第一章 テンプレ転生者、再び

異世界転生――それは、一部の人間にだけ許された“もう一つの人生”の選択肢だ。


だが、希望すれば誰でも行けるわけじゃない。

ましてや“チートで無双してハーレムを築きたい”などという都合のいい妄想を、現実に変えてやるほど世界は甘くない。


その選別を行うために存在するのが、「異世界転生管理局(通称:管理局)」だ。


正式には「多次元倫理調整・転生管理特別機構 第三部門・人類担当」――

要は「死後に異世界転生を希望した人間が、まともかどうか審査を受ける場所」である。


……そう、“希望した人間”に限る。


「意外と知られてないんだが、死んだからって誰もが異世界行けるわけじゃねぇんだよな」


俺――矢上ヤガミは、机に積まれた申請書類をめくりながらぼやいた。


「転生を希望しなかった人はどうなるんですか?」


後輩の伊月しのぶが、コーヒー片手に首をかしげる。


「ほとんどは普通に“循環”するだけだ。この制度の存在すら気づかない。流れに身を任せるだけさ。魂は再処理されて、別の次元で新たな存在として再利用される。虫とか、宇宙の粒子とか、時々また人間に戻ることもある」


「ふ、ふつうに怖い話しないでください……」


「むしろ転生希望して、面接受けにくる奴の方が珍しいんだよ。全体の魂の、ざっと0.1%くらい」


実は、異世界転生というのは“死後の付加サービス”に過ぎない。


この世に強い未練があったり、理不尽な死を迎えたり、強烈な自己主張を持っていた魂にだけ、異世界での再挑戦の権利が仮に与えられる。

つまり、死んだあとに「まだ何かやりたい」と強く思った者にだけ、転生希望の面接が開かれるのだ。


ただし、希望すれば誰でも異世界に行けるかというと…それも、また違う。厳しい面接を通過した者のみが転生の機会を得るのだ。


――なぜそんな面倒な仕組みが必要なのか?


理由は単純。

転生者が暴れると、異世界が壊れるからだ。


昔は、死んだ人間を「よしよし、ご褒美だよ」とそのまま転生させていた。

だが、現代日本でネット小説を読み漁ったオタクがそのまま転生すると、たいてい“テンプレ脳”を発揮する。


魔法があれば最強を望み、剣があれば天下を目指し、ヒロインがいれば全員落とそうとする。

結果、異世界は崩壊した。複数回。実際に。


――だから俺たちの出番ってわけだ。



机の上には、今日の面接予定者のリストが並ぶ。


その中で、ひときわ目を引く名前があった。


「……霧島ミナト。まだ諦めてなかったのか」


3度の面接で不採用、なお4度目を希望してきた男。

転生業界でも“伝説級テンプレ脳”として名を馳せつつある問題児だ。


 


「おはようございます、ヤガミさん!」


ひょこっと顔を出したのは、うちの部署で唯一の清涼剤――伊月しのぶ。

だが最近は彼女の目にも、“現実”という名のクマが見え始めている。


「今日もミナトさん、来るみたいですね」


「書類で見た。希望スキルが“世界設定の再構築”になってた。もう神超えてんだろ、こいつ」


「転生じゃなくて創世神願ってるんじゃないですか……?」


しのぶの冷静なツッコミが光る。

俺はそのまま立ち上がり、ジャケットを羽織った。


「……ま、今日も今日とて、夢追い人に現実を教える仕事、始めますか」


 


異世界は、お前の都合のいい夢を叶える場所じゃない。

俺たちは、それを教えるためにここにいる。


たとえ“死後のサービス”とはいえ、無限に夢見ていいわけじゃないんだ。


――そして扉の向こうでは、またひとり、“理想の人生”を語る準備をしていた。

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