第8話 令嬢探偵がゆく~ハチミツの無実を晴らせ!(後半)
昨晩遅くに里へ到着したレイチェルは、その夜、長老の家に泊めてもらった。
長老はすでに活動限界を超えて就寝していたが、眠い目をこすりながらも、にこやかに応対してくれた。
その姿を見た瞬間、レイチェルの全身にビリッと電流が走った。
老齢とは思えぬ、皺ひとつない肌艶。
ちんまりとした体躯。
短い手足。
「なにこの……かわいい生き物……!」
大変失礼な感想ではあるが、紛れもないレイチェルの本心だった。
長老はすぐさま温かい飲み物を彼女の前に差し出し、里の現状について語りはじめた。
レイチェルは一心に長老を見つめ、なぜか手をワキワキとさせていた。
周囲に侍る者たちは、その真剣な眼差しを「憂慮の表れ」と捉え、
落ち着かない手の動きは「窮地に陥った里を思うあまり」と解釈した。
だが――違った。
触りたい……撫でたい……頬ずりしたい……!
レイチェルは、欲望と抑制の狭間で揺れていた。
いかに我がまま令嬢といえど、初対面の、それも里の最長老に対して、いきなりナデナデ・スリスリなどできようはずもない。
だが、衝動は抑えきれなかった。
そうして内面で葛藤しているうちに、長老の話は終わっていた。
当然、内容などほとんど頭に入っていなかった。
結局、後になってから専属メイドのシエラに事情を聞き直す羽目になったのだ。
翌日。いよいよ“謎解き”が始まった。
もっとも、存在しない謎をどうやって解けばいいのか、従者たちには皆目見当がつかない。
だが、主のやりたいようにやらせるのが吉なのだ。
こうして里の中を歩きはじめたレイチェルは、あっという間に有頂天になった。
なぜなら、愛らしい生き物たちがそこかしこにいたからだ。
甘蜜族の子どもたち――まるで天使のようだった。
レイチェルでなくとも、彼らの魅力にはコロッとやられてしまうかもしれない。
「チメちゃま、ごちげんうるわちゅうござりまちゅる」
「おチメちゃま、はぢめまちてなの」
「ちぇいじょたま、よこそおいでくたちゃいまちた」
ちびっこブンブン丸たちが、またたく間に群がってくる。
ズボンの裾をつまんでカーテシーもどきをする鼻たれ小僧。
走り込んできて転んだかと思えば、背中の羽を動かして前方宙返りするお転婆娘。
よちよち近づいてきて、ガバーっと抱きついてくる幼児。
付け焼き刃の礼儀作法と言葉遣いが、舌足らずに混ざってかわいさMAXである。
レイチェルは目的も忘れ、両手に抱えきれないほどのちみっこまみれとなった。
「それでね〜、あーたんはちっちゃいからはちみちゅはまだ食べちゃめっなの」
「そうだよ! ちめちゃま、にゅうよくじにハチミツ食べると、お腹が痛くなってちんじゃうの!」
「まぁ、皆さんよくご存じですわね! 本当に偉いですわ。でも、入浴時ではなく乳幼児の間違いですわね。まだ小さいから言い間違えてしまうのですわ……もしや……っ! 閃きましたわ! 謎は解けましたわ!」
突如レイチェルが立ち上がり、謎が解けたと高らかに宣言した。
「お嬢様、謎が解けたとはどういうことでございますか?」
「あら、シエラ。わたくしたちの会話を聞いておりませんでしたの?」
「ハチミツを食べさせてはいけないのは“入浴時”ではなく“乳幼児”というお話でしたね」
「そう、それが原因なのですわ! わたくしの推理が正しければ、これは――勘違いが原因なのですわ!」
「なるほど! さすがお嬢様でございます!」
こうして、レイチェルの命を受けた従者たちは、以下の点を調査した。
1.里人が「入浴時」と「乳幼児」を言い間違えていないか
2.貴族がどういう経路でハチミツを入手し、事件が起きたのか
その結果、驚くべき事実が明らかとなった。
・この里の約半数が「乳幼児」を「入浴時」と表現していたこと。
・識字率の低さから、大人でも言い間違いが横行していたこと。
・問題のハチミツは、他の貴族から贈られた品であったこと。
・贈った貴族は、この里で仕入れた商人から購入していたこと。
・商人は、生産者から「にゅうよくじには食べさせないように」と聞いていたこと。
実は事件発生後、すでに調査は行われており、ハチミツが乳幼児に渡った経路までは把握されていた。
だが、まさか「言い間違い」がここまで致命的とは、誰も思わなかったのだ。
「これは誰も悪くない――ましてやハチミツさんには、全く罪のない事故だったのですわ!
ハチミツさんが素晴らしいのは、里の人たちを見ればすぐにわかりますわ。
皆、お肌スベスベでツヤツヤ! 美容と健康に役立つのですわ!
そしてこの里の人たちの機敏なことと言ったら!
我がポルテア沿岸守護隊に入隊すれば、船から船へと自由自在に動き回ること間違いなしなのですわ!」
この、いつものごとくたわいない発言が、結果として事態を鎮静化させた。
周囲はレイチェルの言葉を「賢者バイアス」と「聖女バイアス」のフィルターで深読みした。
「誰も悪くない」──その言葉を出発点に、シエラは事故の背景を丁寧に洗い出していった。
調べが進むにつれ、「ハチミツを乳幼児に与えてはいけない」という基本的な知識が広く浸透していなかった事実が浮かび上がる。
いつものように関係各所に根回しし、的確な働きかけで情報を共有していくと、やがて事故は「不幸な誤解による悲劇」として理解され、里に責任を押しつけようとする動きも次第に収まっていった。
スミフは今回の件を通じて、教育の力を痛感した。
知識の伝達さえ適切に行われていれば、防げたはずの悲劇。だからこそ、再発を防ぐためには、誰もが読めるようになる環境づくりが必要だと考えた。
彼はすぐに伯爵家の支援を取りつけ、里に学校を建てた。識字率は向上し、里人たちの暮らしにも少しずつ変化が訪れ始めた。
ダリアは「美容と健康」という言葉にまさしく雷を打たれた。
最近肌荒れに悩んでいた彼女は、ぜひともハチミツを取り入れたいと考え、伯爵家メイド長としての広い人脈を駆使して啓蒙活動に乗り出した。
彼女の熱意は他家のメイドたちにも波及し、やがて貴族社会のご婦人方の間でも、ハチミツが美容の秘薬として脚光を浴びることとなった。
こうして有能なるレイチェルの取り巻きたちの働きもあり、やがてこの里に責任はなかったことが広く知られるようになり、甘蜜の生産も再び認められることとなった。
だが、一度破綻した経済を即座に立て直すことは難しい。誰もがそう思っていた矢先、思いがけない支援が舞い込んだ。
それは、レイチェルに随行していたポルテア沿岸守護隊の隊長によるある決断によるものだった。
すなわち――
羽を持ち、船から船へと身軽に移動できる
多くは戦艦の維持・補修に携わる者として採用されたが、希望者にはそのまま下級兵として取り立てられるという破格の条件付きだった。
なぜそこまで厚遇されたのか――それには裏がある。
小柄で愛らしい甘蜜人たちを、レイチェルが心の底から気に入ってしまったからである。
ちみっこまみれこそが「本当の蜜の味」――
そんな甘蜜人の魅力に完全にやられてしまったレイチェルは、その後も幾度となくこの里を訪れるようになる。もちろん、片道三日強という長い道のりを共にする従者たちにとっては苦行であったかもしれない。
だが、それでも彼女を崇拝する者たちにとって、レイチェルの笑顔こそがすべてだった。
いつしかこの訪問は、甘蜜人たちが守護隊員としての里帰りを兼ねた恒例行事となり、レイチェルを迎える祭事――「聖女祭」として定着していく。
こうして守護隊に入隊した甘蜜人の隊員たちは、やがて沿岸守護隊に欠かせぬ存在となっていく。
中でも重要な役割を担うようになったのは、戦艦間の精密な意思疎通だ。
これまでも旗や狼煙などの合図を用いた通信は存在していたが、それらでは伝えられる情報量に限界があり、内容が複雑になるほど誤伝達のリスクも高まっていた。
その点、機動力に優れた甘蜜人の隊員たちが直接戦艦間を移動し、戦術を把握した上で指令を伝達することで、情報の正確さと即時性が飛躍的に向上したのだ。
やがて甘蜜人たちは、指令室付きの戦術担当として数多く配置され、沿岸守護隊の屋台骨を支える存在となっていった。
ポルテア聖女伝説の甘蜜の里についての
「甘蜜人の住まう地では毎年7の月に甘蜜祭(聖女祭とも言われる)が催される。ハチミツの収穫を祝うとともに1の歳に満たない乳幼児を湯に浸しその健康を祈願するもの也。里の子らは聖女像に抱きつき親愛と感謝を伝えるを恒例とす。国内有数の来場者数を誇り、特に美と健康を志す婦女子の姿が目立つ。また、沿岸守護隊において優秀な指揮官を多数輩出した里としても知られ、町の中央広場には、窮地にあった里を救い、教育を施した“聖女”の像が建てられている。
その慈愛に満ちた瞳は、今なお里の人々を静かに見守り続けているという――。」
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