第9話 円球

 朝食を終え、王子たちは、城の正面入り口の広場にやってきた。

城で働く者たちが皆、ココの誕生祭の飾り付けに追われている。ココの髪の色に似た紫色をメインにした花々が飾られ、その花を囲むように、夜になると光を放つ魔法の石が置かれている。通常の何十倍の大きさの花々が迫力満点で、一層目を惹く。この花も魔法の石のお陰の代物だ。

 魔法の石は、この国で暮らす人々には欠かせないものだった。もちろん、なくても暮らしていけるのだが、便利なものを無くすと言うことは難しいだろう。

 魔法の石は、全部で五種類あり、色によってその性質が違う。形は普通の石のように角がなく、丸みを帯びた楕円形だ。表面はすりガラスのように白っぽく、中心部分に色がついていた。大きさは、バラバラで手のひらより大きなものから角砂糖くらいのものまでと様々だ。少しザラついた手触りで、普通の石と比べると、少し軽い。

 光の石なら、中心部分に黄色の色が見える。薄い黄色から、濃い黄色まで色は何段階かに分けられる。中の色が濃いほど、強い光を放つことができ、光を放つ時間も長くなる。逆に中の色が薄い石は、ぼんやりとした弱い光を放ち、光る時間も短くなる。石の大きさによっても光る時間が違い、大きいほど長持ちするのだ。石に別の光が当たっている時は、石自体が光ることはなく、石を光らせるためには、数秒、別の明かりを近づける必要があった。太陽や、炎などを使い、光の石の明かりを消すのも同じで、別の光を当てると光らなくなるのだ。保存するときは光が当たらない暗い場所に置く。

 誕生祭は夜に行われるため、着々と準備が進められていた。

「わぁーきれい」

ココが無邪気に呟いた。

「夜になったら、もっと綺麗だろうな」

ジジがココの頭を撫でた。

ジジとココは、年齢が六歳離れていた。けれどジジは、無邪気な少年の心を持ち合わせているため、いつもココとはしゃぐことができた。

「さあ、準備の邪魔にならないところに行こう」

ジジが言い、みんなそれに従った。

たまに長男らしさも発揮するのだ。

 王子たちが、誕生祭の準備を手伝うのは許されていなかった。小さい頃から、城や国のいろいろな行事を手伝っていたが、誕生祭の準備だけは手伝ってはいけない決まりになっていた。小さい頃からそれが当たり前だったので、特別理由を聞いたことはなかった。王子たちは、多分自分達が主役の行事だからかなと思っていた。

「じゃあ、どこに行くの?」

ココが兄たちを見回して首を傾げた。

「そうだな、下の海辺とかは?」とジジ。

「それなら昨日、雨の中釣りをしたばっかりじゃん」

ココが首を振った。

 下の海辺とは、城の敷地の東側に湖と繋がっている水辺があるのだ。そこには、ちょっとした砂浜と岩場があり、海水が流れ込んでいる、その場所を皆そう呼んでいた。王国の東側にある湖は、海と繋がっているため、湖にも海水が流れ込んでいた。城の城壁を跨いでいるため波も穏やかで、夏には海水浴や、釣りも出来た。

「釣りはまた今度」

ルルが言い、残念そうにジジが口を窄めた。

 釣りをしたのは、ジジ、ルル、ココの三人だった。

「だって、雨の日だと良く釣れるんだぞ」

ジジにそう言われ、二人は渋々付き合ったのだ。兄弟の中で唯一、ルルとココだけが釣りに付き合ってくれるからだ。

ジジがしつこくどうしてもと言うので、ルルとココは、仕方なく雨の中の釣りに出た。雨は土砂降りと言っていいほど降っていて、ルルとココは外へ出るのをためらった。だが、ジジは一人意気揚々と、雨の中へ出ていくので、ルルとココは顔を見合わせると、意を決して、ジジの後を追ったのだった。雨合羽を着ているのもかかわらず、外に出た瞬間、あっという間に頭のてっぺんからブーツの中までビショ濡れになったのは言うまでもない。

けれど、ジジの言ったことは本当で、いつもよりたくさん釣れた。釣り糸を垂らす度、すぐに魚が食いつき、面白いように釣れた。いつもは、ほんの数匹しか釣れないのに、三人のカゴは瞬く間にいっぱいになった。そんな状況にテンションが上がった三人は、雨でずぶ濡れなのをすっかり忘れ、給仕室に飛んでいった。いつもは物静かなルルも、いつもと違う状況のせいか珍しくはしゃいでいた。カゴいっぱいの魚を、給仕室のソイのところに持って行くと、ソイは大喜びで受け取ってくれたのだった。大喜びしてくれたソイに三人は大満足したのも束の間、全身びしょ濡れなのを忘れていた。

給仕室を出た途端、

「ジジ様、ルル様、ココ様!!なんですかその格好は!?」ロニに見つかり、こってり叱られた。

そんな三人を、ミミとトトが可笑そうに階段の上から見ていたのだ。

「あれは見ものだったよな」

ミミは、そう言いながら思い出し笑いをする。

「だって三人の通ったところが水浸しで、その跡をロニがなんですこれは?とか言いながら探偵みたいに辿っていくんだもん。あれは面白かったよ」

トトも声を上げて笑った。

「もー、見ていたなら教えてよー。ロニ、すっごく恐かったんだから」

ココが口を尖らせた。

「だって三人とも、勢いよくピューって給仕室に走って行っちゃったんだもん。呼び止める暇もなかったよ」

ミミが笑いながら言た。

七人でいると常に話題は尽きなかった。

「じゃあ、円球の練習をしよう」

ロロが提案をした。

「そうだな、練習した方がいいね」とキキ。

「どこでやる?」とジジ。

「武闘場は?今なら誰もいないんじゃない?」とキキ。

そうしよう、とみんな同意して武闘場へ向かった。

武闘場に繋がる渡り廊下を通ると、頬を撫でる風が優しく気持ちが良かった。雲一つない鮮やかな青色が広がる空に、太陽が輝いている。

「久しぶりの青空だー。気持ちいいー」

伸びをしながらミミが言った。

「あっ、そうだ。ロロ、ありがとう」

ココがロロに、にっこりと笑顔を向けた。

「ん?何にありがとう?」

トトが不思議そうにココに聞いた。

「空だよ」

ココが空を指差すと、トトがなるほどと頷いた。

「どういたしまして。ココの誕生日が雨だったら台無しだろ」

ロロが得意顔で言った。

「ロロの髪と同じ色で、すごくきれい」

ココが空を見上げた。

立ち止まったココに、皆も立ち止まって空を見上げた。


 武闘場は、キキの言う通り誰もいなかった。兵士たちは、皆誕生祭の準備に追われているのだろう。

 武闘場の隅に転がっている、円球専用のボールをロロが持ってくる。

 円球は、王国で一番人気のスポーツだ。ルールは簡単だ。一チームは七人から十人でプレーでき、大人の頭の大きさほどの、柔らかめで良く弾むボールを使用する。チームで円形になり、球を回して球を繋いだ回数を競う競技だ。一人ずつが動ける範囲は直径一、五メートルの円の中。球は二個使用する。

一つ目の赤い球は足で蹴るだけ、二つ目の青い球は足、手、頭などを使って良いルールだ。球はノーバウンドかワンバウンドで回す。自分の左右隣の人には、パスを出来ない。なので、自分の左右隣の人以外にパスを回す。赤い球でのパスが十回を超えると青い球が投入される。カウントは、赤い球のパスの数で勝敗が決まる。それに加え、同時に青い球もパスして回さなくてならず、青い球は誰にパスしても良いことになっている。同時に何チームかが対戦する。片足、片手が自分の円の地面についていれば、円の外、もしくは両隣の円に入ってもいい。ただしそれは、球をパスするときに限る。

 武闘場には、円球のコートがないので、円くなって七人でパスを回す。ポンポンと子気味良く、パスが回っていく。

 三日後に、四輝の国最大の円球の大会が行われる。

 子供から大人まで参加出来る大会で、王子たちも子供の頃から参加していた。近年では、王子たちは何度も優勝していた。昨年も優勝しており、国民たちの期待も大きかった。

 ポンポンッと順調に球が回る中、ジジが蹴ったボールがロロの頭上を超えていく。ロロがそのボールを逃すまいと、地面を蹴って高く飛んで右足でボールを蹴り返した。思わず、おーっと兄弟たちの歓声が沸いた。

 ロロは、円球が得意だった。跳躍力が高く、特にアクロバティックなパスが上手かった。

 誰かがミスをしそうになったら、それを誰かがカバーする、見事なチームワークだった。

「はぁー、疲れたー」

 赤い球のパスをジジが手で受け取り、その場に倒れ込んだ。

 しばらく休憩なしで練習に励んでいたからだ。

「そろそろ、お昼だから終わりにしよう」

 ルルが言い、みんな疲れた、お腹空いたなどと口々に言って座り込んだ。

 王子たちが額から流れる汗を手で拭っていると、ロニがお盆に透明な水差しとグラスを持ってやってきた。

「王子様方、お疲れ様です」

 ロニが王子たちのもとに近寄るとお盆を置き、お盆の上にグラスを並べ、透明なグラスに水差しから水を注いでいく。

 水差しの中には、中心が水色に透けた小石ほどの大きさの石が何個か入っていて、水を注ぐとカラカラと音を立てた。水の中に入れると浮くことも魔法の石の特徴だった。

 この石は氷の石と呼ばれるもので、すりガラスのように外側は白っぽく、中心部分は水色や薄い青色をしている。氷の石はその名の通り、氷のように冷たくなる石だ。中心部分の色が濃い青色に近いものほど冷たくなる。けれど、常に冷たいわけではない。水に触れると石自体が冷たくなるのだ。なので使わない時や保存する時は、水がつかない場所や、水分を拭き取る必要がある。一度水に触れて、そのままにしてしまうと、本物の氷のように徐々に小さくなって、最後には跡形もなく消えてしまうのだ。これは全ての魔法の石に共通していて、なんの痕跡もなく消えてしまうことからまるで魔法のようなので、そう呼ばれているのだ。

 冷たい水を注ぎ終わる頃、王子たちがロニの周りの集まり、お礼を言いながら順番に受け取っていく。

 王子たちは、グラスを受け取った側から、ぐいぐいと水を飲み干した。

 そんな兄たちを見ながら、最後にココがグラスを受け取り、地面に腰を下ろし一口飲んだ。冷たい水が火照った体を冷やし、喉を潤す。

「ロニ、ありがとう」

ココが笑顔でロニに言た。

 楽しそうに話す兄たちを見てから、ココは、右手に持った自分のグラスに目を移した。

 するとグラスの淵に、ヒラヒラと鮮やかなスカイブルーの羽を持ったアゲハ蝶が留まった。鮮やかな青い羽が淡く光を放っているようで美しい。

 ココが左手を持ち上げると、蝶が舞い上がった。左手の人差し指を円を描くようにくるくると動かすと、蝶もその動き合わせるかのように、ヒラヒラと飛び回った。

「今日は青い蝶ですね」

ロニが言った。

「うん。ロロの髪と同じ色で、きれいでしょ」

ココがにっこり笑った。

 ゴーーンと鐘の音が響く。十二時だ。

その音に驚いたのかココの周りを舞っていた蝶はパッと消えるようにいなくなった。

「さあ、お昼ご飯の時間ですよ」

ロニが言い、グラスを回収していく。

 キキがご馳走様と言い、グラスの片付けを手伝った。

「着替えてから、ご飯にしよう」

 ルルが言い、みんなでガヤガヤとお喋りをしながら武闘場を後にした。

 昼食を終え、王子たちはそれぞれの時間を過ごすために食堂を出ていった。

 ジジは、釣りをしに下の海辺へ向かい、ルルとロロは読書をしに地下の書庫へ向かった。

 キキは、剣術の練習をしに武闘場行き、ミミは、舞の練習をしに舞踏場へ、トトもミミの後に続いた。

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