第30話 オレンジコスモスの先輩
***
「そういえばさ、最近この地域の管轄にオレンジコスモスのチームが一つ来たらしいよ」
夏休み後半、僕のような進学校に高校三年生の夏に夏休みの宿題が出されるはずもなく、相も変わらず勉強と訓練に明け暮れる日々を送っていた。
これでも、一日に勉強は八時間以上コンスタントに続けられている。
十時間を目標に設定したかったけど、訓練もかなり本気で打ち込んでいるため、睡眠時間を考慮するとこうするしかなかった。
この夏、スターダストを倒すうえで最低限必要な力を使うように意識していたことで、倒すうえで必要になってくるエネルギーが減ったことを実感し、心身共に確実に成長することができるようになった夏休みだと思っている。
「オレンジコスモスのチームが?なんでわざわざ……」
「ホントにね。別に管轄とかが設定されているわけじゃないけど、オレンジコスモスくらいになったら縄張り意識があるからめったに移動なんてしないのにね」
「うーん……わざわざ他県にまでスターダストを狩りに行ってる人とかがいたりしてね。それでこれまでのように稼ぐことができなくなったから報復に来たとか?」
オレンジコスモスはコスモスの中でも、一般人が成れる最高位の称号だ。
コスモスに入りたてのペーペーに比べても給料といい、社会福祉といいびっくりするくらい充実している……らしい。
B級スターダストを一人で倒したわけだし、オレンジコスモスの称号をくれてもいいのになぁ……。
ゆいぴょんもオレンジコスモスであるのでこんなところに来ても狩りの効率が良くなったりすることないだろうに。
「アハハ、ソンナハズナイヨ……きっと」
心当たりはあるみたいだ。
僕にもある。
そうだったらまずいな。
精神的にも力の制御的にも人間を相手に戦えるほどの技量はない。
「僕はまだ全然コスモスの人と接する機会なんてなかったから僕は大丈夫だろうけど、ゆいぴょんが心配……もしもの時は教えてね」
そんなことを言いながらゆいぴょんなら大丈夫だろうと内心思いはしてる。
身体能力を除いて僕にゆいぴょんに勝る要素なんてどこにもない。
ゆいぴょんが僕を仲間にしたのだって僕の将来性を買ってのこと。
慢心しないようにしなければ。
「私って確かにかなりの有名人だし、まぁ、きっとこっちに来た人たちも私が話せば納得してくれるよ」
とまぁ、かなり自信ありげに話すゆいぴょんが印象に残った。
僕たちの日常はといえば、毎朝七時ゆいぴょんが僕の家までやってきて、両親がいるなら近くの公共施設にでも行くか、ゆいぴょんの家で勉強する。十二時になるとエネルギー補給を兼ねた食事に外食に行って、そのまま最寄りのコスモスに所属する人のための施設で訓練を行う。
この訓練が辛すぎるからだろうか?
勉強していればこの訓練をしなくていいという考えから勉強のモチベーションがびっくりするくらい高まって最近の勉強の効率は恐ろしく高いような気がする。
近頃ある模試が楽しみだ。
三時間から四時間ほど訓練をするとまたご飯を食べて適当な場所で勉強をする。
二十二時になったら解散をするそんな生活が僕の日常になっている。
スターダストが現れたら度の時間帯でも駆けつけて、その場で一時間、周りの被害を考えずに派手に訓練をする。
訓練は僕のためであるし、受験勉強も最初はあまりゆいぴょんも乗り気ではなかった。
この生活はすべて僕のためのものだ。
本当にこんな感じでいいのだろうか?
そんな生活を続けていたある昼のこと。
ゆいぴょん直々に格闘技を教わっていた。
空手に柔道、剣道、合気道のような日本の格闘技からボクシングまで幅広く、ゆいぴょんがスターダストと戦って生きた中で大切だと感じた技術を抽出して教えてもらっている。
スターダストの中には人型の個体も数多く存在するらしいから決して無駄にはならない技術らしい。
この訓練で僕は格闘技術と力の制御を学ぶ。
この訓練では身体能力を強化することの一切を禁止されている。
力の制御を学ぶ上でも、今後、僕たちの目標でもあるカルナクスの螺旋のような超強力なスラーダストを目標に据えたうえでもこの訓練は格上と対峙することを想定したとても有意義なものになるはずだ。
ゆいぴょんは神様からの祝福のおかげで強力な能力だけでなく、強大な身体能力まで備えている。
これから鬼と子供くらい身体能力が離れている状態で一方的ないじめが始まるはずだった。
だけど、今日は普段と違ってお客様がいるようだ。
「ふーん。お前が一橋がペアに選んだ奴か……覇気も技術も魅力もなんもないやつだな」
お客様とは僕とゆいぴょんが訓練をしている最中、訓練の施設に入ってきた四人組のことでいかにもオラついた人と秀才そうな人、頭の悪そうなギャル、なんの特徴もない普通な人、とても個性豊かだ。
「……一橋?誰ですか?」
一瞬空気がピりついたのを感じた。
「……じゃあ、お前の目の前にいる美人さんの名前はなんて言うんだ?」
ゆいぴょんからもかすかに怒りを感じる。
これは訓練の時間伸びたな(確信)。
「え……それは個人情報……」
至極まっとうなことを言ったつもりだったけど、ちょっと周りの視線が怖い。
「亜樹、言ってもいいよ」
ゆいぴょんの個人情報を守ったつもりだったのにゆいぴょんからもらった言葉には冷たいものを感じた。
「え、じゃあ……ゆいぴょんです」
「本名は?」
「え?」
オラついた人がピりついた雰囲気で聞いてくる。
「……僕、ゆいぴょんの本名覚えてないや」
これには僕以外の五人、全員の驚きが隠せなかった。
「嘘……この夏休み毎日会って、すっと過ごしたうえで、命だって二回も助けた恩人のはずなのに……」
ショックを受けた様子のゆいぴょんに罪悪感が沸く。
「……ファッ⁉」
眼鏡をかけた秀才そうな人も驚きの声を上げる。
「いや、しょうがないよ。僕がゆいぴょんから名前を聞いたのって初めて会った時だけだから。学校違うから本名を聞く機会なんて全くなかったし」
必死に弁解するがあまり効果がなさそうだ。
これまで名前を憶えてもらえなかったっていう経験がなかったのかな?
「一応、私の力の源泉についての話をした時にも何度か言ってたはずなんだけど……」
「……思ったよりこいつは大物だな」
オラついた人もちょっとびっくりしてる。
「――やりますねぇ」
眼鏡をかけた秀才そうな人も杭っと眼鏡を直しながらつぶやく。
ひょっとして優衣ぴょんの本名を知ってるのだろうか?
「いいだろう。一橋……いや、ゆいぴょん。依頼は受けてやる」
――あ!
一橋か!
そういえば佳那ちゃんも優衣ぴょんのことを一橋家の一番星とか言ってたなぁ。
「ゆいぴょん。なにかこの人たちに依頼でもしたの?」
「……まぁ、ちょっとね」
名前をちゃんと覚えてなかったことが気に食わないからなのかゆいぴょんの返事が少し冷たい。
「まぁ、こいつはこれまで一人でしかスターダスト共と戦ってこなかったから連携を教えてくださいってコスモスでも随一の連携を誇る俺たちに教えを請いに来たってとこだな」
オラついた人が説明してくれるけど、いまいち情報が呑み込めない。
「亜樹も夏休みが始まったあたりに言ってたでしょ?連携が上手くいってないって。亜樹に戦う技術を教えることなら私自身にも経験があるからわかるけど、連携なんてどうやって身につけたらいいかわからないからね。ちょうど、どうしようか悩んでたらこの人たちがやってきたから頼んでみたわけ」
さすがゆいぴょん。
狩場を荒らされて文句を言いに来た人に教えを乞うなんて普通の人にはできない。
やっぱり優衣ぴょんがかわいいからか。
「そういうわけだ。コスモス内でも随一の連携が取れたチームである俺たちがお前たちに教育を施してやるんだ。感謝しろよ」
態度がでかいやつだとは思うが、オレンジコスモスであるなら実力も伴っているのだろう。
戦闘することがコスモスの仕事なわけで、命がけで戦う以上、実力至上主義であることは至極当然のことだ。
「そうでしたか。よろしくお願いします」
これからこの人相手に学ぶということで、僕も下手に出る。
「百鬼丸先輩、お世話になります」
つられるようにして優衣ぴょんも頭を下げる。
――てか、この人の名前って百鬼丸っていうんだ!
いかにもっていうか……なんというか……
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