第6話 運命《さだめ》と真実
「世界は今も崩壊の一途を辿っている。お前が巫女として目覚めれば、この滅びゆく世界に再び希望がもたらされるだろう。私が、お前をここへ導いたのはそのためだ」
一瞬ノームが何を言っているのか、理解できなかった。
ツバサは口を開いたまま、言葉を発することもできず、ただノームのその真っすぐな瞳を見つめていた。
「…せ、世界が……無くなっちゃう?」
ようやく出てきたツバサの声には、困惑が滲んでいた。
「私が……それを止めるの……?」
「ああ、そうだ。お前にしかできぬ」
ノームの迷いない言葉に、ツバサはまるで知らない世界に放り出されたような感覚に襲われた。
「そ、そんな……急に言われても……」
不安が胸を締めつけ、頭の中が混乱する。「世界を救う」――そんな大それたことが自分にできるのだろうか? これまで普通の少女として生きてきた自分が、突然そんな大きな責任を背負うことができるのか?ぐるぐると巡る思考に絡めとられ、思わずふらりとよろけた。
その時――
――ツバサ、貴方なら大丈夫よ。
頭の奥に聞き覚えのない声が聞こえた気がした。ノームの声とは違うが、不思議と温かく、安心する声だった。
「お母さん……?」
記憶にはないが、なぜかその声が母親のものだと思えた。
ノームの瞳に映る自分の姿を見つめながら、ツバサは少しずつ冷静さを取り戻していった。
*
ノームの瞳は、彼女の心の迷いを優しく溶かしていくようだった。しばしの沈黙の後、ツバサがゆっくりと口を開く。
「ねぇ……一つ、聞いてもいい?」
「なんだ」
「私の両親のこと」
「……」
ノームは一瞬、瞼を閉じた。
「二人とも私が小さい頃に、魔獣に殺されたって聞いてたんだけど……この森、そんな凶暴な魔獣なんていないよね? それに、この場所自体、普通じゃない気がする。風や草木も、まるでノームの支配下にあるみたいだし……もしかして、ノームなら外の“声”も聞こえるんじゃないかなって」
ツバサには確証はなかったが、なぜかノームはそのことを知っている気がしていた。彼女の問いに、ノームは重々しく長い息を吐いてから答えた。
「ああ、知っている。察する通り……お前の両親は魔獣に殺されたわけではない。彼らは“竜の力”を狙う者たちに襲われて命を落としたのだ」
「竜の力……私のお母さんも巫女だったの?」
「いや、巫女は血筋で受け継がれるものではない。巫女の魂は世界の輪廻を通して次代に渡される。つまり、お前は巫女の生まれ変わりということだ。竜の巫女が誕生するという予兆を感じた“暗黒教団”という者たちが、お前と共に母親を葬ろうとしたのだ。巫女の存在は、彼らにとっては大いなる脅威となるからな」
「――二人は私を守るために死んだってこと……?」
ツバサは言葉を失った。胸の奥で、冷たい何かがじわじわと広がっていく。自分の知らなかった真実――それがこんなにも重いとは思わなかった。
「……どうして、私は生きてるの……」
ツバサは震え、かすれた声をなんとか絞り出すように言った。
「お前は、私が残る神力を使って救い出し、養父に託したのだ。それはお前の両親の最期の願いでもあった。そしてこの事実を知るのは、私と、お前の養父だけだ」
ノームの言葉が静かに響き渡ると、ツバサの心の奥で何かが崩れ落ちた音がした。両親の死の真実、自分に託された運命、そして巫女として生きるべき自分――それらが一度に押し寄せ、ツバサはその重みに押し潰されそうになった。
「……どうして……? どうしてなにも罪のない人たちが、犠牲にならなきゃいけなかったの……?」
今にも泣きだしそうな声でそう呟くと、全身から力が抜け、ツバサはその場に膝をついてしまった。計り知れない悲しみと無力感が心の中に広がっていく。彼女の絶望を感じ取ったノームは、そっと大きな鼻先をツバサの肩に寄せ、優しく包み込むように触れた。
「お前は、奴らが憎いか? 復讐を望むか?」
ノームの静かな問いかけに、ツバサは涙を滲ませた目で彼を見上げた。その瞳には、憎しみだけでなく、深い迷いと
「……わからない……。そいつらが目の前に現れたら、私はどう思うのか……正直、想像もつかない。でも……」
ツバサは一度言葉を詰まらせた。深く息を吸い、心の奥に刻まれた養父の言葉を思い出しながら、静かに続けた。
「……でも、じーちゃんが言ってた。争いは憎しみしか生まないって。たぶん、こうなることを分かってたんだと思う。だから……私も憎しみに染まりたくない……」
彼女の声には、迷いと共に小さな決意が込められていた。ノームはツバサの言葉を静かに聞き入れ、穏やかな目で彼女を見つめた。
「たとえお前が力に目覚めずとも、奴らは必ずお前を見つけ出すだろう。だが、その前に……私はお前に未来を紡ぐ力を授けよう。それをどう使うか、どの道を選ぶかは、お前自身の意思に委ねられる」
ノームの瞳には、優しさと深い悲しみが宿っていた。彼の言葉はツバサの心に深く染み込み、彼女の迷いを少しずつ溶かしていった。ツバサは、覚悟を決めたようにゆっくりと目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます