無口無表情な睦月ちゃんはむっつり
竹水希礼
#1 氷室と水無月
階段の上で、黒い藻の塊が蠢いている。
それが、俺が彼女をはっきりと認識した際の第一印象だった。
屋上へ続く薄暗い階段のてっぺんに座り、あちこち跳ねた長い黒髪は小柄な全身を覆わんばかり。ブレザーもスカートも色が濃いので、まっくろくろすけという呼称がふさわしいだろう。
今が深夜なら、ひとかどの怪異になれると思われる。
まあ、人間だろうが瘴気の塊だろうがどちらでもいい。
重要なのは、一人で静かに昼食をとれると思って来たこの場所に、先客がいたことだ。実に残念である。
「………………
左隣の席の同級生の苗字を思い出すのに、少々時間がかかった。合っている確信もない。
呼ばれた氷室(仮)は、箸を運ぶ手をピタリと止めて固まった。
よくよく見れば、テーブル代わりの膝の上に乗せているのはお重だ。それも、落ちそうなほど盛大にはみ出す大きさの。しかも、同じものが彼女の脇に二つ置いてある。これをこのチビが食うのか?
「ここ、いいか?」
返事がないので、階段の最下段を指して話を続ける。
この場所に使用権も何もないだろうが、一応先客に断っておこう。そう思い声をかけた俺のことを、氷室(仮)はようやく顔を上げて見てきた。
「………………」
見てきただけで何も言ってこない。
仕方なく、しばし氷室(仮)と見つめ合う。
――陰気。不健康。そんなネガティブな単語ばかり出てくる面だ。
小学生のような童顔は、色白と言うよりは蒼白。目が大きいのはチャームポイントと言えなくもないだろうが、隈が酷いので台無しだ。目蓋も重たげで、今にも意識が落ちそうである。
そんな彼女の顔面からは一切の感情が削ぎ落とされており、人形よりも無表情ではないかと思わせた。
「……………………」
「……………………」
もしや目を開けたまま寝ているのか? という疑いが湧き出してきた頃、ようやく氷室(仮)はコクリと小さく頷いた。なんとも無駄な時間だったな。
階段に腰掛けて自分の弁当を展開し、一口目を食す頃には、後ろの黒い同級生のことは綺麗さっぱり忘れていた。
翌日。同じく屋上前の階段にて。
氷室(点呼の際に確認したが、合っていた)はそのまま俺にとって壁の染みと同等の存在になって、特に関わることもなかった――と言いたいところだが、そうはいかなかった。
この女、大人しそうな顔をして――あるいは眠そうな顔のとおりに――授業中の居眠り常習犯と化したのである。高校入学したてで実にいい度胸だ。
隣席の俺は、高確率で彼女を起こすよう教師から指示される立場。
それが一回ならまだしも、同じ授業中に二回も三回もやらされては流石に少しうんざりするというものである。
「氷室」
「……………………」
淀んだ目と対峙する。
白い面貌の中で唯一ドス黒く染まった隈が、嫌でも目に留まった。居眠りの原因は、どう見ても寝不足が原因だろう。
「……授業中寝ないように、努力できないか」
「……………………」
氷室の顔は蝋で固められたようにピクリともしない。
俺の言ったことを理解しているのか……それ以前に聞こえているのかどうかも判断しかねるポーカーフェイスだ。
もう一回言おうかと思った頃、氷室は昨日のようにコクリと頷く。そのまま頭を下げていったのは、謝罪のつもりだろうか。
「…………頼む」
「……………………」
氷室のつむじに向かって声をかけて、俺は自分の昼食に向かった。
これで少しは改善されるといいが。
「氷室」
さらに翌日。例の階段。
この日氷室は、弁当を食べずに待っていた。俺が声をかけると、普段は丸まっている背をピンと伸ばし、手はお膝。
なんだろう。怒られるとでも思っているのだろうか。結局居眠りはしていたので無理もないが――
「がんばってたな」
「……………………」
表情筋に神経が通っていないが如き無表情は変わらないが、瞬きの回数が少々増える。意外だったらしい。
「確かに居眠りはしていたが……昨日よりは少なかったし、眠らないよう努力しているのが認められた」
幼児のような氷室の手の甲には、黒い点がいくつかある。
突き刺したボールペンのインクの跡だ。
「この調子で頑張ってほしい」
俺が授業に集中できるように。
氷室はコクリ……というよりはブンブンという擬音が正しい感じで何度も頷く。嬉しかったのだろうか。
そして今気づいたが、氷室はめちゃくちゃ小柄なくせしてめちゃくちゃ胸が大きい。
頭の動きに合わせて揺れている――と、あまり見るのは失礼だな。
「食事をしよう」
氷室に言ったのか自分に言い聞かせたのかは俺にも分からない。花がしおれるように猫背に戻っていく氷室を尻目に、彼女に背を向けた。
「どうした、氷室」
「……………………」
翌々週のことである。
「今日は、最初の頃よりも酷かったぞ」
俺が登校してきた時には既に机に突っ伏していたし、ホームルーム中も、休み時間も、そしてもちろん授業中も、氷室はこんこんと眠り続けていた。
当然、俺が起こさせられる回数も多かった。机を蹴ってやろうかと思ったほどである。
「なにかあったのか」
とはいえ、昨日までは少しずつ改善していっていたのも事実。ここは弁明の機会を与えるべきだろう。
今さらだが、なぜ俺はこいつの生活指導みたいなことをやっているのだろうか。
「……………………」
氷室の表情は小揺るぎもしない。だが反応はあった。
ポケットからスマートフォンを取り出し、掲げてみせる。
「…………?」
俺が眉を潜めると、氷室はスマホを指でさす。
手帳型のケースの表紙には、何やらイラストが描かれているようだ。近づいて確認する。
『
野球バットに似た武器を掲げる、小学生くらいの赤髪の少女が描かれている。
「…………これが?」
「…………………………ブルー……レイ」
喋った。割と驚く。氷室と会話が成立したのはこれが初めてのことだった。
「………………てつや」
朝の点呼での蚊の鳴くような「はい」以外では初めて聞く氷室の声は、高めで舌足らずだった。
声まで子供っぽいやつだ。
『ブルーレイ』『てつや』……『徹夜』? つまり、
「徹夜でこのアニメのブルーレイを見てたから眠い……と?」
コクコクと頷く氷室。
「そんなことで徹夜なんぞするな……」
呆れてそう漏らした俺の目を、氷室はじっと見つめてきた。
何かを訴えかけるようだ。
「………………おもしろい」
「だとしてもだ。徹夜をすると寿命が縮む。背も伸びない」
氷室が固まる。気にしているのではないかと思われるワードを入れてみたが、的中したようだ。
「ああ、もちろん、日中寝たところで無駄だぞ。夜にまとまった睡眠をとることが重要だ」
追撃をくれてやると、氷室は顎に手を当てて考え込む――と思ったら顔を上げ、何を思ったかおもむろに自分の胸を下から持ち上げた。
「……………………む」
つい注目してしまったことに気づいて目線を上げると、淀んだ目とかち合う。
無表情なりに誇らしげなのは気のせいだろうか。
「……………………」
喋れないわけではないと分かったのだから、何か言ってくれ。
これではただ気まずいだけだ。
「………………」
「………………」
階下や外ではしゃぐ生徒たちの声が聞こえてくる。なんなんだこの時間は。
「……………………胸は育っている、と?」
コクコク。
「……だからなんだ。寝ればもっと育つかもしれないぞ。……いや、胸じゃなくて身長がな」
「……………………」
氷室は胸から手を離すと、プルプル振動しだした。
恥ずかしくなったのか?
それでも表情が一切動かないのは最早感心してしまう。頬や耳が赤らむということもない。
「…………とにかく、授業中寝ないように、夜はちゃんと寝てくれ」
俺は俺でいたたまれなくなったので、そこで会話? を切った。
翌日。
俺が言ったことを聞いてくれたようで、この日氷室の居眠りは少なかった。
できればゼロにしてほしいものだが、まあいいだろう。
少し褒めてやろう……などと考えながら例の階段に差し掛かると、氷室は階段の下に立っていた。
普段俺が飯を食っている場所である。
「……どうした、氷室」
「……………………」
いつもどおり、返事はない。
その代わり、氷室は手に持っている箱らしきものを差し出してきた。
『魔闘少女ラジカルこのはThe Movie 1st』。
昨日言っていた(わけではないが)アニメの……タイトルから察するに、映画のブルーレイか。
「…………これは?」
「……………………」
訊くと、氷室は俯いてしまった。察しがつかないこともないが、できれば違っていてほしい。
「……………………おもしろい」
「見ろと?」
コクリ。やはりか。
「せっかくだが、遠慮しておく。すまんな」
面倒だな、断ろう。
「……………………………………おもしろい」
意外にも氷室は引き下がらない。
それどころか一歩前に出て、俺の下腹部に箱を押し当ててきた。
「……おい、氷室…………」
「………………おもしろい」
ぐりぐりと押し付けられる魔闘少女ラジカルこのは。
その場所が問題だ。危険が危ない箇所に少々近い。
恐らく40センチ近い俺と氷室の身長差だと、ちょうどそれくらいの位置になるのだ。
「待て氷室。やめろ」
「おもしろい…………」
「分かった。分かったから……」
音を上げたのは俺の方だった。
不承不承、箱を受け取る。氷室は無表情のまま小さくガッツポーズ。
鉄面皮で隠されているだけで、この女は案外感情豊かなのかもしれない。
「…………いつでもいい」
返却期限のことだろうか。
言うが早いか、氷室は軽やかな足取りで階段を登っていった。癖っ毛が犬か猫の耳のようにぴょこぴょこと跳ねる。
「はあ…………」
隠しもせずにため息をつき、階段に座り込む。
……まあいい。大型連休明けまで放置して、氷室が忘れた頃に机か下駄箱にでも突っ込んでおけばいいだろう。
――という見立ては、実に甘かった。
「……………………」
「……………………」
翌日昼休み。定位置に座る俺の横には、氷室がいた。
もちろん俺が呼んだわけではない。
なぜか普段と違って最下段に氷室が座っていたので、俺は最上段に座ったのだが――これもなぜか、氷室はわざわざ俺の隣に来たのである。
ならばと最下段へ行ったら、氷室も付いてきた。俺は諦めた。以上である。
氷室は弁当に手を付けずに俺の横顔に視線で穴を開けんとしている。
ため息をつき、仕方なく箸を置いた。このままでは落ち着いて飯も食えない。
「…………まだ観てない」
「……………………」
がくりと肩を落とす氷室。
お前いつでもいいって言ってなかったか。昨日の今日だぞ。
これは忘れてくれるまで時間がかかるかもな。だからといって、観る気は無いのだが。
ぺしっ、ぺしっ、ぺしっ、ぺしっ。
「……………………」
「……………………」
翌週――明日から四連休という待望の日である。
ぺしっ、ぺしっ、ぺしっ、ぺしっ。
あれから、氷室は忘れるどころか毎日俺に圧をかけてきていた。
これみよがしに俺の目の前でスマホを振ったり、続編らしい別の映画のブルーレイを階段に積んだり、スマホと同じキャラが描かれた箸箱を、わざわざ俺の前に立ってゆっくり開けたり。
ぺしっ、ぺしっ、ぺしっ、ぺしっ。
そして今日に至っては、その箸箱で俺の肩をぺしぺしひたすら叩いてきている。
「氷室」
「……………………」
ぺしっ、ぺしっ、ぺしっ、ぺしっ。
呼びかけるも、やめる気配はない。
氷室の中で、俺はこういうことをしていい間柄になっているのか?
この1か月弱の間、こいつの脳内でどんな化学反応が起こったというのか。
「氷室、やめてくれ」
「……………………」
ぺしっ、ぺしっ、ぺしっ、ぺしっ。
……流石に苛々してきたぞ。
「氷室、いい加減にしてくれ」
ぺしっ、ぺしっ、ぺしっ、ぺしっ。
「氷室っ」
「!」
バシッ!
思わず払った俺の手が、箸箱に直撃、景気よく弾き飛ばした。
箸箱は階段にぶつかってカァーン! といい音を響かせると、跳ね返って持ち主の近くに落ちてくる。
「……………………」
「……………………」
……しまった。こんなことをするつもりではなかったのだが。割れたりしていないか。
「……………………」
拾い上げた氷室の手の中を覗き込むと――縦に一本、見事な亀裂が走っていた。
勇ましい少女の顔が真っ二つになっている。階段に当たったと思しき箇所には欠けもあった。
「……………………氷室」
「……………………」
間違いなく大事な品であろう箸箱が破損しても氷室は無表情だったが、内心は穏やかではないはずだ。
「
そんな氷室に言えることは一つだ。
「……すまない。弁償させて欲しい」
たっぷり三十秒以上、頭を下げる。
顔を上げると、氷室はまっすぐこちらを見ていて、ゆっくり頷いた。
「……こういうことを訊くのもなんだが、どこで買ったか教えてもらえないか」
大切にしている物なら、いつどこで手に入れたかも覚えているだろう。
そう期待したが、残念なことに氷室は首を横に振った。
「……覚えてないか? なら、推測だけでも――」
「……………………げんていはんばい」
限定販売。つまり、
「……今は売ってないってことか……?」
頷く氷室。俺は唸る。
これは困った。現在入手不可となると、相当金額での賠償が妥当なところだが、この手の品は本人にとって値段では贖えない価値があるものだ。
小さい頃母が推しているアイドルのグッズを壊して死ぬほど怒られた記憶があるので分かる。
「…………すまない、少し時間をくれないか。必ず同じ物を見つけてくるから」
中古品ということにはなってしまうが、今はフリーマーケットサイトなどもある。必ず同じ物が売りに出されているはずだ。
幸い頷いてくれた氷室に断って、壊れた箸箱の写真を撮る。
そこでふと、描かれているキャラは誰だろうと思った。探すに当たって有力な手がかりだ。
「氷室、ここに描いてあるキャラの名前は――」
――ずしっと、俺の膝に重みが。
恐る恐る見下ろすと、借りている映画の続編ブルーレイが三つ。今日も持ってきていたのか。
隣を見ると、表情筋が死んでる女が一人。
跳ねた髪の毛が耳のようにぴこぴこ動く様を幻視した。
「…………そうだな。観れば分かるよな、うん」
「……………………」
勢いよく何度も頷く氷室。
同期して揺れ動く胸を目の保養にする他なかった。
「…………分かった。連休中に全部観る。箸箱も見つける」
連休中はランニングや部屋の片付け、市民プールで泳ぐ、勉強をするなどの大切な用事が山盛りだったのだが、仕方ない。
かくして、俺はこの無口無表情なクラスメイトと、否が応もなく関わっていく羽目になったのであった。
「珍しいね。兄さんが映画なんて。それも……アニメ?」
一歳下の妹・
連休初日。我が家のリビングにて、早速『魔闘少女ラジカルこのはThe Movie 1st』を鑑賞することにした。
どうせなら一人でゆっくり観たいのだが、プレイヤーがここにしかないので仕方ない。
「まあな。クラスのやつに借りた。というか押し付けられた」
「ふーん……」
「
「友達じゃない。ただの同級生」
「そう? でも物の貸し借りをしていたらもうお友達でいいんじゃないかと母さん思うのよ冬くん中学でもほとんどお友達いなかったでしょあの金髪の子くらいであああの子のことなんかいいのよ大事なのは今だわ高校に入ってちゃんとお友達ができるか母さん心配だったのでも早速仲良い子ができたみたいで母さん安心したわちなみに男の子よね?」
これだ。氷室といい勝負の凪いだ表情と、電話口で機械音声と間違われたことのある抑揚に乏しい口調でこのマシンガントークである。
しかも過保護ときた。想ってくれているのはありがたいのだが、こうもぐいぐい来られるとうざったく感じてしまう。
「…………女だが」
言ってから、何を正直に答えてるんだと自分を叩きたくなった。
面倒なことになるぞ。
「へえ。ふーん。そうなんだ。手が早いんだね兄さん」
「女の子女の子ねいや別にいいのよ? お友達は同性だけなんて法はないものむしろ異性とも交流があった方が健全だと思うわだからいいのよ? 息子に女の子のお友達ができたからって目くじら立てる了見の狭い母親じゃないのよ母さんはだからいいのよ? ただもしももしももしものお話だけどお付き合いすることになったらああこれは男女の交際という意味よ考えすぎかもしれないけどもしそういうことになったら教えてくれると母さん嬉しいわその子のお名前と年齢身長体重スリーサイズ性格趣味結婚観ご両親のご年齢ご職業健康状態経済状況兄弟姉妹はいるかどうかだけ教えてくれたらいいからね?」
……頭痛がしてくる。
女の話になると、なぜか夏葉まで敵に回るのだ。そして
Bの数値はあんたらより遥かに上だろうってことくらいしか分からんよ。
「……なんか、すごい失礼なこと考えてない?」
「被害妄想だ。とにかく、借りた映画を観るから邪魔しないでくれ」
女二人の、特に母との会話に付き合っていると埒が明かない。
有無を言わさずリモコンの再生ボタンを押す。
「……私も観ようかな。暇だし。暇だしね」
「母さんも観ていいかしら観ていいわよね親として冬くんのお友達がどんな趣味をしているかは知っておかないといけないもの女の子だってことは関係ないわよ二人とも飲み物は?」
「私コーラ」
なんで観たがるんだ。麦茶で。
「母さん、黙っててくれよ」
「お母さん、観てる間は静かにね」
兄妹の発言が被った。
母は、テレビを観ている間中その感想をぶつぶつ垂れ流す悪癖がある。
故にこうやって事前に釘を刺すのだが、いつも効力は三十分と保たない。
「分かっているわ母さんはコーヒーにしようかしらちょっと待っててね」
キッチンに去っていく母の背をちらりと見つつ、ため息をつく。
これも箸箱を壊した罰か。
軽く調べたところによると、『魔闘少女ラジカルこのは』は元々深夜帯のテレビアニメとして二十年も前にスタートしたシリーズらしい。
今回観る『The Movie 1st』はその第一期をリメイクして映画化したもののようだが、これ自体も十五年前の作品だ。
テレビアニメは第三期まであったり映画も計四作あったりとコンテンツの量がすごい。
流し見ただけだが新作の動きもあるらしく、なんとも息の長いシリーズである。
ストーリーはと言うと……主人公は十歳の小学四年生・
ある日化け物に襲われるも、喋るイタチ・ユリオの助けで変身、これを撃退する。
化け物が発生したのは遺物・ジェムシードに原因があるという。街のみんなを守るため、このははジェムシード集めに協力することにした――というもの。
母に言わせれば「コテコテの展開ね」だそうだ。
ただ、主人公・このはのキャラクター像には度肝を抜かれた。
とにかくアグレッシブな少女で、未知の化け物にも臆せず金属バットがボコボコになるまで滅多打ちにしたかと思えば、変身後もバット状の武器で殴ったり球を打ってぶつけたりして敵を撃滅。
ライバルの少女・フェイラがジェムシードを回収した際には『横取りすんなどろぼぉぉぉぉ!』と叫びながらいきなり殴りかかったり、後々のフェイラとの決戦では最終的に素手の殴り合いに持ち込んで勝利をもぎ取ったり――と、年齢や性別にそぐわない熱血ぶりで話をどんどん進めていく。
所謂魔法少女モノは全く見たことがなかったが、なんというか、『キラキラ』とか『ホワホワ』といった擬音で表現されるような、かわいらしいイメージがあった。
もちろん、アニメだけあって出てくる女性キャラは皆美少女なのだが、バトルやストーリーがあまりにも少年漫画チックだ。
こういう所が人気の秘訣だったりするのだろうか。
総合的に述べると――悔しいことに、面白かった。
続編の鑑賞意欲が湧いてくるくらいには。
ただひとつ、困った点もあった。
母曰く「お約束」の変身シーンが、かなり過激だったことだ。
最初に着ている衣服が光になって弾け飛んでいくのだが、その後現われる裸身に対し、エフェクトなり何なりで隠す演出がなされていない――つまりは、局部の描き込みがないだけの女子小学生の全裸が真っ昼間のお茶の間で上映されたのである。
しかも、何を考えているのか回り込んで舐め回すかのようなカメラアングルでたっぷり裸体を映すので、女性と視聴するのに気まずいことこの上ない。
実際、夏葉は「ええ……」と引いていたし、母は「これ貸してくれたの……女の子なのよね……?」と困惑した後、
「冬くんはこういうシーンがあるって知ってて借りたのかしらううん知ってただけならいいのよでももしこういうのが観たくて借りたならええとううんあのどんな趣味をしてても人様に迷惑をかけないなら批判すべきではないわねでもねこういう小さい子が好きっていうのは世間的にはあんまり良い目で見られないと思うから気をつけるのよ大丈夫母さんとなっちゃんだけの秘密にするからね大丈夫だからね」
「俺をロリコン扱いするな」
そんな機会は訪れないと思うが、氷室を母と夏葉には絶対に会わせられないな。
余計に話がこじれる。
「じゃあ……年上が好きってこと?」
何を訊いてくるんだこの妹は。
面倒だな、そういうことにしておこう。
「そうだな年上が好きだな年上」
実際にはそこら辺にこだわりなどない。
余程離れてなければ年齢なんてどうでもよくないか?
「そう……」
別に、というかその方がいいんだが、夏葉は訊いてきたくせに気の抜けた返事をしてくる。
そして母さんはなんで顔を赤らめて頬に手を当ててるんだ。
――そんな感じで、変身シーンで一悶着あったものの、全体的には満足のいく映画体験であった。
翌日、俺は秋葉原に降り立った。
なぜか。例の箸箱がネット上で入手できなかったからである。
複数のフリーマーケットサイトやオークションサイトを巡ったが、件の――描いてあるのは主人公のこのはだった――箸箱は売りに出されていなかったのだ。
いや、正確に言うと出品自体はされているのだが、どれもここ最近で軒並み落札されていた。
新作が出るということで、需要が高まったのだろうか。なんというタイミングの悪さだ。
そんなわけで、電車で約一時間、『アニメのグッズなら秋葉原に行けばあるだろう』という浅はかな考えの下、俺は生まれて初めて秋葉原にやってきた。
その感想はというと――人が。多い。
大型連休中ということもあって、とにかく人出が多い。
どでかいキャリーケースを曳いている外国人の姿も目立ち、進みにくいことこの上なかった。元々人混みは苦手な
それはさておき――浅い考えでやっては来たが、もちろん売っていそうな店はいくつか目星をつけている。
まずは駅南西の大型店に行き、そこで見つからなければ北上しつつ他の店を巡る、という計画である。
「頼むぞ……」
口の中で小さく祈り、最初の店に足を踏み入れた。
「ない」
ない。このはの箸箱がない。
『魔闘少女ラジカルこのは』の特設コーナーが設けられている店もちらほらあったというのに、ない。
なんならフェイラや続編に出てくると思しき別の少女の箸箱はあったのに、このはのだけがない。
主人公だからか? 人気なのか? 俺とてこのはかフェイラかと訊かれたら前者だが、そういう輩が多いのか?
候補にしていた最後の店に向かいながら、俺は苛々と焦燥感にじりじり灼かれていた。
じっとり汗をかいてきたので上着を脱ぐ。
四月のくせに夏日の日差しがうっとおしい。体力には自信がある方だが、慣れない環境だからかだいぶ脚に疲労が溜まっていた。
「ふう……」
ネガティブ思考をしていても仕方がない。
歩道の脇に寄って地図アプリを確認する。目当ての店はこのまままっすぐ行けばいいはずだが――
「……ん?」
ふと、店のすぐ近くの表示が目に留まった。
神社だ。ビルとビルの間に神社があるらしい。
困った時の神頼み、という文句が脳裏に浮かぶ。
「………………」
気づけばそちらに足を向けていた。
スピリチュアルを信じるわけではないが、藁にもすがる心境がそうさせた。
どんな神だか知らないが、藁扱いするのは失礼か? まあいいか。日陰で涼むついでに拝んでいくとしよう。
配管やら蔦やらが這っている壁と壁の隙間に神社はあった。
その場所だけ、ぽっかりと青空が見えている。
神社といっても、ちょっとした庭程度の敷地に、鳥居と本殿と倉庫があるだけのこじんまりしたものだ。
それなりに大きい所にしか行ったことがなかったので、少々新鮮である。
そういえばご利益は何なんだろうか。掲示されているわけではないので分からない。
ネットで調べれば分かるだろうが、正直面倒だ。管轄外だったら許してくれ。
そんな実に舐め腐った態度で鳥居をくぐり、すぐ目の前の賽銭箱に、ちょうど財布に入っていた五円玉を放り込む。
適当にパンパンと手を叩くと、一応目をつぶって祈った。
高木このはの箸箱が見つかって、氷室にちゃんと渡せますように。
後半は要らなかったか。祈りの文言を推敲しつつ神社を後にする。
さて、頼むぞ神よ。
「神よ……」
思わず呟いてしまった。
あった。
慌てて先日撮った写真と見比べる。間違いない。
最後に立ち寄った店には、正直期待していなかった。
これまで行った店と比べると規模が小さく、品揃えも豊富ではなかろうと予想できたからだ。
だがしかし、店内には『魔闘少女ラジカルこのは』の特設コーナーがあり、そこには一個だけ、求める箸箱があった。
誰かに取られない内にと手に取る。
念入りに確認したが、傷や汚れの類もない。値段もまあ許容範囲内。助かった。
「ふう……」
レジで精算を済ませ店外に出ると、うっとおしかった日差しも救いの光に感じられた。
これで連休中の懸案事項は消えた。
汗もかいたし、帰ったらプールにでも……いや、映画の続編を観るか。
そんなことを考えながら帰路の電車に乗った時、ふと、神社にお礼を言ったほうがよかっただろうかと思った。
いや……ただの偶然だろう。
それよりかは、神社に寄っている間に箸箱が買われなくてよかったと安心すべきだな。
休み明けを迎えたくないと思えば思うほど、休みというのはあっという間に終わる。
俺は迎えたくない側の人間なので、こうして登校する足取りも重いというものだ。
なので、自宅から徒歩圏内の高校に入れたことは、俺にとって大いに幸いなことだった。
学力的にはもっと偏差値が高くなおかつ遠い学校も選べたのだが、通学の時間的・金銭的負担を考慮して今の学校を第一志望にした。
ありがたいことに両親も俺の考えを尊重してくれ、夏葉のやつも同じ所を目指すと言っている。
来年には二人で登校しているかもしれないな。
無言で自分の教室に入る。
こんな俺にも挨拶してくれる気さくな同級生にだけ礼儀として挨拶すると、自分の椅子を引きつつ左隣を見た。
机に突っ伏して巨大なウニと化していることが多い氷室は、今日はちゃんと起きていた。
相変わらず猫背ではあるものの、心なしか隈が薄くなったような気がする。
胸が天板に当たるからか、椅子は引き気味だ。
「氷室、おはよう」
こちらに気づいた氷室に挨拶する。
普段は別にしないのだが、今日に限っては用事がある。さっさと済ませてしまおう。
椅子に座ってリュックの中をまさぐる。ちなみにウチには指定のカバンがないため、各々自由なものを持ってきている。
俺も氷室もリュックだが、氷室に至っては登山に使うような巨大で無骨なバックパックを背負って来ている。
十中八九、あのどでかい三段重弁当のせいだろう。
「これ、ありがとう。面白かった。全部見た」
端的に述べつつ、借りていたブルーレイ四つを手渡す。
氷室は五日ぶりに見た無表情のままそれらを胸に抱くと、無言でサムズアップした。
「で、だが……」
もう一度リュックに手を突っ込む。
無論忘れてきてはいない。ラッピングも何もしていなかったことに今さら気付いたが、まあいいだろう。別にプレゼントというわけでもない。
「これ、あった。中古品ですまないんだが、壊したやつの代わりということで、受け取ってもらえないか」
ビニール袋を開け、このはの描かれた箸箱を差し出すと、氷室は大きな目をパチクリ。本当に弁償されるとは思ってなかったのだろうか。
氷室は箸箱と俺の顔で視線を何往復かした後、三回サムズアップした。
こいつなりに喜んでくれたようで安堵する。
押し付けられた『魔闘少女ラジカルこのは』――略称は『ラジこの』らしい――もなかなか面白かったし、なんとなくこの隣人に小動物的愛着がほんの少し湧かないこともない。
今後もあの階段で昼飯を共にしながら、ラジこの談義をするのもいいかもしれない――超絶無口なやつだから、RINEでも交換してやりとりした方がいいか?
階段で蠢く藻の塊から、我ながら随分ランクアップさせたものだ――心の中で苦笑しながら、氷室が箸箱を掴むのを見守った――瞬間。
『うほほまさか本当に弁償してくれるとは思わなかったでござるぞ! 割られた時はぶっ殺してやろうと思ったけどよい! 許す! それにしてもBD全部見たっつってるしこれはもう完全に
待てよ? 水無月が差し出した硬い棒状のモノをわたしが掴んでいる――これはもう実質セックスでは? 百歩譲ってセックスじゃなくても手コキだよね? うおほほほキスより先に手コキしちゃったよ! アタシ、淫乱ビッチになっちゃった……こんなアタシでも、水無月クン、好きでいてくれる……? ぐへへへへへへへへへ』
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
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