第10話 お茶会マナーと聖女の流儀

「本日の講習は『お茶会のマナー』です。貴族たるもの、いかなる席でも気品を忘れてはなりません」


講師の冷ややかな声が響くと、教室には静かな緊張が走る。


「入室、会釈、着座、そして茶器の扱い――では、模範を見せていただきましょう。レイチェル=フォルンコート様、お願いできますか?」


「ええ、任せてくださいまし!」


レイチェルはパッと立ち上がると、勢いよく教室の扉へ向かった。


そして、流れるような動作で――いや、やや勢い余って裾を翻しながら――堂々と一礼。靴音すらリズムを刻むような一歩を踏み出してから、優雅に会釈を添える。

そして決め顔も忘れない!


目元は慈しみに満ち、口元には完璧な角度の微笑。だがどこか、舞台で拍手を受ける主役のような迫力すらある。


講師はしばし言葉を失ったあと、軽く咳払いをした。


「……ええ、実に堂々としていらっしゃる。ただし、あまりにも“堂々としすぎて”いて、お茶会というよりいささか戴冠式でもあろうかと見えかねません」


「まあ!それは少々大げさでですわ?わたくし、むしろ“少し控えめに”ご挨拶したつもりでしたのよ?」


講師はわずかに頬を引きつらせた。


「そ、そうですか……それで“控えめ”でしたのね……」


 教室には思わずクスリと笑い声がこぼれる。

 その中心で、レイチェルは胸を張って言った。


「“つかみ”が大切なのですわ。茶会に爪痕を残し、優雅に振る舞うわたくしの姿をそれぞれの記憶に刻み込むために――ですわ!」


講師はひとつ咳払いをすると、レイチェルの言葉をかみしめるように目を細めた。


「……確かに“印象”は大事です。しかし、貴族のたしなみとしては、“印象”より“品格”を優先していただきたいものですね、レイチェル様」


軽く眉をひそめつつも、どこか楽しげに口角を上げる。


「とはいえ、今の所作には“みなぎる自信”が感じられました。自信は所作を磨く礎。――どうか、少しずつで構いませんので、そこに“繊細さ”も加えていってくださいませ」


教室にはくすくすとした笑いと、尊敬のまなざしが混ざる。レイチェルは堂々と胸を張りながら、ちらりと仲良しのミレイナとルティアにウインクした。


「“繊細さ”ですね。――ええ、覚えておきますわ!でも、爪痕も忘れずに!」



ミレイナは、静かにその場で背筋を伸ばしていた。だがその胸の奥は、ほんのり熱く波打っている。


(すごい……やっぱり聖女様は特別な方。気品もあるのに、どこか自由で――見ているだけで、気持ちが明るくなる)


レイチェルの一歩ごとに、靴音が軽やかに響くたびに、彼女の心も跳ねるようだった。

模範の動作にはどこか“型破り”な奔放さがあり、それでも不思議と目が離せなかった。


(きっと、こういう方だから……あのとき、町を救えたんだわ)


その思いが胸に広がるにつれて、ミレイナの中の聖女への想いは、ますます深まっていった。

気高く、自由で、どこか人間らしい親しみを持つ姿――それは、ただ“偉大な方”というだけでなく、“憧れの存在”として、彼女の心に強く刻みつけられていく。


(レイチェル様……いえ、聖女様。いつか、少しでも近づけるように――)



☆ ☆ ☆



「さぁ、次は紅茶の注ぎ方、ですわね」


講師が見本を見せるが、レイチェルはその途中から――自己流をまじえて応用を始めていた。


「ほら、ティーカップはこう傾けると香りが立ちやすくなりますの。以前、お庭でティーパーティーを催したときに、風下で香りが逃げてしまってせっかくの風味が台無し……それでこのように一工夫を」


「レイチェル様、それはあくまで自己流でございまして……!」

様子を伺っていた講師から思わず指摘が上がる。


「でも、美味しく召し上がっていただきたいという“おもてなしの心”を、無視してよろしくて?」

レイチェルはにっこりと、どこか挑むように微笑んだ。



講師はしばし無言のままレイチェルを見つめた。眉根を寄せ、口を引き結ぶ――が、その表情にはどこか呆れと諦めが入り混じっている。


「……レイチェル様。これは“作法の学び”であり、美味探求の場ではございません」

「まあ、それはもちろん理解しておりますけれど……型通りだけが正解ではないのではなくて?相手を想う気持ちは、作法の根幹に通じるはずですわ」


静まりかえる教室。講師はわずかにため息をつくと、手元のカップをひと口すする。


「――確かに、香りが引き立っておりますわね……」


くっと喉を鳴らしたあと、講師は控えめに咳払いをし、そして小さく頷いた。


「……では、本日の応用編として“心を添える一工夫”を記録しておきましょう。実践するかは……各自の判断に委ねます」


教室に、くすくすと小さな笑い声が広がった。



レイチェルと先生のやり取りを見ながらルティアは目から鱗が落ちるようだった。

「お茶会って、こうやって自由でもいいんだ……って今日改めて感じました」


この感想に答えてレイチェルはにっこりと微笑む。


「格式も大切ですけれど、自分らしさを添えるのも、わたくしは素敵だと思っておりますの。全ては一期一会。お茶会と言う大切な出会いを、その一瞬を大切にしたい、そう思うのですわ!」


「は、はいっ……!」


ルティアの顔にパット笑顔の花が咲いた。


そして、二人のやり取りを見ていたミレイナの心の内に、わずかな自信が芽吹いた。


(……わたしも、ああして誰かを明るくできるようになりたい)


教室の陽射しが、ゆっくりと午後の角度に傾き、彼女の胸の中にもそっと小さな灯がともる。


(いつも他人の目を恐れていた私でも――いつか、この素敵な方のように堂々と振る舞える日がくるかもしれない)


胸に芽生えた小さな希望。そのぬくもりを確かめるように、ミレイナは静かに聖女様を見つめ続けた。




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