第2話 交わる刃

「……あなた、一体……誰?」


狼のような耳と尻尾、鋭く伸びた爪、しかし、顔立ちは人間そのものだった。

年齢はシンよりやや上、二十代半ばといったところか。敵意は感じられない。だが、油断もできない。ツバサはシンを腕に抱いたまま、男をじっと睨みつけた。


狼男は口元に白い牙を覗かせ、まるで子どもを安心させるかのようにニッと笑った。


「俺はソウマ。冒険者だ。まぁ、たまたま通りすがっただけだが、その兄ちゃんの男気に打たれたぜ。これも何かの縁ってやつだ。ここは俺に任せときな」


ソウマは軽くシンの方へ視線を送りながら肩をすくめた。


「けど……!」


シンでさえ敵わなかった相手を、見ず知らずの男に任せるなんて――ツバサの声は、そんな揺れる不安を隠しきれなかった。

しかし、ソウマは手をひらひらと振って彼女の言葉を遮る。


「大丈夫だ。それよりも兄ちゃんを助けてやんな」


その余裕たっぷりの態度に、ツバサとレイナは互いに顔を見合わせ、小さく頷く。レイナはツバサの肩を叩き、低い声で囁いた。


「助けてくれたのは確かよ。今は信じるしかない。私たちがやるべきは、シンを救うこと……いきなり実戦だけど、やれそう?」

「……もちろん」

「犬男!負けんじゃないわよ!」


レイナはソウマにむけて指をさし、喝を入れるように叫んだ。


「……くく、任せときな。エルフの姉さん」


ソウマは一瞬呆けたように瞬いた後、小さく肩を揺らした。そして笑顔で片手を上げ双剣を構える。

レイナは気に入らない様子で小さく舌打ちをするが、すぐにシンとツバサの傍に寄り添った。


「ツバサ、いい?以前友達を助けたっていったわよね?その時のことを思い出して……――」


レイナは静かに言いながら、ツバサの肩に手を添え、彼女のマナの流れを整えるように助力する。

ツバサは深く息を吸い、集中力を高めた。冷えきったシンの体を、ツバサの額に浮かぶ「竜の涙」の文様が淡く照らす。

深海を思わせる青い光が、静かに彼を包み込んでいく。


一方、ソウマは双剣を構え、狐面の少女――リリスと向き合っていた。


「さて、狐の嬢ちゃん、待たせたな」


少女は楽しげに微笑み、軽く刀をひねりながら構える。


「待ちくたびれたわ。でも、あなたも……面白そうね。どっちが先に笑えなくなるか、試してみる?」


リリスは言うが早いか、黒い影のように飛びかかった。

鋭く凪がれた刃がソウマを襲う。


キィン――!


ソウマは双剣を交差させて受け止め、火花が闇に散った。

リリスの動きは軽やかで、ひらひらと翻る衣と共に、予測のつかない連撃が襲い来る。

だが――ソウマはそれをいなし、受け、時に小さく笑ってみせた。


「悪くない、けど――ちょっと甘いな」


くるりと身を翻したその一撃は、迷いなくリリスの懐へ迫る。

鋭く閃いた刃が、彼女の首筋すれすれに迫った、そのとき――


グウオオオオォン――!


突如、地を割るような咆哮が響く。

その音に、空気が揺れ、草木がざわめく。


舞台に割り込むように現れた巨影――


鋭い爪と牙、背丈は人よりも一回り大きく、筋骨隆々とした全身は、黒と金の混じる豹のような毛皮に覆われていた。

瞳は獣そのものの金色に光り、今にも喉笛を噛み千切りそうな獰猛さを宿している。


「……もういい、リリス。下がれ」

「なによ、ガルダ!邪魔しないで……っ」


文句を言いかけたリリスを有無を言わせず後ろに押しやり、ガルダはソウマを真っ直ぐに見据えた。


「オマエ、面白そうなヤツ……オレが相手をしてやる」

「おいおい、話が違うだろ。俺の相手はあの狐のお嬢ちゃんだったはずだぜ?」


ソウマは肩をすくめながらも、少しも臆する様子を見せない。その軽口とは裏腹に、彼の全身は戦闘への集中を研ぎ澄ませていた。


「気にするな。オレの名はガルダ。オマエみたいな混血はこのオレが叩き潰してやる」


ガルダはうなり声をあげると牙をむき出しにし、四つ足の獣のような構えを取った。


「……ひゅー。なるほど、これは楽しい戦いになりそうだ」


ソウマは口笛を吹くと、また静かに構え直し、その瞳が鋭い輝きを宿した。


「行くぞ、小僧!」

「来いよ」


二人の戦いが始まる。斬撃と拳がぶつかり合い、轟音と衝撃が戦場に響き渡った――まるで戦場に嵐が吹き荒れるように。

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