第2話 交わる刃
「……あなた、一体……誰?」
狼のような耳と尻尾、鋭く伸びた爪、しかし、顔立ちは人間そのものだった。
年齢はシンよりやや上、二十代半ばといったところか。敵意は感じられない。だが、油断もできない。ツバサはシンを腕に抱いたまま、男をじっと睨みつけた。
狼男は口元に白い牙を覗かせ、まるで子どもを安心させるかのようにニッと笑った。
「俺はソウマ。冒険者だ。まぁ、たまたま通りすがっただけだが、その兄ちゃんの男気に打たれたぜ。これも何かの縁ってやつだ。ここは俺に任せときな」
ソウマは軽くシンの方へ視線を送りながら肩をすくめた。
「けど……!」
シンでさえ敵わなかった相手を、見ず知らずの男に任せるなんて――ツバサの声は、そんな揺れる不安を隠しきれなかった。
しかし、ソウマは手をひらひらと振って彼女の言葉を遮る。
「大丈夫だ。それよりも兄ちゃんを助けてやんな」
その余裕たっぷりの態度に、ツバサとレイナは互いに顔を見合わせ、小さく頷く。レイナはツバサの肩を叩き、低い声で囁いた。
「助けてくれたのは確かよ。今は信じるしかない。私たちがやるべきは、シンを救うこと……いきなり実戦だけど、やれそう?」
「……もちろん」
「犬男!負けんじゃないわよ!」
レイナはソウマにむけて指をさし、喝を入れるように叫んだ。
「……くく、任せときな。エルフの姉さん」
ソウマは一瞬呆けたように瞬いた後、小さく肩を揺らした。そして笑顔で片手を上げ双剣を構える。
レイナは気に入らない様子で小さく舌打ちをするが、すぐにシンとツバサの傍に寄り添った。
*
「ツバサ、いい?以前友達を助けたっていったわよね?その時のことを思い出して……――」
レイナは静かに言いながら、ツバサの肩に手を添え、彼女のマナの流れを整えるように助力する。
ツバサは深く息を吸い、集中力を高めた。冷えきったシンの体を、ツバサの額に浮かぶ「竜の涙」の文様が淡く照らす。
深海を思わせる青い光が、静かに彼を包み込んでいく。
*
一方、ソウマは双剣を構え、狐面の少女――リリスと向き合っていた。
「さて、狐の嬢ちゃん、待たせたな」
少女は楽しげに微笑み、軽く刀をひねりながら構える。
「待ちくたびれたわ。でも、あなたも……面白そうね。どっちが先に笑えなくなるか、試してみる?」
リリスは言うが早いか、黒い影のように飛びかかった。
鋭く凪がれた刃がソウマを襲う。
キィン――!
ソウマは双剣を交差させて受け止め、火花が闇に散った。
リリスの動きは軽やかで、ひらひらと翻る衣と共に、予測のつかない連撃が襲い来る。
だが――ソウマはそれをいなし、受け、時に小さく笑ってみせた。
「悪くない、けど――ちょっと甘いな」
くるりと身を翻したその一撃は、迷いなくリリスの懐へ迫る。
鋭く閃いた刃が、彼女の首筋すれすれに迫った、そのとき――
グウオオオオォン――!
突如、地を割るような咆哮が響く。
その音に、空気が揺れ、草木がざわめく。
舞台に割り込むように現れた巨影――
鋭い爪と牙、背丈は人よりも一回り大きく、筋骨隆々とした全身は、黒と金の混じる豹のような毛皮に覆われていた。
瞳は獣そのものの金色に光り、今にも喉笛を噛み千切りそうな獰猛さを宿している。
「……もういい、リリス。下がれ」
「なによ、ガルダ!邪魔しないで……っ」
文句を言いかけたリリスを有無を言わせず後ろに押しやり、ガルダはソウマを真っ直ぐに見据えた。
「オマエ、面白そうなヤツ……オレが相手をしてやる」
「おいおい、話が違うだろ。俺の相手はあの狐のお嬢ちゃんだったはずだぜ?」
ソウマは肩をすくめながらも、少しも臆する様子を見せない。その軽口とは裏腹に、彼の全身は戦闘への集中を研ぎ澄ませていた。
「気にするな。オレの名はガルダ。オマエみたいな混血はこのオレが叩き潰してやる」
ガルダはうなり声をあげると牙をむき出しにし、四つ足の獣のような構えを取った。
「……ひゅー。なるほど、これは楽しい戦いになりそうだ」
ソウマは口笛を吹くと、また静かに構え直し、その瞳が鋭い輝きを宿した。
「行くぞ、小僧!」
「来いよ」
二人の戦いが始まる。斬撃と拳がぶつかり合い、轟音と衝撃が戦場に響き渡った――まるで戦場に嵐が吹き荒れるように。
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