第3話 ドッペルゲンガー転校生
まさかの2日目がふつうにやってきた。
登校し、スンとして席におさまっている。考えをめぐらせるのはこの身の境遇について。
観念した。もう一縷の望みも持たない。だったらこれで確定だな、残念ながら現実ということで。
腹はくくれる。もう1回小学校からやり直したらいいだけだ、大した問題ではない。
(……性別が変わってしまったという点をのぞいて、だな)
もはやEDだった自分にとって、なんの利点があるのかわからんが。神的存在の思惑なぞ、凡百にわかるはずもない。
もうすぐ始業のチャイムが鳴る。どうやら過去の『オレ』は今日も休みらしい。
こっちも決まったな。
ようし放課後だ、家に直接乗りこんでやろう。それでマヌケ面を拝んでやる。少なくとも協力はしてもらう、強制的に。こっちは性格から性癖まで熟知しているのだ。
そうら、先生がムダに元気な顔しておいでなすった。
「ほぉ〜い、おはよう!」
子どもたちがぶわああっと、クモの子を散らすように自席につく。懐かしや〜。
「きりぃつ!」
「着席!」
「礼」
「おいおいおい、委員長ぉ〜」
「志村のマネやりすぎ、あきた」
「やり直すのめんどいんだって」
「ええっと、まあいっか、今日はみんなに転校生を紹介するよぉ〜?」
転校生、だとォオ!?!?
佃煮警部が開口一番で重大発表、だれよりも目がとびでた。
「まじで!?」
「やったぜ! 男!? 女!?」
外野どもめ、いい気なもんだ。
左うしろをジロリとみやる。じゃああそこの空席は『オレ』のじゃないってことなのか?
風邪で休んでるとかじゃなかった? くそぅ、やっぱりだれかに聞いておけば。
じゃあ、あの席にはこれから転校生がおさまるってことか?
『オレ』は? みちのく北小の5年A組に? 存在すらしない? のか……?
「なんだ男か」
「コラ竹内クン、盗み見しない」
「はぁい」
足下が崩れてゆく。よりどころを失って、また奈落の底へと————
「じゃあどうぞ、入って?」
「はじめまして、藤沢伸一です」
「はんあああああああああああああ!?!?!?」
イスが倒れるほどの速さで、つい反射的に立ち上がってしまう衝撃!
何が?? 起きている!?!?
「藤沢伸一だって!?!?」
小学生のオレが!?
転校してくる……だと……!?!?
「う・る・さい。早川サンは廊下に立ってなさい」
「いや、だって佃煮警部!」
「だれが警部ですか。いいから廊下行け」
いやいやいや、昭和ぁああああ! これじゃ授業受けられないだろ!
それどころじゃあないぞ、これは予想外だった。
藤沢伸一、つまりはこのオレ、オレ自身が転校してきやがった。
不覚だ、よもや転校生の自己紹介を聞けぬとは。
なにか笑いが起きている。聞きたい、でも聞こえない。もっとはきはきしゃべれ! 当時のオレ!
あそこで騒ぐべきじゃあなかった。少しでも情報に触れていれば、ここまでヤキモキする必要はなかったはず。
やつはいったいどこから来た? オレの偽物? 人格は同じもの? ドッペルゲンガー?
タイムパラドックスとか起きないのか? 見た目別人だからセーフ? バレなきゃセーフ?
反転しない自分自身ってのはいくらかある写真でみられたが。この時代の動画なぞ残っちゃいない。
そうか、あんなだったか。
「ふふ。姉貴んとこの優斗によく似た声」
オレは転校なんかしたことない。引っ越しだって初めては18の時だ。
そもそも5年のときに転校生なんて来なかったはずだ。断言できる、この年の転校生はイケメン柿モティだけ。他組の、それも2学期からだったはず。真っ黒な日焼けが印象的だった。
だからA組はゼロだったと断言できる。それが、いったいなぜ?
じつに廊下で40分。1時間目が終わって佃煮警部の溜飲が下がり、無罪放免。
オレの顔を見つけたことで思い出したっぽいのは引っかかったが。
先生もヒトだ、許そう。オレの方がだんぜん年上だしな。
ともあれ、やっと教室にもどると。
真っ先に転校生へ突撃だ。
「おまえどこから来たんだ?」
「あ、え?」
鳩が豆鉄砲を食ったよう、我ながらキモい顔をしていなさる。
警戒しているな? おそらく絶叫女子と思われている。
「さっき自己紹介で、ああ、ローカに立たされてたからか」
「余計なお世話だっての。んで?」
「東京だよ、と言っても八王子の」
「おいおいおい! そりゃ大学に転がりこんでからの住所だろ。逆だよ逆」
「コロガリ?? ええっと……」
「やめなよぉ〜、こまってるじゃない転校生。ねえ?」
女子に擁護されるようなタマじゃねえだろ、ネコ被んな。
しかしなんだ??
いや、まえまえから気にはなっていた、細部が異なるのは。算数や理科みたいな原理原則にのっとったものはそのままっぽい。だが、歴史は明らかにちがった。
あの有名な遮光器土偶がなんと教科書に載っていない。かなりの数が発掘されたはずなのに。
そこで違和感をおぼえて教科書をパラパラとめくっていくと、ほかにいくつもの相違点が。出版社や版の新旧などではなく、人物の解釈とか、年表とか。
決定的だったのは、元寇に3回目があったこと。
興味がありすぎる。どう転んだがゆえに決行されたのか。どうやって決着がついたのか。規模は? 期間は? 勝敗は?
教科書は心もとない。なにせ3回合わせてたったの1ページと半分。小学生向けなのだ。今日の放課後は市営図書館にこもって第3の元寇祭りでも開催するか?
くそう、スマホがあればググれた。元寇で3回なんだ、十字軍なんてふた桁の大台すらあるぞ。
ちなみに、今年は昭和67年だ。
となると。
運悪く発掘されなかった、あるいは正確に伝わっていないだけとは到底思えない。起きたことが起きなかったり、存在した人が存在していなかったりしていそう。
(するてえと? 微妙に異なる並行世界ってやつなのかもしれない?)
さっき挙げた算数も、算数レベルだから同じなのかもしれないな。数学レベルになったら、まだ発見されていない法則なんてのも出てくるのかもしれない。逆に、存在しなかった理論がこちらではある、なんてことも起こりうる。リーマン予想はこっちではどうなった?
だからいないはずのクラスメイトが存在する?
6学年もあるんだ、本腰入れて学校中を探したなら、知らない児童がゴロゴロゴロゴロ出てくるぞ。
そうなると?
地方のいち小学校でこうなんだ。教科書の内容も違ってくるとなると、こりゃあバブル崩壊もリーマンショックも怪しいな。
てっきり株とかで将来ボロ儲けできるくらいに考えていたってのに。転生ボーナスなしってことじゃねえか。
現状、持ち越せて役にたつものはなにもない。記憶なんかむしろマイナスなほど、ゲロを招く。
このまま小さな生をまっとうしたらいいってことなのか。中途半端で終わった前回を超え、きちんと老後まで。
(ふぅ、そういうことね)
となれば。
力まずともいいのか。まずは小学校生活を謳歌する。他にすることもなし、なべて世はこともなし。
いいや?
そうじゃないだろ、ふざけるな藤沢伸一。いや、今は早川麻里子か。
これだけは実行せねばならなかった。想像するにたぶん、こいつが神的存在からの必達ミッション。つまりは。
令和を震撼させた5年A組を未然にふせぐ。この連中を、健全なほうへと促す。負の連鎖をオレがとめる。
非行をさせない。
いじめを予防。
進学してからは孤立をふせいで。
就職してからも集まりをもうける。
こりゃあ今から忙しいぞ。こいつら全員をオレが救うんだ。もっともふさわしくないオレが、なんの因果か黄泉返って。
そして。
(今度は佃先生を死なせない……!)
みてろ運命、きっと吠えづらかかせてやるぞ。ぜったいに改変してやる。呪われた5年A組どころか、福音のクラス、奇跡の学級にしてやる。必ずだ!
「なにまじめな顔してんだゲロ女。きもち悪」
ほ。
ほほう?
まったく、いい度胸してんじゃねえか。
よぉしよし、みなまで言うな。わかってる。ここは当事者であるオレにまかせとけ。
令和じゃないからぶん殴っても問題ない。ゴングを鳴らしたのは竹ジ、おまえだ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
放課後だ。
もう過去の『オレ』の家に行く意味はない。
どうするか。
…………。
元寇3、怒りのアフガンはまたでいっか。
ええい、いっそ満喫しよう。今日はまっすぐに帰ったら出かけるんだ。なんならファミコンすっぞ。
一度帰り、ランドセルを置いたらネム氏の家へ。
軽い、軽すぎる! ペダルをこぐ足がじつに軽快。
あそこは夕方まで親が仕事でいないから、当時みんなのたまり場になっていた。あそこに行きさえすればだれかがいる。みんながいて、ファミコンがある。
団地内。まだまだ昭和だってのにしっかりと古い建物の二階。ピンポンはスカ。あの当時と同じに、壊れたままになっている。
玄関をあけ、クツをぬいでテレビのある部屋へ。
やっぱり集まっていやがった。
カラーボックスの上に赤いガワのブラウン管テレビが乗っている。小さいなぁ、たぶん14インチ。
それを囲うように子どもたちが弧を描いてすわり、一点を凝視している。
こちらを。
「うお!」
「なんで早川が!?」
「だれが女子なんか呼んだんだ? コレさんか?」
「ぼくじゃないよ!」
っとと、しまった。あのときの感覚のままに行動してしまった。いまの自分は外様なのだ、玄関で『小〜賀〜く〜ん』をやらねばならなかった。習慣とはげに恐ろしい。
だが、ま、大した問題じゃあない。
画面を見やれば。
「フゥン、『くにおくん』やってんだ」
「知ってんの?」
「まあね」
「まあいいや、入んなよ」
「うん」
これだよ、この気やすさ。
こいつの名前はネム氏。眠い虫だからじゃない。小賀だからコガネムシ。小賀ネムシから小賀がとれるとネムシ。小学生の考えそうなことだ。
他にはコレさん。にゃる瀬。嶋キャンにマーコン。モン太とデンちゃん。
総勢8人でくにおくん。熱血行進曲、それいけ大運動会。当然かわりばんこだ。
ファミコンにしてはめずらしい、4人同時対戦が可能なソフト。だがここでの仕様は3人+コンピュータ。
本体手前の端子に外付けコントローラを直付けする。マルチタップはたぶんこの時代田舎では売っておらず、スーファミまで待たねばならない。
そもそも昭和67年でスーファミじゃなくて、テレビが14インチの時点でお察しなのだ。このころ我が国は裕福だったのかもしれないが、日本全国津々浦々、1億総中流であったかというと否であろう。ここに8人も集まっているように、オレたちはふつうに貧乏だった。
貧しさゆえに犯罪に走ったのだろうか? そこから悪の道へとクラスメイトが芋づる式に? シノギを集める、やばい組織の一角を構成していった可能性。
なくはなさそう。
貧しいからこそ手を出してしまうとなれば、窃盗か。金額は自販機荒らしから銀行強盗まで、場所は個人宅からインターネットまで、じつに幅広い。まあこの時代にネット網はないだろうが。
ここから連想されることは……?
万引き? だな?
その線は十分にありえる。小学生がおちいる身近な犯罪としては妥当な線かもしれない。そこを糸口にしてクラスチェンジ。世間一般の価値観では、盗賊へ転職と同時にレベルダウン、の方が合うか。
5年A組のあらゆる犯罪の入り口が、万引きであった可能性は捨てきれない。
いま現在で抑止できたなら。未来はどこまで変化する?
それに、可能であれば未然にふせぎたい。
(ふむ、なるほど。万引き……ね)
目いっぱいみんなとファミコンを楽しんで。まだ明るいのに帰る。小学生とはそういうものだろう。
さあて、今夜は8時からドリフだ。
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