愛してるって言ってるんすよ
しお しいろ
第1話
「ちょっと
「はっはっはハルヤ君、何を言うのかねこれからだよ」
肩をがしりと組みながら片手に缶ビールを持つ先輩を見て、ハルヤは小さくため息をつきながら自分もオレンジジュースのプルタブに指をかけた。
ーーおう、なんでも、聞いてくれよな!
入社当初、右も左も分からずおどおどしていたハルヤに対し、にっと笑いながら明るく声を掛けてくれたのが五つ上の先輩である只野だった。
只野は常に気持ちの良い豪快さを持っていた。
朝は遅刻ギリギリに到着し、昼はランチを大盛りでもりもりと食べる。午後のミーティングはたまに居眠りをしていて、肘でつついて起こすことがハルヤの役目だった。
そのくせ自分の仕事はいつの間にか出来上がっており、ハルヤが半分泣きながら資料とPCを交互に眺めていると知らない間に半分請け負ってくれる。
ありがとうございます、と頭を下げると「貸しひとつな!」といつも笑っていた。もう何個貸しができているのだろうか。
「……僕ってどう考えてもモブだし、ていうかいじめられていたので、只野さんみたいな人と仕事してるなんてなんか変な感じっす」
以前、飲み会でぽろっと言ったことがあった。
その昔はいわゆるいじめられっ子で、大きな怪我をした経験こそないものの、無視をされたり、物を隠されたり、クスクス笑われたり、やんわりと人から悪意を向けられてきたので、ハルヤはどことなく自分の価値について懐疑的だった。
小中は地獄だったが、高校は少し遠くて大きな学校を選んだので、主犯格とは顔を合わせることもなく、また校風も穏やかだったためいじめられることはなくなった。特に好かれることもなく嫌われることもなく、ぼんやりとそのまま日々を過ごした。
「モブとかモブじゃないとか関係あんの?」
「いやあ、ありますよ……只野さんは絶対主人公だし……」
ぶはっと只野は吹き出す。
「俺が主人公か〜!ジャンル何?アクション?俺がかっこよく敵なぎ倒しちゃう的な?」
「何ですかそれ」
シュッと酔っぱらってヨロヨロのパンチを空中にお見舞いする只野を見て、思わずハルヤも笑ってしまった。
「目に見えない怪我もあんだよ。ハルヤを傷つけたやつは俺が全員ぶっとばーす」
只野はそう言いながらあっひゃっひゃと大きく笑って酒をこぼした。
ああああすみません、何か拭くものを……と慌てて店員さんに頼みつつ、「ちょっとしっかりしてくださいよ!」と呆れた表情で只野を見つめた。
そして、いじめられていた時、只野と一緒にいられたらどんなに良かったか、などと思った。
「ちょーどいいベンチ発見ー、座ろうぜ」
こちらの答えも聞かず、ヨロヨロと只野がベンチに座る。
仕方ないな、と思いながら、ハルヤも隣に腰を下ろした。
柔らかくて少し肌寒い風が頬を撫でる。顔を上げると、桜並木が並んでいた。
「桜、きれいですね」
「あーこの辺きれいなんだよ。人あんまりいないからベストスポット」
「あ、もしかして見せようとしてくれました?」
まあなー、と言って只野はビールを一口飲んだ。
「さては相当女の子ここに連れてきましたね」
ピンときた顔でそう言うと、ふふ、と只野は笑顔を見せた。
「いつからだっけ」
何ともないように顔を上げ、只野はゆっくりと聞いた。
「……来週には、自分のデスクを整理して、ですね。只野さんには本当にお世話になりました」
「何言ってんだよ、出世じゃねえか」
下げた頭にぽんと大きな手を乗せられる。
入社して五年。
とにかく手当たり次第受けて内定がもらえたメーカーの営業職は意外と肌に合っていたようで、いつの間にか時間内に仕事が終わるようになり、好成績を維持できるようになり、先輩である只野と並べるようになり、そして……ウチへ来ないか、と大きな会社から誘いがきた。
悩んだ。当たり前だが今よりも高待遇で、もっと大きな仕事だ。自分なんかが務まるはずがない。僕は只野さんみたいに明るくない。元気もない。自信もない。ていうかドッキリかも。
と、只野さんに相談すると、今と同じ変わらない笑顔で頷いてくれた。
「ハルヤはさぁ、自分じゃ気づいてないかもしれないけど繊細で丁寧なんだよ。相手への気遣いも細やか。なんつーか得意不得意はあるけどよ、先方はハルヤのそういうところをきちんと見てくれている。それだけでじゅうぶん見る目があるよ」
只野さんはいつも褒めてばかりだ。叱られたり怒られた記憶がない。
「ありがとうございます」
じわりと溢れる涙を拭きながら、ハルヤは小さく頷いた。
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