第4話 小5のミタゾノ5月
2回目の土曜日がきて。何の魅力もない土曜日。
まさか全員集合がすでに終わっているなんて考えもしなかった。昭和ならぜったいにやっているもんだと。土曜の一番の楽しみが。あああ。
この1週間をふつうに過ごしてしまった。いいやちがうな、ふつうに過ごせてしまった。
とくに意識しなければ、オレはふつうに『わたし』でいられる。おっさんであるオレは水みたいに溶けて、ある種の休眠状態になる。それはいいことなのか、悪いことなのか。
ただのイチ小学生の思考に溶けてしまってもかまわんのだろうが。そうもいかん、勝手に自らへ課した、例の呪われた5年A組払拭の使命がある。
これだけ相違点の多い並行世界だから、5のAが呪われない未来という可能性だってなくはなさそうではある。だけど。
(そんな不確かな希望的観測で、みんなの人生をまた棒にふってやらない……!)
断固とした決意で。あいつらを、導く。
だから決めた。
最初に手をつけるとしたらここ。5のA防衛隊は今、ここで発足する。
現在でもっとも犯罪に近いやつ。あいつを正してやるんだ。
高校生のころ、ヤツはひまわり書店で万引きをくり返していた。他人のものを代金を支払わずに手に入れるという、ヒトとしてダメな節約術に味をしめていた。
その起点がいつだったのか。うろ覚えなので本人に聞かねばだが、もしも小学生からであればやめさせたい、今すぐに。
手口は把握している。おそらくひまわりに出没するようになったのは中高生からだと思う。なぜなら、小学生が着る服のポケットはそれほど大きくない。本がポケットに入りきらないからだ。
もしやつがすでに万引き犯へと転職していたとして、犯行をくり返す場所はどこなのか。当然ひまわりじゃない。
駄菓子屋ミマツはむりだろう。なぜならあの妖怪ババアのマンツーマンディフェンス。子どもが何人居ようが関係ない、菓子をにぎった瞬間に価格をつぶやくアナログ計算機。
あの密着マークをかいくぐれるのは、ルパン三世かサッカー日本代表の三笘薫しかいない。
だから消去法で。舞台はここ、スーパー本山。
「おい」
「!! ……学校の外で会うのは初めてだね」
こいつめ。この反応。
悪い予感は当たったらしい。
「この店にきてどれくらいここにいる?」
「さ、さあね。あっち行ってなよ」
「行かない。店員さ〜ん、ここにおかしな動きをする人がいますよぉ〜?」
「はあ? なんだよおまえ。もういいや、今日はほしいもんないから帰ろっと」
にぎっていたお菓子を棚にもどそうとする。今日の獲物はそれだったか。
「あのさ」
「なんだよ、まだなんかあんのかよ」
指をさす。
「そのお菓子1個ぶんの損失を取りもどそうと思ったら、お魚を1パック売らなきゃならないんだ。知ってる?」
「? 大したことないじゃん」
たし? かに?
「ううん、そうじゃなくって! そのお菓子の場合なら、5個は売れないと取りもどせないんだって!」
「やっぱ大したことないじゃん」
そう? だね?
「いやいやいや、そうじゃなくって!」
くそう、やつが盗もうとしたのがお菓子だから、具体的に比較しても損失であると認識させられない。
「そうじゃないんだってば! がんばって働いてる人がいるのに、そのがんばった人が利益を得られず、ズルした人が苦労もせずに奪っていく。それって立派な泥棒なんだ!」
くそう、チクリとした。
自らの発したことばは自分にも容赦なく刺さりやがる。
「りっぱなドロボウか、そう言われるとカッケエな」
「かっけえ? どこがかっけえもんか、コソ泥だぞ! コソッと盗む卑怯なやつだ!」
「どうかしたのかなぁボクたち。ケンカでも、した?」
店員だ! きもち小声だったのに聞きつけて来やがった!?
わたしの背中側で気づけず。ビクッとしたじゃねえか。
やつが持つお菓子を奪い、てきとうな棚にねじこみ。
「さ、さいなら!」
「え、っそう、また来てね」
わたしまで、おっと、オレまでなんで悪いことをしたような気になっている?
いちおうは清廉潔白なんだ、堂々と店を出ればよかった。
過去の負い目は転生しても付きまとう。そういうことなのか。
「もう手ぇはなせよ」
「あ、そっか」
手をつないでいたか。促すためにひっぱりはして、店を出てからもそのままだったらしい。
(うん?)
おやおやぁ?
なんだかモジモジ、恥ずかしそうにしてやがる。その動きは爬虫類を彷彿とさせ、端的にキモい。
女子と手をつないだ経験がなかったか?
ふふん、ウブなやつめ。だがこれは隙だ、たたみかけるチャンスだろう。
やつの背中に向かって矢を射る。
「おまえはもう万引きすんなよ」
「なッ!?」
してねえ! とは言わないのか。
このころすでに第1回を済ませていたとはな。お金を支払わずに商品を手に入れられる手軽さは、大人になっても抜けなかった。
給料は上がらない、物の値段は上がる一方。
だからといって、よそ様のもんを盗んでいいとはならんのよ。
他人宅に押し入って、ぶんどっていいとはならない。
家の人に見つかったからといって、相手を殺していいとはならないんだ藤沢伸一。
自らの行いは自ら正せとはいうが。ぜったいにこうじゃないだろ。
「また来てね、って言ってたよ。あの店員さんは伸一のこと泥棒だなんて思っていやしないんだ。もし泥棒だとバレたらもう、一生本山で買い物できないぞ? それでもいいのか?」
「それはこまる。だってここらじゃ本山で買いもんできないんなら街まで行かなきゃならなくなるもんな」
「? そんな理由で泥棒しないってなんか変だろ」
「そうか? 人殺しだってつかまってシケーになるからしないんじゃないのか? つかまらないんなら殺しホーダイだ」
「そうじゃないだろ、死んだ人の家族とか友だちとか悲しむ人ができるからだって。それに、悲しんだ人が復讐に来るかもしれん」
「ああ来いよ、かえりうちにしてやるぜ」
小学生かよ。
いや、小学生だったよこいつ。
「まあ、伸一だけが殺されるんならいいけど」
「いいのかよ」
「でも伸一を精神的に苦しめるために、先にお父さんとかお母さんとか殺されちゃうかもだぞ?」
「はッ、そりゃあいい! ぜひそうしてもらおうぜ!」
自分の中から消し去った闇を、外からみた。
「ううッ……!」
自らえぐった傷口からあふれたのは黒い記憶。猛烈な吐き気、そりゃあフタをしておくわけだ……。
そうか、オレの心にはすでにこのころから闇が巣食っていたのだ。だからか、大人社会に対する復讐心が渦巻いていて。万引きにも抵抗感少なく始められた。
両親とはそんな関係性だったのか。思い出せないことを苦しいこととはついぞ捉えておらず。そのほうが都合よいとは薄々。
だけど。
さっきあふれた黒くて不快なものの中に、ひとつだけ混じっていたのは希望。それだけが救いだったのはおまえも同じはず。
「でも……。でも、その、なんだ、姉ちゃんとかが殺されちゃうかも?」
「それはこまる。妹は、直子はおれが守るって決めたんだ」
勝機! ウイークポイント発見!
しかし妹になっちまってるじゃねえか姉貴のやつ。名前は同じだが、果たして魂まで同一人物なのか? 会ってみてぇ〜。
「その、ナオちゃん? を守る人が他の人を殺しちゃダメだろ。悲しむんじゃないのかなぁ? 伸一が殺人犯になったら、ナオちゃんの人生はどうなると思う? 伸一がもう泥棒やってるって知ったらどうなるかなあ!? んん?」
「うるさい! 今日はしてない!」
「でも前はやったんだよな?」
「もうこれからしないって! だから直子にはだまっててくれ!」
必死の形相。だったらなぜ始めた、とは言えん。こいつにはオレと同じだけ事情があったのだ。複雑な家庭の事情というやつが。
オレだけは理解してあげられるはずだってのに、すまねえな、思い出したくはない。両親の顔は黒塗りのままにしていたい。
どうだろう、実際に会ったらちがうだろうか。オレがここに来る少し前に、相次いで死んじまったと伝えきく親に。
今はまあ。そのことはいい。
「じゃあこうしよう。おまえはもう、あそこ出入り禁止な」
「なんだって!?」
「バツだよ。罪には罰が必要だ。もし次に本山で見つけたら、盗んでも盗んでいなくても、その時はわたしがサツ……警察呼ぶから」
「ケーサツ……!」
ことの重大さをようやく理解したか。
子どもにとってサツは、歯医者にも勝るとも劣らない恐怖の存在。そろそろ鬼やオバケは怖くなくなるころでも、サツだけは別腹。悪いことをした負い目がある今のうちならなお怖かろう。
さらに伸一の場合は親の問題もある。どんな目に遭うか。
「もうしないのなら黙っててやる。ひょうきんざんげ室の神様とナオちゃんに誓うよ」
「……」
全員集合が終わって長介とバイバイ、チャンネルを変えるとギリギリ懺悔室だけ見れたんだよな。今はもう、ひょうきん族しか見れないッ……。
本山にはしばらく通って監視しないと。みんなにもそれとなく、出入りがなかったか聞いて。
なにより、オレがそばにいてやる。わたしがおまえの放課後をもっと楽しくしてやるよ。
おまえの家庭環境はクラスの中でも最悪級なんだ。えこひいきして、優先してやる。時間だけはあり余っているからな。
「姉貴、じゃなかったナオちゃん何才? こんど紹介してよ」
こいつの手クセがきっかけとなり、クラス全体に波及したとまでは思わんが。大事の前の小事。まずは自分を更生させてみよう。これができない人間に全体を救えるはずがない。風さえ吹かねば、桶屋が潰れる未来だってあるのかもしれない。
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