第1章 出会い

第1話 禁じられた森への誘い

朝、目が覚めた少女は涙を拭いながら、ゆっくりと体を起こした。


「また、あの夢…」


すこし掠れた声で呟きながら、少女は窓の外に目を向けた。村はまだ静寂に包まれており、朝の冷たい空気が窓越しにひんやりと伝わってくる。


***


少女は、ここ数日幾度も同じ夢を見ていた。

自らを包み込む眩い緑色の光と、優しくも力強い声。

それはどこからともなく少女を呼んでいた。

どこか懐かしく、心を引き寄せられるような感覚。

夢から覚めると、いつも話の内容は曖昧で思い出せないが、涙に濡れた頬だけがその余韻を残していた。


***


少女は長く息を吐き出し、顔を洗おうとベッドから降りた。

ロフトベッドの梯子を降りると、小さなキッチンとテーブルが目に入る。10代の少女が「一人」で住むには十分な広さだ。


両親は、彼女が物心つく前に『禁じられた森』で魔獣に襲われて命を落としたと聞かされていた。両親の記憶は何も残っていない。しかし、彼女を引き取った養父が自分の子供のように大切に育ててくれたため、少女は寂しさを感じることなく育った。

その養父も、つい先日静かにこの世を去った。


「…うわ、ブサイク……」


鏡に映る自分の顔を見て、ツバサは思わずつぶやいた。金に近い茶色の瞳に長いまつ毛、ふっくらと赤みのある唇、美人というよりは愛らしいという言葉が似合う、それなりに整った顔立ち。だが、それも涙で充血した目と腫れた瞼のせいで、酷いありさまだ。

顔を洗ったところでどうにもならず、唇を尖らせたまま、少女は渋々タオルで顔を拭き、着替え始めた。

くたびれた襟付きの白シャツの袖を腕まくりし、短パンを履き、動きやすい革のブーツ。愛らしい顔立ちの割に服装には無頓着で男みたいだと言われることも多かったが、本人は全く気にしていなかった。

寝癖のついた薄茶色の髪も手ぐしでさっとまとめ、無造作にひとつに束ねる。


「じーちゃん、おはよ。」


身支度を終えたツバサは、パンとホットミルクをテーブルに運びながらチェストの上に飾られた養父の写真に向かって朝の挨拶をする。


「今日もまたあの夢を見たんだ。

……あの声、誰なのかな?」


何かに悩んだとき、不安なとき、彼女はいつもこうして養父に話しかけていた。返事が返ってくるわけではないが、そうするとなんとなく気持ちが楽になる気がした。

湯気の立つミルクを口に運びながら、ふと窓の外に意識向ける。


「……今日は、風の音が静か……」


彼女――ツバサには、幼いころから周囲の村人とは違う感覚があった。その耳は、他の人には聞こえない風の囁きや大地の鼓動を捉えていた。

それは特別な力であり、同時に「違い」でもあった。

周囲の人々はその力を畏怖する者も多かったが、傍で支えてくれる理解者達に恵まれ、ツバサは明るく真っすぐに育った。


『ツバサ、目に見えるもの、聞こえるものを大切にしろ。それは神様が与えてくれた貴重な力だ。きっといつか、その力が誰かを助ける時が来るからな』


そう言って愛情いっぱいに抱きしめてくれた養父のぬくもりが、ツバサの心の中に暖かな光を灯し続けていた。


「……禁じられた森……」


ぼんやりと外を眺めていると、唐突に、零れるようにその名を口にした。そこは、彼女の両親が命を落とした森。村人たちは魔獣が潜むその森を恐れ、決して近寄らない。それでも、ツバサは何故かずっと心のどこかで、その森に何か大切なものが待っているような気がしていた。


「……よし、行ってみよう!」


そこに何かがある、という確証があるわけではない。恐怖心や不安がないわけではない。しかし、それを上回る強い衝動が彼女の胸を突き動かしていた。

夢の内容はぼんやりとして曖昧だったが、あの声だけは今でもはっきりと耳に残っている。それは確かに自分を呼んでいた。ただの夢ではなく、もっと切実な何かを感じてならなかった。

手早く食事を済ませると、ツバサは勢いよく立ち上がり、使い慣れた水筒とバッグを肩に引っかけ、わずかな躊躇もなく玄関のドアを開ける。


朝の冷たい空気が一気に体を包み込んだが、それさえも彼女の熱い気持ちを冷ますことはできなかった。








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