第3話 獣王の牙

ガルダが咆哮をあげるや否や、その巨体が地を蹴った。突風のような風圧と震える大地――戦いは、突如として牙を剥いた。獣人特有の圧倒的な瞬発力と、鋼のような拳がソウマに襲いかかる。


「――ッ!」


ソウマは瞬時の判断で側転し、迫り来る拳をかわした。だが、その拳が大地に叩きつけられると、地面が砕け、巨大な衝撃波が周囲に広がる。吹き飛ばされそうになりながらも、ソウマは即座に体勢を立て直し、間合いを取った。


「おっと、ずいぶん荒っぽい挨拶だな」

「これは殺し合いだ!」


ガルダは低く唸りながら、再び間合いを詰めた。巨体とは裏腹な俊敏さで鋭い爪を振り抜き、一瞬でソウマの首元を狙う。


「ッ、速ぇな!」


ソウマは間一髪でかわし、刃を返して反撃に出た。双剣の斬撃がガルダの腹を捉えるが、分厚い毛皮に阻まれ、手応えはほとんどなかった。


「――チッ、硬ぇ」

混血インフェルの牙なんざ、この俺には届かねぇよ!」


ガルダは低く笑い、力任せに再度突進する。ソウマは巧みに相手の巨体をかわしながら攻撃を繰り返すが、ガルダの経験と直感は鋭く、決定打を与える隙を許さない。


「やるじゃねぇか、ガルダ……だが、こっちも負けてられねぇ!」


ソウマは目を細め、呼吸を整えた。そして一気に間合いを詰め、風のように動いてガルダの懐に潜り込むと、一閃。双剣が風を切り、ガルダの肩口に深く食い込んだ。


「……ようやく、効いたか?」


だが、ガルダは傷に怯むどころか、不敵な笑みを浮かべた。


「フッ……なかなかいい斬撃だ。だが、まだまだだ!」


ガルダは巨体を回転させ、反撃の蹴りを放つ。ソウマは寸前でそれをかわしたが、空を裂く音が耳元をかすめ、その威力に思わず冷や汗を浮かべた。


「……タフで、しぶといヤツだな」


ガルダの耳が、ピクリと小さく揺れた。

まるで、遠くの気配に反応するように。


ソウマは瞬時にそれを察知し、構えを取り直す。

目は相手のわずかな動きも逃さぬよう鋭く見据え、次の攻撃の好機を計っていた。


だが――その時。


ガルダが、不意に動きを止めた。


「……面白いヤツだ。だが、今はここまでにしておく」


低く落ち着いた声。戦意を抜いた瞳が、じっとソウマを見据える。


「え……?」


ソウマは構えを解かぬまま、困惑したように眉をひそめた。

何が起こったのか、状況が読みきれない。


そんなソウマに背を向け、ガルダはゆっくりとリリスの方へと振り返る。


「リリス、もう十分だ。撤退するぞ」

「えぇー? まだ遊び足りないのに」


リリスは不満げに口を尖らせたが、ガルダの真剣な眼差しに気づくと、ため息をついて肩をすくめた。


「しょうがないなぁ……じゃ、今回はこれでお開きね」


彼女は手のひらをひらひらと振りながら、軽い足取りでガルダの元に戻った。


「シンが起きたら伝えといて。次に会うのを楽しみにしてるって」

混血インフェル――お前も、次は本気で来い」


挑発にも似た笑みを浮かべ、ガルダは言い放つと、リリスに一瞥をくれて背を向ける。

そしてそのまま、森の奥へと静かに歩き出した。


ソウマは構えを解けずに立ち尽くしていたが、やがて二人の背中が完全に見えなくなると、ひときわ大きな息を吐いた。


「……もう来んなっ!」


舌をべっと突き出し、毒づくように叫ぶ。

だが、強がりの裏に、確かな安堵がにじんでいた。


あのまま戦っていても、勝てた保証はない。むしろ、押されていた――それを認めるのは、少し悔しい。


「……俺も、まだまだだな」


ぽつりと呟き、手にしていた双剣を静かに鞘へ戻す。

胸の奥に残る火照りと、指先の震えが、今の実力をありのままに示していた。


気持ちを切り替えるように、ゆっくりと深く息を吐く。

そして目線を持ち上げると、少し離れた場所にいる三人の姿が視界に入った。

彼らが無事であることに、思わずソウマは安堵の息をついた。

自然と口元に、小さな笑みが浮かぶ――それは、彼らを“守れた”というささやかな実感だった。


「さて、黒髪の兄ちゃんはどうだ?」


ソウマが問いかけるのを聞きながら、ツバサは額の文様をそっと光らせ、シンの状態を探る。


「もう……大丈――」


ツバサはほっと息を吐いた瞬間、力が抜け、膝が崩れかける。


「おっと」


ソウマが慌てて手を伸ばすが、それより早くレイナが駆け寄り、すっと彼女の身体を支えた。


「よくやったわ、ツバサ」


その声は、ねぎらいと深い感謝に満ちていた。

ツバサはレイナの腕の中で小さく頷き、ゆっくりと目を閉じる。


一方で、シンの顔にようやく血色が戻り、浅く乱れていた呼吸も静かに落ち着いていく。

それを見届けて、レイナもようやく胸を撫で下ろした。

――だが。


心の奥には、消えないざわめきがあった。

この静けさの先に、まだ嵐が潜んでいるような。

そんな予感を、レイナは確かに感じていた。



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<修正報告>

戦闘終盤のガルダの描写と戦闘後のソウマの心理描写を強化。

後半の三人のやり取りを少し修正しています。


イメージイラスト

https://kakuyomu.jp/users/haricots/news/16818622176348086623

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