという雰囲気ではないが、戸惑いを隠せないようだ。


「あらあら、これもこれで美味しいわねぇ。さすがリアンさんのパンですこと!」


「おいしー!」「いっぱい味するー!」「これ大好きー!」


「まさかここでリアンさんの新作を食べられるとは思いませんでしたなぁ」


 村側の反応は想定内だ。

 ただ気掛かりなのはやはりこちら側の審査員か。

 妙な気を起こさなければいいのだけど。


「さぁ、これで審査員が双方のパンを食しました。それでは判定をお願いします!」


 ババァどもがいくら協議しようが無駄だ。

 判定は最低でも引き分け、例えそれでもプロ直々に説得交渉が入り、僕の勝ちは揺るがない。


 それになぁ、僕にはもう一つ秘策があるんだよぉ……!


「やはり私はジーデル氏のパンを推す。あの味わいは並みでは出せぬものだからな」


「ワタクシもざます。高級職人でなければ叶わない良いお仕事でしたわ」


「うむ、食材も実に素晴らしかった。さすがA級は違うのぉ!」


「確かにジーデルさんのパンは美味しかったですが、やっぱりわたくしはリアンさんのパンの素朴さが好みですのよ」


「はいはーい! リアン先生のパンがいいでーす!」


 よし、御三方はしっかり打合せ通りに判定してくれた。

 これでいい、これで。


 後はあのオヤジの顔を眺めながら最後の判定を聞くとしようかぁ……!




「オラ、やっぱジーデルさんのパンの方が美味しいと思う」




 あは、あはははははははは!!!!!

 そうだ、その顔だよクソオヤジ!

 僕はその驚く顔を待っていたんだ!

 バカめが、村人全員がお前の仲間だと思っていたのか!?


 違うねぇ、あのザルボも僕の息がかかった刺客なんだよおおお!!!

 ちょいと報酬をちらつかせれば簡単に言うこと聞いてくれたのさあああ!!!!!


 あぁ~~~最高だなぁ、この瞬間はぁ!

 弱者が自分の力を思い知り、絶望する顔はいつ見てもたまらなぁい!


 今日までにたくさんの同業者を蹴落としてきたけど、やっぱりこの瞬間が一番の快感だぁ~……!


「そんな、まさかリアンさんが負けた……?」

「じゃあもうあのパンは食べられないってこと……?」


 ハッ、弱者どもがいくら嘆こうとも結果は変わらないんだよ、バカめ。

 この結果を覆せるのは神か悪魔か、それらに匹敵するほどの権力者くらいだろうよぉ!


 ざまぁないな!

 はは、はははははははっ!


「そぉの勝負、ちぃと待ったらぁーーーーーーッ!!!」

「「「ッ!?」」」


 な、なんだ? 誰だ?

 この神聖な勝負に口出ししてくる奴は!?


 咄嗟に振り向けば、道の向こうに二人の人影。

 何者だあいつらは!? この期に及んでいったい何のつもりなんだ……!?

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