1.お嬢様とボディーガード

『さて、次のニュースです』


 テレビの朝の情報番組の司会者が、スタジオのテロップを政治関連のニュースから別のものに切り替える。


『これは、非常にショッキングなニュースですね』


 男性の司会者はきゅっと表情を引き締めると、少し固い声でテロップの情報を読み上げ始めた。


『昨夜未明、東京都〇〇区の路上で、十代の女性が血を流して倒れているところを発見されました。通報を受けた警察、救急隊員が駆け付けましたが女性はすでに亡くなっており、体からは心臓だけが抜き取られていたそうです。女性の胸には銀のナイフが刺されており、そばに落ちていたバッグ等の持ち物から何か盗まれたような形跡はありませんでした。警察は女性に恨みを持つ者の犯行ではないかということで捜査を進めているそうです。こちら、非常にショッキングで怖い事件ですが……。どう思われますでしょうか、金井かないさん』


 司会者の男性が、コメンテーターを務める女性評論家に意見を求める。


『そうですね……。被害者の女性と犯人の関係性はわかりませんが、殺害して心臓を抜き取るって……。夜遅い人通りの少ない路地裏だったとはいえ、その場で犯行を行ったのだとしたら、なかなかすごいことというか……。それと少し思ったのが、この事件は数年前に起きた《孤独な魔女の物語》事件を連想させますよね』

『そうですね』


 司会者が神妙な顔でうなずく。


『五年前ですね。今回と同様に、十代の男女が殺されて心臓を抜き取られるという事件が数件、立て続けに起こりました。どの方も、似たような銀のナイフを胸に刺されていて、犯人が『孤独な魔女の物語』という童話に見立てているのではと話題にもなりましたね』


 そう言って、司会者がスタジオのテロップのシールをはがす。その下から出てきたのは、『孤独な魔女の物語』という外国の作家が書いた童話の翻訳本の写真だ。


『この童話は挿絵がとても美しいんですが、子どもに読みきかせるには少し残酷な描写もあるということで、五年前の事件が起きるまではあまり知られていませんでした。こちらがあらすじです』


 カメラがテロップと司会者の手元を拡大して映す。


『森で何百年も孤独に暮らしてきた魔女が、あるとき病気のお姫様と出会って友達になります。お姫様が病気で死にかけていることがわかった魔女は、不治の病を治す言われている自分の心臓を抜き出して捧げるという……、そういう流れのお話ですね。この作品の作者はWitchという方なのですが、生年月日も生まれた場所も不明。18世紀にヨーロッパで書かれたものなのでは……と推測されています。世に出ているWitchの作品は、こちらの作品のみ。五年前にこの作品が事件とともに話題になったときには、魔女という意味のWitchという作者がほんとうに存在したのかということも取り上げられていましたね』


 そんなふうに説明したあと、司会者がゲストとしてスタジオに呼ばれた元警察官のほうに顔を向ける。


『本日は、垣田さんにも詳しくお話を伺えればと思っております。五年前の《孤独な魔女の物語》事件は犯人が見つからないまま未解決ですよね。どの被害者にも銀のナイフという証拠が残っているのに、犯人の痕跡すら見つけられなかった。今回の犯行も、同じ犯人の可能性があるんでしょうか』


『そうですね……。犯行のやり口や被害者の状況を考えると、その可能性は否定しきれません。ですが、五年も前の事件ですので、同一犯というよりは過去の事件を真似た模倣犯の可能性もあります。というのも、五年前の事件は必ず満月の夜に犯行が行われていました。ですが今回は……』

『今回も満月でしたよね? 私、昨日の夜に綺麗な月を見ましたよ』


 元警察官の話の途中で、コメンテーターの女性タレントがやや興奮気味に身を乗り出す。


『たしかに昨日は綺麗に月が出ていましたが、実は満月は今夜なんです。ですのでやはり、今回の事件は――』


 プツン——。


 マグカップを片手に話に聞き入っていると、突然、テレビの電源が落ちた。


 はっとして横を見ると、高校の制服に着替えた稀月きづきくんが、ちょうどテレビのリモコンを食卓に置くところだった。

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