第33話 旧知の友、その名は――

 アサシンギルドと言えば、非合法かつ法外な金額で暗殺を請け負う闇組織。

 歴史こそ浅いが、この国だけでなく他国でも活動する団体だと聞く。


 ただし、だからといって悪人の集団とは限らないが。

 少なくとも、彼らにも暗殺に至るまでのルールと矜持があるようだ。


「我らにはお前と争う意思はない。お前と関われば我らそのものの存在価値が揺らぐと判断したからだ」


「なるほど、多くを知った上での判断か」


「一方でダンダルトの行いは目に余る。そこで取引といこう」


 静かな店に囁きと酒の注ぐ音だけが流れる。


 その間のエルデからは吐息の音しか聞こえない。

 空気を読んでくれているようで助かるよ。


「奴はお前に一泡吹かせたいとギルドに依頼してきた。それ故、奴に復讐心があるのはもはや明白。今後もお前に危害を加えようとしてくるかもしれない」


「それで?」


「そこで提案として、お前からダンダルトの暗殺依頼を出してほしい。そうすれば我らは喜んで奴を始末するだろう。そしてお前は平穏を得る。悪い話ではあるまい?」


「ふむ……」


 なるほど。

 アサシンギルドとしては、ダンダルト候を暗殺できる理由が欲しいのだな。

 それほどまでにダンダルト候の最近の行いは良くないか。


 突然の辛気臭い話だが、対して差し出されたお酒はのど越しもよく美味しかった。

 おかげでこちらも気分を変えて答えが返せるというものだ。


「確かに悪い話ではないな。だけど、俺にはそんな依頼は出せない」


「……」


「むしろ好きにさせておけばいいさ。君たちには目障りかもしれないが、彼の復讐的行為が逆に彼自身を追い詰めていく。自滅するのを待つだけで俺は充分だよ」


「……そうか。では邪魔したな」


 そう、何も手を下す必要はないのだ。

 俺にしてもアサシンギルドにしても、今が鬱陶しいだけで、いずれ気にもならなくなる。

 ダンダルト候の立場なんて衰退しきって影響力など無いのだから。


 そう気付かされた以上、男ももう用は無いのだろう。

 俺の酒も飲まずに静かに席を発ち、退店しようとする。


「まぁ待てよ。せめて一杯くらい飲んでいけって」


「こちらの話は終わった。これ以上居座るつもりはない」


「けど俺にはある。〝ラクシーニュ〟の奴は今も元気にしているか?」


「――ッ!?」


 俺の一言が男の動揺を呼んだようだ。

 即座に足を止めると、再びゆっくりと隣に座る。


「……首領は多忙の身だが、我らを上手く統率してくれている。暗殺者に似つかわしくない、我らの象徴たる月のような存在だ」


「ああ、彼女はいつもどこでも明るく振舞ってくれていたからなぁ」


「あの方はお前のこともよく気にかけていた。だからこそ我らの総意は決まったようなもの。故にお前の決定には残念でならない」


 不満は大きいだろうな。

 今の彼にとっちゃアサシンギルドは信奉的存在で、それをあんなゴロツキを使って穢されれば黙っていられる訳もない。


 そう言わんばかりに男は一杯の酒を一気にかっくらい、ゴトリとグラスを置く。


「しかし今の話でお前という存在がよく理解できたと思う。なるほど、首領が一目置く訳だ」


「ありがとう。暗殺には加担できないが、もし今後何かしらの合法的な手伝いができそうなら協力は惜しまないよ」


「……我らとしては二度と会いたくないものだがね」


 男は最後の一言を皮切りに再び席を発ち、酒場から出ていった。

 エルデもロナーさんもそんな男には一目もくれず、酒をちびりと舐めたり、空いたグラスを拭き始めたりと静かにしてくれている。


「ったく、何もこんな酒の場にまで来なくてもよかろうに。マスター、もう一杯だ」


「まぁそう言うなよ、このタイミングしか無かったのだろうさ。あ、俺もね」


 酒場ほどこういうヒソヒソ話にうってつけの場所はないからな。

 マスターも(赤の他人には)口が堅いし、エルデは一応心が知れている仲だし問題はない。


「しかしゾッとしませんねぇアサシンギルドだなんて。リアンさん、そんな所といったいどんな関係なのです?」


「直接的な関わりは無いよ。ただ今の首領と昔馴染みってだけさ。アイツとは昔パーティを組んでいたことがあったからね」


「はぁ~なるほど、それで……」


「それはぁ~私と出会う前かぁ? 後かぁ?」


「後だな。16年前にエルディン王国で一仕事を終え、このル=メギアに渡った後に知り合って意気投合してな、思い切ってパーティを組んだのさ。当時のアイツはまだ軽業士として登録されたばかりの新米冒険者だったんだ」


 思い出してみると懐かしいな。

 この大陸に来ることになって、元のパーティも解散して、一人で寂しかったっけか。


 でもそんな時にラクシーニュに出会い、助けられた。


「あぁ、みんな元気にしているかなぁ……」


「別のお仲間もまだこの大陸に?」


「おそらくは、ね。一人はル=メギア貴族なもので離れられる訳もないんだが、簡単に会いに行けない立場でもあってね」


「おやおや、貴族と暗殺者が共にいるとはこれまた不思議なパーティですなぁ」


 この大陸にいた4年間でパーティを組んだ仲間は全部で5人。

 誰もかけがえのない大切な友だった。


 時間が許すならまた会いたいのだ。

今はもうそれぞれの立場ってものがあるからそう気軽にもいかないが。


「リアンさんって実はなかなか顔が広い御方なのですなぁ」


「長い年月をかけて幾つかのパーティを経たから多少はね?」


「わぁ私だって負けていないぞぉ! この大陸にも我が眷属がぁ~~~!」


「お、おいおい、もう酔い始めたのか? 幾ら何でも弱すぎないかぁ?」


「そりゃリアンさんが話し込んでいる間に10杯はおかわりしていましたからねぇ」


「な、なにぃ!? 10!? おいおい、いくらなんでもおかわりし過ぎだろう!? いつの間にかジョッキに変わっているし!?」


「そりゃもう息をするかのごとく行っていましたからさぁ」


 さっきの暗殺者とはあんまり長く会話してなかったはずなのに、いつの間に……。

 も、もしかしてさっきの吐息は酒を飲む音だったのかぁ!?

 会ったばかりの時もそうだったが、エルデの奴サイレントスキルだけは立派すぎるだろう……クッ!


 ……まぁいいか、ふにゃふにゃだが楽しそうにしているし。

 俺としても色々聞けて収穫はあったからな。

 予想外の出費だったが、今日一日を振り返ればお安いものだ。


 そう自分に言い聞かせつつ、少し飲んだ後に酔ったエルデを抱えて店を出た。

 その後はあまり覚えていないが、エルデの家の中がやたら毒々しかったのだけは印象深くて忘れられそうにない。

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